第17話 緑の冗談×白の冗談
宵闇に威風堂々白く靡く────
泰然とした表情ではなつプラロボ部部長浦島銀河の『俺、グランド乗るよ』宣言は、マイ・トメイロへと披露された。
マイは思わず驚き、だらりと寝そべっていた斜面、その小丘から上体を起こす。マイのぼさついた緑頭が、自分のことを見下ろしていたシラガ頭と同じ目線に、今、立ちあがったのであった。
「お前がグランドに?? なんでそうなんだ?? 冗談はじょ」
「グランドは俺の憧れだから。やっぱ俺が乗るしかない! だって伝説のGRをこのまま砂漠の夜風に錆びつかせたままっ、終わらせるわけにはいかないだろう?」
憧れ、伝説。マイの聞いたことのないグランドに対する熱が、さらっとその白髪男の口から奏でられる。当然耳に入れてしまったそんなものは不可解、顔を顰めて身振り手振り大きく、マイはまたそいつに問い詰める。
「アコガレ?? デンセツ?? お前何言ってる、WGのノアのグランドがそうだっていうのか??」
「あぁカーゼより断然! 性能は上のはずだ! なら俺でもヤレるって!」
「機体性能で語るナ馬鹿! GR同士の戦闘はそんなパワーゲームの単純じゃないぞ! 息が詰まるほどに敵の殺気のヤジルシがコックピットごしにグサグサささる! CFのカーゼ相手だって後ろにも〝耳〟をつけてないと、気をぬいた瞬間にヤラれるぞ!」
「うん! だから俺も〝それ〟できるようになりたいんだ!」
伝説のパイロットは怒ったように激しくエモーショナルに語る、グランドロボット同士の戦闘の難しさを妄言を垂れ続ける白き若者に。
だが、その白髪の若者は学習能力が低いようだ。緑髪のパイロットの語る難しい〝それ〟を自分もできるようになりたいと、戯言を即座に、そして真っ直ぐにマイの面を見ながら唱えたのだ。
「はぁ!?? 耳を通しても話にならない……ったく……それをできるヤツがいないからなぁ!! さっきのジュースものびそびれてこうなってんだよ白い馬鹿ァ!!」
立つ丘に生えた雑草が揺れるほどの怒号をはなつ。いくら語ってもあまりにも理解力が低い能天気な白いヤツへと、マイ・トメイロはそいつの妄想と自分の語る現実の差異に、唾が飛ぶほどの怒りを思わずぶつけた。
「んー……やっぱり無理かな?」
「無・理・だ!!」
それを受けてはとぼけたように顎に手を当て首を傾げる白髪頭に、無理だときっぱり大声でマイは念押しする。
「わかった。それは認めるよ」
「やっとわかったか……つぎ冗談ぬかしたらその耳引っ張るぞ?」
マイはやっとの溜息を吐く。素直に現実のレベルを受け止め、白いそいつはかしげていた首を縦にし頷いた……が──
「俺、リバーシ乗るよ」
またも何かに乗るのだと言い始めた。さっきまでの徒労する話題を乗り換えるように白髪頭はマイに言うのだ。
「リバーシ?? それも冗談か?? 今度はいきなりオセロの話でもしたいのか?」
「知らないの? WGの灰色の新型、俺それのテストパイロット」
「あの埋もれてたおれてた耳つきがリバーシ?? とんちんかんのお前が??? アレの?? ハッ、冗談こけ」
あのカーゴで砂漠の道を渡るときに、マイも横目に発見した巨大灰色の耳つき。アレのテストパイロットだと生意気にも目の前の白髪頭は言うのだ。だが、そんな冗談には付き合ってはいられない。そろそろ目の前のこれの妄言を相手にするのも疲れたマイ・トメイロは、呆れながら斜面になったその場にいったん座り込もうとしたが──
「冗談は冗談! グランドの操作は無理でも、最新鋭機のリバーシと部長の俺なら、ノア搭載のグランドⅠなんてすぐに、歴史に埋もれる御伽噺にしてみせるぜ!!」
カチんときた、ひじょうに。
今やっと座った緑の頭を見下げては、能天気に発した耳を疑うその言葉に、形相を鬼の能面にとりかえたかのように緑髪のパイロットは立ち上がる。マイはついに堪忍袋の緒が切れ、そしてその白い阿保へとにじり寄った。
「おまえ!! 人が死ぬ気でやっているのに何が御伽噺だ!! おとぼけ野郎!! そのふざけた砂まみれに転ぶ耳付きが俺とグランドより上手くヤレるか!! それとその冗談は俺の台詞だあああ!!」
「痛っつつううううう!!? グッ、グランドなんて伝説(笑)のおもしろみのない女子高生割!! 俺が乗るかよ馬鹿主人公!! 知るかよ台詞は視聴した俺のオリジナルだ!!」
「また意味不明なことを!! こいつひとの機体を馬鹿にしたか!! ムカついたッいますぐ耳を餃子にして揚げてやる!! だいたいぃお前じゃ一機も、いや子ウサギの一兎すらも狩れねぇ倒せねぇ!! ふざけるな寝ぼけるな、とっととお爺ちゃんの国に帰れ!! 妄想まっしろ野郎!! 俺がオリジナルだ!!」
「玄人の浦島銀河さんが愛機リバーシ以外に乗るのはありえないい!! しっ、死んでも乗るか主人公機!! 王道はいったんクソくらえ!! はははキャタピラとキャノンでもつけたら乗ってやるよへのへのもへじの棒人間!! てかいい加減耳離せっっ!!」
「キャタピラはもうしたああああ!! 思い出させるナこいつぅ!! データはデータと無茶な玩具と注文ばかりつけるろくな補給物資をよこさないWGの馬鹿かお前も!! アァ、心底お前はムカつく!! CFの連中より先にここで倒す!!」
「レタス白菜!!」
「白菜はお前だ!! 鍋の底のしらたき!!」
「出撃前酔い止め飲んでる!! おこちゃまでんせつパイロット!!」
「どこで知ったぁ!? コイツっ!!」
聞き分けのない耳をお互いに抓り合い、けんけんごうごう騒ぎ唾を飛ばし合い。
白髪と緑髪を乱し転がっていく、暗い緑の丘を……やかましく。
最後はちぎれそうな耳を離し、もつれるように取っ組み合いながら、いつまでも罵りあい、ころげおちてゆき────男たち2人は、同時にぶつかった。
『冗談は冗談────ばか?』
脚を畳み静かに眠る……ラクダのこぶ山の間に、青い月がふたつかがやいている。
緑と白の冗談と冗談が、牧草の丘の上からころがってきた。かがむ中腰で、そんな草まみれになった男たちを不意に現れた彼女は見つめる。
その青い月のように瞳の持ち主、佐伯海魅は、イタズラがばれ固まる子猫のように同時にこっちを向いた、どこかの主人公とどこかのバカシラガを、呆れるような目で、ただただ静かに見下げたのであった────────。
眠っていたラクダがゆっくりと立ち上がるとつづいて、じゃれあっていた男たち2人は起き上がった。
痛く突き刺さる新手の女の青い視線を、しばらく白髪と緑髪を並べ2人そろい見つめ返したあと、さっきまで喧嘩していた男たちは同時にまた顰めた面をお互いに向き合わせた。
「だいたいお前何者だ?」
「痛ててて……それならさっき転がりながら申したでしょ〝浦島銀河〟。耳ついてる? グランドのパイロット、マイトさん」
「いちいち俺の真似をするなって言ったろ。ハッ……ついてるぞ、耳なしにならなくてよかったな(…マイト?)」
「ちょっと耳なんてそんなのなくてもどうでもいいけど、この目の前の、本当にマイトなの? 水の星の、伝説の?」
「あぁそう…ってどうでもいいはないだろ、部長の耳だぞっ! おいっ」
「まさにそれはどうでもいいな。で、また新しく増えたお前も、こいつと同じく他人のことを勝手に、デンセツだとか御伽噺だとかいう口か(またマイト? なんでこいつら俺も知らないあだ名で勝手に)」
「いわないけど」
「あぁっ?」
さっきまでの斜面草地を転がるほどの馬鹿げた喧嘩もどきの熱は引いた。そして、向き合った男同士のくだらない会話の最中に割り込んできたその青目の女も、「伝説」や「マイト」と慣れたように軽々しく言う。
マイ・トメイロは耳に伝った自分のことを呼ぶ新鮮かつ違和感のない違和感に、青目のその女を怪訝に睨み、しずかに問うた。
だがまた頓珍漢ですぐにその女に返された。「こいつも白い奴と同じ星の生き物か?」とでも言いたげに顔を嫌そうにマイは顰める。
しかし、そんなマイのとった表情も意に介さず、女はなにやら手持ちの袋をごそごそといじりだし……。彼女は歩き近づいた緑髪の彼に、袋の中にあった冷えたみっつのうちの〝ひとつ〟を差し出した。
「ん────これ。ヒロイン代行〝カラメルバッチリ〟」
「は?」
訳が分からない冗談にも満たない謎の台詞を添えて、手のひらの上にのせる瓶入りのプリンを「おひとつどうぞ」と、その女はマイに差し出した。
そんな目の前に浮かぶなぞのプリンとその女に対して、マイは威圧する気にもならなかった。釈然としないマイが気の抜けた反応をもらすと、女は、また、マイの目を平然そうに見ながら淡々と言葉をつづけた。
「カナカミの代行」
「カナカミ…だと……」
その言葉……いや名に聞き覚えしかない。しばらく立ち尽くしていたマイは、おうむ返しにそうつぶやき────────かっぱらった。
目の前に浮かんでいた冷えた瓶をひとつ、ふとよぎった思いが冷める前に。マイ・トメイロはとても素早くはたくように掴んだ。
「……テストパイロットだったか、さっきのが口だけじゃないか暇だからこの目でテストしてやる、お前の耳付きとお前。〝WGのお使いには〟期待してないけどな────ウラシマ・ギンガ」
そう言い捨てて、マイ・トメイロはさっきふざけて転げた小丘の天に登り直し立ち、やがて背を見せ、ゆっくりと下っていく……。彼の緑の頭が夜の草色に溶けて沈んでいく……。
『あぁ! バッチリ期待していてくれマイト、マイ・トメイロ!!』そんな強い返事をしようとしたが、シラガ頭は呆然とする何も言わず、言えず……ただ憧れと伝説のギラつくそのエメラルドの瞳と、クイズにされてもすぐに答えられそうなその主人公たるシルエットが失せてゆくまで、ウラシマ・ギンガはじっと月光照らす丘の上を眺めていた。
またそんな横顔をする──部長の彼の表情を盗み見しながら、隣の女子部員は腕を前にくみ、彼に聞こえるようにつぶやいた。
「カラメルバッチリのわたしは?」
「まるで…冗談だろ? はは────痛っ!?」
伝説のパイロットにフルネームで呼ばれるそのサービスは1名のみ。彼をふたたび丘の頂上までバッチリ動かしたのは……気の利いたヒロインのプリンと、カナカミ通信生をなぞらえたオリジナルの台詞なのか。それとも────
今は消えていったその主人公の立っていた天を、チームプラロボ部の2人はしばらく一緒にながめていた。
いい夜風に吹かれながら、やがて彼は汗かきのホワイトヘアーをおもいきり重力にただよわせて、煌煌と満ち輝く黄色い月をぞんぶんに見上げた。
浦島銀河は、彼女も釣られてしまうほどの、ファーストミッションクリアの満面の笑みを、こぼれるように浮かべながら────────
▼BARサンドロザリオ▼にて
湿り、臭い、にぎわう店内に、吹き抜けた白い風とミドリの風が、まるで嵐のように去っていった。
その勢いをもった風は、厚い皮膚の手にはりつけたぬるいグラスと、カウンターに寝そべる赤らむ頬を揺らした。吹き抜けたのは、泥のように沈む酔いも醒めるほどの若々しい風だった。
「酔わされる馬鹿者のまつろ、儂もひかえてみるか? それとも────どれ妙な夜風にすこし羽でものばしてみるか……。おい、起きぃや。仕事だぞ【酒乱】の曹長さんや」
そう意味ありげに呟いた男は、足元に寝転ぶ小太りをつつき、手に持っていた冷たい酒瓶をその酔いどれの悲惨な顔にあてる。
床に仰々しくダウンしていたリッキン・マシボリー曹長は、肌を伝うキンキンとする心地よさに目覚める。
今目覚めた曹長のどんよりとした視界は、まるで迷路のように皺つきていた。曹長はよく分からず霞んでいた眼をごしごしと手で擦る。そうすると、やがて、視界が鮮明になった。
今、リッキン・マシボリー曹長の天を覆っていたその熟した面が不気味に笑った。そして、BARの床に落ちていた湿った砂色のバケツハットをおもむろに拾い被った、その老兵の眼光は鋭く真っ直ぐに────────
▼
▽
今宵月は見上げない、見上げている暇はない、ただ真っ直ぐに乗り合わせた若者たちは逃避行をつづける。
満月はやさしく妖し気に夜の闇を彩るスポットライト、エンジン音が砂上の風を切り裂いてゆく。だが、今、舞台を必死に走る物知りな玄人、グランドの世界をよく知る白髪の脚本家もどきは、渦中にいるそんなシーンを知る由もなかった。
カーチェイスならぬカーゴバトル。2人乗りのカーゴは後ろから猛追する見知らぬ執念に捕まるまいと、ただ前へ、広大な砂漠の道を爆走しつづけた。
「ちょっとおおおなんか追って来てんだけどおおお!? もっとスピードおおお!!! 信号なんてないでしょーー!!」
「無茶言うなっって!! これ以上上げたらバランスがっあああ!!!」
「じゃあなんとかしてええ──ェは? ……」
猛追するのは執念だけではない。海魅の真横を掠めた殺気は熱く速く。数発の弾丸が流れ続ける砂の景色に埋もれた。
彼女の視界に光っているのは車体の頬でもライトでもない、魔改造された宇宙連合軍の軍用カーゴのバルカン砲だ。
「信号…!? それに…そ、そうか! こっちもヤりゃいんだろおおお!!」
ホワイトヘアーを荒ぶらせ、片手の運転で前方に目をくれず振り返る。銀河の構えた口径の大きな小銃から、ターゲットを見据えて放った弾丸は眩く光った。運転シートの座下にあった照明弾を一か八か銀河は片手に放ったのだ。だが、敵のカーゴはその放った熱い光に捉えきれず。
照明弾などを撃ってきた悪あがきを後ろの敵のカーゴは華麗に避けた。砂粒から目を守る防塵ゴーグルごしの敵兵の目が笑う。そして相手の失策に乗じて、貰ったとばかりにスピードをあげ、風に揺れ誘う後部座席の女子部員の灰スカートのケツに張り付いた。
「クロウトのうしろだぞ!! ンらよっっ!!!」
白髪を激しく風に乱す玄人カーゴ乗りは、ハンドルの右にある黄色と黒の縞々レバーを思いっきり引いた。すると後部に搭載された変哲のなさそうに見えた荷ボックスから、ケツへと向けて垂れ流された。
【捕縛用電磁ネット】ケツにぴったりとついた失礼な相手へと、前を走っていたプラロボ部のカーゴは不意打ちの搦手を射出し、後ろの敵のカーゴを覆い絡める。
浦島銀河はかっぱらったカーゴにカスタマイズされていた武装を用いて見事に、敵のカーゴを捕まえ、砂に転ばせた溺れさせた。
蜘蛛の巣の罠にかけ無様に横転し沈んだ後ろの敵を、健在なカーゴで前を進み風をきりながら、プラロボ部の2人は振り返る。
「「や、やったあああああ!!!」」
思わず銀河と海魅は顔を見合わせ声をそろえて喜び合う。執拗に追ってきた敵のカーゴを失速させ機能停止にすることに成功した。痺れ絡まるネットからなんとか這い出した敵兵は被っていたメットを地に叩きつけ、相当悔しがっている。
これを喜ばずにはいられるか。また思わず手を合わせてハイタッチなどを、部長と部員が器用にしてみせようとした、そのとき────
右の砂山からぬるりと現れた。そのもう一つの軍用カーゴ。先ほど電磁ネットに捕まった1機を囮にしたとでも言うのか。その軍用カーゴは横から銀河たちのカーゴを先回りし、今、後部の兵がバズーカ砲を肩に構えた。
仰天し、固まる。調子をこいたガキどもに照準を定めて────
「は!!?」
「やべっ!!?」
ただよう殺気、だが、その重い肩の荷が火を吹くよりも速く────不意にさした影は若い男女を照らし飛び抜けた。
「横にも耳をつけろ。あと忘れるな──スプーン」
激しく砂を散らし舞い降りた車体はスピンしながら、蹴散らす砂上を三日月のようにきれいな弧を描く。そして止まり、振り向いたその緑髪が、防塵ゴーグルをさっと外しその顔を顰めた。
砂の丘に鮮やかに爆発する光景をバックに、車体前方のバルカン砲がけだるげに夜空へと白い煙を漂わす。
突然プラロボ部2人の目の前に現れたマイ・トメイロとその操るカーゴは、浦島銀河の操る迂闊なカーゴを飛び越しながら、高所から狙いをつけ疾走していた敵のカーゴを瞬く間に撃墜した。
伝説のパイロットは機体を選ばない。窮地を砕く、その伝説たる躍動を────
夜の砂漠に吹き抜けた爆風と、ホバリングエンジンを止め静止したカーゴが2機、地に足をつけ、今、それぞれに降りてきた乱れた髪だけがみっつ。
ざらつく砂色をかぶった……黒、白、緑のヘアカラーをそれぞれに整えて────。
「じゃあどうやって食べたの? カラメルバッチリ?」
「そこはどうでもよく……ってお前その〝ソレ〟でマイトのことを洗脳しようとするな! ちゃっかり」
「うっかり」
「うっかりじゃねぇ……(とんでも強引ヒロイン代行…)」
ラクダの丘で彼女がマイへと渡した例の瓶プリン、それにオプションで付け忘れていたとマイが冗談で言ったスプーンのことと、念押すように流行らそうと幾度か口ずさむその女子の特殊台詞などどうでもよく。マイ・トメイロはどこか気の抜けた2人組に向けて、呆れ気味に口を挟んだ。
「二度目にして緊張感のないやつらだな……。──おい、それより。どうやらお前が関わった連中に、中立エリアのアハスカからつけられていたみたいだな。イヤな酒の匂いがした」
「した?」
「あぁ、した気が…する!」
「嘘でしょ。転が天のマイトのまね?」
「そこは相槌ってことで見逃してくれていいだろ……。ってする方がおかしい!(酒の匂い!)」
「おかしいのは断然お前だぞシロアタマ。さっきからな」
「ふふぅん、ほらねわたしってノーマ」
「おまっ…だからことあるごとにお決まりのように好きな台詞をねじ込むなって。ところで……俺がおかしいのはこの際いいんだけど、──さっきのは?」
「さっき? なんだ? なにかあったか?」
「「上を飛んだ」」
「上? アレぐらい普通だろ。何言ってる? ハッ…おかしなヤツ」
それで宇宙と交信でもしているつもりなのか……天を指差した変なポーズで固まった、銀河部長と海魅部員は隣り合う顔をゆっくりと見合わせる。
仰々しく同時に指差し、プラロボ部の2人して緑髪の彼に問うたのは、先ほど2人のカーゴの上を舞い、バズーカを構えた敵のカーゴをそれと同時に撃破したあのシーン。
しかし、そんなものいちいち深く振り返るほどでもないと、マイ・トメイロは当たり前のようにさらっと返答してみせた。
(さすがわたしのライバルじゃん?)
(さすがマイ・トメイロ。生のマイ・トメイロ……いやこれはシミュレ)
黒髪と白髪頭は隣り合うお互いの顔を見合わせ頷きあい、天を指していた指を今やわらかに開き、ゆっくりと互いのあげていた手と手を合わせた……奇妙な男女宇宙人がいる。今片手同士重ねたそれは、なんのハイタッチか交信か、プラロボ部の2人のおかしなやり取りを視界に入れてしまったマイ・トメイロがまた溜息を吐き、目の前の珍しい奴らを観察していると────
そのとき、遠くでけたたましい音が落ちた。
雷ではない、それよりももっと怖い、本能でというより近頃嫌というほど学習した……マイ・トメイロパイロットの耳に聞いたことのあるめんどくさい種類の音だ。
そして、マイはいち早く反応し、その音のした方角を睨み、驚きを言葉にした。
「砲撃!? チッ、あっちはノアが呑気にしている方角だ!」
「え、今のが砲撃!?? ノアがっ、なんでだ?? 北アフリカ戦線の作戦の時間はまだで、どう考えても今襲われるタイミングじゃ……?? のっ、ノアの場所もそう気づかれずやすやすとは……そうだそうだ! グランド作品全般の設定じゃ、ノアやGR搭載のエキゾチウムレンズの発生させる重力場のレベルで敵のレーダーなんてジャミングされ」
「マニュアル通りに何いまさら説いてんだ! どこで聞いたか知らないけど、レンズの発生させるグラビティレベルをあてにしすぎるなよ! 多少自在に操れるようになった重力場やグラビティステルス…あんなもの革新でも魔法でもなく、本当の戦場ではただのお互い不便を被るだけのその場しのぎだ! コックピットビューの目視GR戦でも! 完全に敵のレーダーアセンサーに捕捉されないわけじゃないぞ! 子供のかくれんぼをやってるつもりじゃ痛い目みるぞ馬鹿!」
「それはわかってるけど!? まさか…俺のせ」
「バレるときはバレる! とにかく喋るナ走れ! ノアの艦長に恨まれないうちに戻るぞ!! あぁ……逃げたきゃ今のうちに逃げろよ、テストパイロット!! 俺はグランドでヤる!!」
これ以上無意味な質問に答えている時間はない、事態は今だ。そう語気強く2人に言い残し、それ以上は目もくれず慌てた様子でマイ・トメイロは自分の乗ってきたカーゴに跨った。
よほどの緊急事態だ、イヤな風にのりはじめた緑の髪が騒ぐように靡く。そして砂を蹴散らしてホバリングエンジンを起動させ、あっという間にその緑髪のパイロットは夜の砂漠道の彼方へと去ってゆく。
「レンズって、ぶちょーのあんたがソファーの横でなんども説明してた電波をなんちゃらするぅ……かくれんぼう機能の? それでノアが……敵に見つかった?? い、今って一体どうなってんのぶちょー? え?? マイトもういないんだけ──」
「何話とも知らずに始まったってのか……宇宙連合軍とのたたかいが」
戦いのスケールはもう…さっきやったカーゴチェイスどころではない。重く低く……玄人の耳を震わせるのはホンモノの砲撃音だ。そう本物のパイロットが言うのだ。
銀河はそう呟きながら、デコにはりつく白髪と冷汗をともに拭い、遠く消えゆく緑の影を見つめる────
立ち止まっていた、流れ去る夜風に立ち止まっている暇などないことに気付いた浦島銀河はカーゴの元へと急いだ。あこがれの主人公がたったさっき、勢いと生気を込めてそうしたように、同じように。
そして佐伯海魅はいつもの疑問には答えてくれなかった白髪の彼の後を追う。置いていかれないように後ろ席に乗り込み、急ぎ手に取った防塵ゴーグルをかけた。
ゴーグルごしにも海魅の青い瞳がギラつき──頷く。振り向いた銀河も彼女の真剣な様に呼応し頷いた。ざらつく砂化粧のハンドルを握り、ホバリングエンジンを起動する……。テストパイロットがここで逃げるわけにはいかない。口だけじゃない約束があるウラシマ・ギンガはマイ・トメイロの後を追い、WGの母艦ノアの元へとカーゴを走らせ急いだ。
レンズ:
様々なカタチをした微弱な重力場を発生制御することのできる……レアアースとエキゾチウムで作られた次世代の革新技術。
レンズのグラビティレベルを上げればあげるほどに捕捉しようとする電波、光学レーダーの類に屈折干渉しジャミングすることができる。
主に戦艦に大型のレンズを、グランドロボットに子機として小型のレンズを搭載されている。
この戦場を一変させたレンズは他にも様々な技術に応用され、代表的なものに高熱量のビームを集光・圧縮し撃ち放つレンズ兵器がある。