第15話 囚われ×憩う
どこからともなくノア艦内の通路に舞い落ちた白い異物、その2つの体温・熱源が、不意にしかめ面で歩いていた緑髪の頭上を襲った。
そんな降って湧き緑の髪の頭上に積もったイレギュラーな事態。ノアのクルーたちも心配して駆けつけた、だが、緑髪の彼は先ほどブリーフィングルームでぶちまけた怒りのスイッチをまだ入れたままだ。むしろ、より怒りは重く積もり募り、緑髪の彼の起こす運命は変わらず……。やがて、覆い被さっていた白髪の邪魔者を力尽くでどかし、またマイ・トメイロの足音は元のルートを今度は怒り走り始めた。
『痛…いつまでのっかってんだ……どけっ!!』
『待てマイ!! ────仕方がない……それよりコイツらだ。一体何者だ、どこから艦内に忍びこんだという。白の制服だが……WGからの補充兵のリストにはないな』
『おい起きろっマッシロネボスケ次はもっと強く突くぞ!! ──コイツ全然起きやしないナァ? 艦長どうします』
『寝ぼけているソレは放っておけ、かわりに隣のソイツをつつき起こせ』
『了解──でも女の子のようでぇ?』
『雄も雌も今はネズミだ! 爆ぜるおもちゃがないか武装確認しろ、──キミも勝手に警戒を怠るナ』
浦島銀河は今、上からの注目を集めている。ここが認識するグランドの天国にしては、ファンである自分のことを歓迎するような目の輝きを誰もしていない。重い上体をあげ見上げるそれらはあまり穏やかではない様子だ。
目覚めたてのシラガの男は未だ状況を把握できない。ただ隣にいた佐伯海魅は彼より先に目覚めており、取り囲むクルーたちの質問に二度寝していた部長の代わりに既に答えていたようだ。そんな隣に座る彼女の黙した痛い視線だけが今は現実感を演じており、部長の彼を次の行動へと静かにうながした。
とりあえず今は目の前のことを直視する。先ずは順番に、浦島銀河はその重い瞼の黒目をよく開いてみて、凝らしていく。今、目に映る情報のみを深々と熟慮・整理しながら。
【赤髪の渋顔】といえば……:
世界政府軍、通称WGの伝説の艦長ロベリー・ストロー少佐。
「水の星のグランド」通称グランドⅠ時代のガイア戦争と、8年後の舞台「グランドⅡ地球の意志」のウラヌス戦争を経験し艦隊を率い生き抜いた英傑のひとり。
実は愛煙家であるらしいがクルーに示しがつかないということで煙草を吸う姿を一切みせない、プロとしての徹底ぶりか。
代わりにカナカミ通信生が気を利かせて時々艦内にもちこむ土産スイーツの類をこっそり艦長特権で分けていただいているんだとか。
旗艦のノアに若者のクルーが多いことも吸わない理由のひとつなのだろう。
そのまだ比較的若い顔つきとWGの制服姿を見れば、どの時代のロベリー艦長なのかは……カレ、玄人の目をもってすれば明白だろう。
しかし右を見ると……【女性通信兵】:
世界政府軍WGの威信をかけ宇宙連合軍CFに対する反抗の狼煙をあげるために、第3次宇宙戦線に投じられた大型宇宙戦艦グリーンベルのしにがみ通信兵。
その通信兵の正式な名前は……なんだったっけ……?
「グランドラストクロニクル」……通称ラスクロの世界政府軍編のサイドストーリーにその女性通信兵は登場する。ゲーム版では名は確かなく、その声とビジュアルのみだったんだよな。
死神と言われているのは、そのゲームの難易度がクリアするのになかなか骨が折れ高かったことと、どのルートにいこうがいくら上手くいってもそのゲーム内の結末…WGの無謀な威信と試作の塊の沈みゆく運命が変わらなかったからだ。
そういうワケからこの2人がここに同時にいるのはありえない。いや、あの特殊EDとタイミング的にはもしかするとありえはするわけか……。といってもそれこそ隙ありの伝説、決して混じることのないアニメとゲームのシリーズちがいというヤツだ。
「どうなってんだこれは……」
「それはこちらの台詞だ。寝ぼけていないではっきりとしゃべれ、また私の前で寝付けると思うなよ。その上等な顎を蹴り上げられたくなければな」
グランドファンである銀河のよく知る赤髪の男が、威圧感のある顔で物騒なことを言い放っている。
銀河はそんなぴりっとした空気にあわせ目を開き直す。ぼーっと寝ぼけている訳にはいかなさそうであるのに気付き、取り囲むクルーたちのことを見つめ、目に映る情報のそれぞれをまだ整理しながらも、やはり肝心の「カレ」がいないことについ銀河はぼやいてしまった。
「そういやマイトは? さっき俺の耳元にいたような気が……?」
「マイトだと? まさか狙いは……マイ・トメイロか貴様」
「いや、そうじゃなくて俺はその…マイ・トメイロの知り合いというか……そうそう、ハイスクールのクラスメイト! ほらっ、これその制服!」
「マイの知り合いクラスメイトだと……? ますます怪しいな……貴様。よし、コイツらの持ち物を入念に調べろ」
ロベリー艦長に問い詰められた銀河はなんとかその場で誤魔化しをのたまうも、隣から彼の横腹へと小突く肘打ちをくらった。
(ちょっと、ちがうんだけ)
(黙ってろ、そういう設定だ! もうこれでいくしかねぇの)
(てかどうなってんのこれもシミュレーターなのっ!?)
(シミュレーターって……あぁそれが一番いい。きっとそういうことだっ! そうに違いない)
(きっとそういうことって……ふぅん。それはマァいいとして、これってアレじゃない??)
(アレってなんだよ……今真剣にこの穏やかじゃないオカルトな状況を考えてるところであんま耳元で)
(いやなんかマイトの怒ってた感じの声がさっき寝てたとき聞こえた気がするんだけ)
(はぁ!? それってアレ……アレか!!)
事態は夢かシミュレーターかどちらにせよ銀河は真剣に考えた。そして、考えながらも並列してこそこそと隣に座る海魅と耳打ちしあい、彼女の今更にもらした重要な情報を共有した。
〝アレ〟といえばアレしかない。「水の星のグランド」を2周視聴した佐伯海魅の方が遅く目覚めた部長より先に気付いていたようだ。
「いつまで耳元で念仏をしあっている! 自分たちの置かれた状況がわかっているのか! こちらに嘴を向けて話せ、雛鳥でもできることだ!」
(状況は分かったかもしれない。アレってことはこれはマイトが出ていったあのシーンのつづきってことか。つまり地球、北アフリカ戦線の渦中。そしてここは見るからにまぎれもない母艦ノアの中。ありえねぇ……んな夢みたいなこと。いや、今は赤い鬼に叱責されている……一歩間違えれば夢でも地獄かもしれないぞ)
「ねぇこれってマイト追いかけないとじゃない」
「ておい!? あ、じゃぁなくてそれはカナカミ通信生の仕事だろうが。大丈夫だぜきっと」
本当に嘴を赤髪の親鳥ならぬ艦長に向けて海魅は喋っている。横を向かずにそれでいて部長に問うように、大胆にも。
それを受けた部長も艦長の目を同じようにまっすぐすぎるほど見ながら、答えた。今頃カナカミ通信生がマイトのことを追いかけているはず、なので部員が心配する問題ではないと大胆にも冷静に伝えた。
「かなかみ? 貴様らさっきから何を囀っている?? それで時間稼ぎのつもりか? 怪しい……手の余ったクルーは他に艦内にひそむヤツがいないか調べろ」
「「え!?」」
「図星のようだったな、急げ武器の携帯を怠るナ! とんちんかんを言うコイツらの仲間がいる! 探せっ」
何やらすれ違っている。会話が噛み合わず、ズレている。カナカミ通信生のことに怪訝な顔を浮かべたロベリー艦長が、他に潜伏する銀河と海魅の仲間がいるはずだと、トンチンカンな邪推を展開しクルーたちにそのように命令している。
銀河と海魅が同時に驚いた顔をしたことが、図星をついたのだとロベリーは見透かした気で勘違いしたのだ。
「え、ヒロインのカナカミしらない?? ちょっとこれどうなってんのぶちょー??」
「いや、そんなわけ…!! 大丈夫……あぁ分かったぞ! クルーの情報をおいそれと明かすわけないだろ!! さすがロベリー艦長だぜ!!」
「貴様なぜ俺の名を知っている??」
「そりゃもう知ってますよ! 有名ですもん!! ノアの艦長といえばロベリー・ストロー少将、ウラヌス戦争ではアフロディーの艦長もその衰えぬ冴えわたる指揮でやっていた! そのグランドの歴史に語り継がれる英傑を取りまとめた英傑の存在をグランドファンで玄人の俺がその細部まで知ることを怠るワケないでしょう!! 『艦長も甘いものがお好きですか? ならっコレ…わたしと共犯しませんか、ふふふ、フルーツタルト』」
「な、なんだ急に気色悪いコイツは!?? おい勝手に立つな動くな!!(それに私は少佐だ…)」
急に立ち上がり、動くなと言っても動く。興奮気味にはしゃぎだしたシラガの少年がいる。何故そんなに輝ける目を自分に向けているのか……思わず圧倒されたロベリー艦長は、制止を無視して動き出した奇妙な白い生き物に後退りながら、表情をへんてこに歪めてしまった。
「すごいっ! これでもクルーの情報を明かさない! そして生ではじめて拝めた! もうテレビの左隅っこの存在じゃないグリーンベルのあの声あの女性通信兵! 俺です俺ッ!! 百度は特殊エンディングを目指して宇宙の藻屑になった俺ですよッ!! いやぁー、生きてあえたら握手してほしかった!! ──ってうおおお」
「握手……いいけど…(わたしも有名? うそ?)」
踊るように語る。質の悪いミュージカル、今ここは尋問の場ではなく彼の一人舞台だろうか。シマナミ通信兵は求められたことのない彼の求める握手にノせられて、柔く交わし応じた。
「そしてカナカミがいなくても大丈夫! ですよねライト・アライさんっ! よっマイトの名付け親、兄貴分!」
「はぁ?」
「え?」
白髪が踊ってよろけて肩に手をかける。見覚えのある長さの金髪をしたその兵、その男に。とても馴れ馴れしく手をかけられて、その知らない顔は白髪の若造へと振り返る。
そばかす顔の冴えない顔がそこにあった、銀河の知るライト・アライのような精悍な顔ではない。冴えないは失礼だが銀河の目に映るライト・アライは冴えていない。どちらかというとただ背丈だけあり金髪のヅラをかぶったアスパラのようだ。
「レフト・コマツ曹長だ。ライトだとぉ……お前、殴ってやろうか、白鼠?? こっちかこっちえらばしてやる」
「レフト?? こっコマツ?? だ、だれ……痛っ!?」
その金髪のそばかす顔の男は持っていたデンジサスマタを別のクルーに預けて、今、左と右の拳を掲げてうるさい白鼠の前に立つ。ソイツはまだ寝ぼけているようだ、レフト・コマツは左の手のひらでその白い珍生物を顔面から床にはじいた。
それが彼、浦島銀河の最後に見たイカれたグランドの世界の怒れる景色。また、眠りこけ。聞きおぼえのあるオンナの声に体をユラユラゆれながら……
『…よくやったレフト曹長。その生意気を超えてイカれた男の方は捕虜牢にでも入れておけ……まったくなんだアイツは…何故だか寒気を感じるほどだ』
(このひと甘いものが好きなのね。意外、ふふ……)
『ロベリー艦長、艦後方の内陸砂丘のうしろに横たわる熱源を2機確認!! 現在既にその未確認のGRらしき2機に無人のラジクレーを操作し接触し搭乗員がいないかハッチのロックをどうにか外そうと確認中です』
『ナニ!? なぜその報告を怠った!? 至急周囲の敵機の確認も急げ! 各員戦闘警戒を怠るナ!!』
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「アレは……なんだ?? 重なって寝そべっている……灰兎と白い…? まさかWGの試作したっていうあたらしいGR……なのか。……なんでもいいッ、俺には関係ない知るかよ!!」
煙をまき散らす。砂上の道なき道に、母艦からかっぱらった鉄の乗り物カーゴを、ホバーさせとばしていく。
そこに滑稽に寝そべ埋もれる未確認の灰色と白の巨大物体を遠目にみながら……緑髪の少年はかわく唇を噛み前を向き、賑わう夜の明かりの方を目指した。
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刃と槍を深く交えたあのときの光景……ユラめく炎熱のカーテンの外にいた……光る額の白き存在。
そしてアタマの奥に不意に流れて来た、まったく知らない雪の降る夜の家の中のこと、誰かと何かを作り上げていたそんな日のこと。
目を閉じながらやはり反芻してしまう……グランドの世界に迷い込んだことよりも、そのほんの一欠片の体験は彼にとってもっと謎めいていた。
それはとてももどかしくも思えた。それはなぜか懐かしくも思えた。そして夢から覚めてコックピットビューから眺めた、あの光景、二機が密になりすれちがったその切っ先の先は、おそろしくも────
『あの時不思議と湧いたありったけのグランドパワー……アカムシャの爆炎斬で立ち向かった……俺はあの黒槍をさいごはどうやって避けた? それともあのとき……いや、あの機体、あの目は────』
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閉鎖されていては朝か夜かもわからない。そもそもここは自分たちの過ごしてきた現実のそれとは大きく異なるのだろう。しかし、やっと眠りこける夢想から目覚めた浦島銀河は今、見覚えのある牢の中にいる。簡素で掃除などされていない殺風景な一室だ。
艦内にある捕虜牢に放り込まれても、彼はある意味ポジティブだ。過去に経験ないほどにめまぐるしく移ろう状況に、一度落ち着き一息つくには、こんな場所だがちょうどよくも思えたのだ。
「ちょっとカナカミを知らないなんてなにこれ? シミュレーターの出来損ない?」
「んーそれもそうだが。ある意味いちぶ出来すぎにも見えるが。隙がないというか」
「はぁ?」
「いや、こっちの話だ。って、結局お前までぶち込まれたのか」
「ちがうけど。だってこっちの方が安全そうじゃん」
「それは…そうだな? たしかに」
「まぁ私はノーマルだからね。誰かさんとちがって部活動の延長のノリでぶたれてないから」
「はぁ!? そんなっ、そうだな……その説は申し訳ねぇとしかいえねぇ…」
寝て、覚めて、またしても彼の隣に座っていたのは佐伯海魅。彼女は一緒の牢にまとめてぶち込まれたわけではなく、安全の保障されない尋問をひとりでされるぐらいならと彼と一緒の牢に入れてもらうようロベリー艦長に要求したらしい。それが通ってしまうのは130分の1フェアリーナイトを女子高生割にしたとき、もしくは90分の1グランドⅠを店長のおすすめにしてもらったときのような謎のヒロインパワーなのか……。浦島銀河はそんな言わなくてもいい冗談を今のたまうよりも先に、彼が浮かれて迂闊だったレフト・コマツに殴られ冷たい床に寝かしつけられるまでの……自身の直近の過去の言動と行動を恥じ、彼女、佐伯海魅部員にひとこと謝った。
カナカミがいない疑惑や問題よりも、平行してあのマント付との激しい戦闘後白く呑まれた自分たちプラロボ部が今現在どのような状況に置かれているのか……一度、部長は部員の彼女と一緒に考えてみた。
そしてやはり、銀河部長が慌てた表情を隠せないぐらい今も多大に心配するのは────
「そういえばリバーシはどうなった!? おまえのフェアリーナイトも!!」
「え? なんかロカクがどうとかロベリーかんちょーとクルーたちが言ってたよ(あんたは張り倒されて寝てたけど)ロカクってアレでしょ? いったん無料で預かってくれるってことでしょ?」
「まじかよかっ……って鹵獲?? あぁ鹵獲はあながちアレだが……ってちげぇ!(どんなサービスだそれ!) …はぁ……とりあえず無事なのは良かったが(ん? 待て…ここでもリバーシはGRみたいに動くのか? てかノアに搭載されてる生のグランドⅠを拝めたり?? って!! それはあとあと…! まずはここから抜け出す方法もそろそろ考えないとな)」
【鹵獲】とは敵の資源を自軍のものとして確保してしまうこと。女子高生ののたまう野良の未確認グランドロボットの無料預かりサービスなどではない。しかし同時に、リバーシとフェアリーナイトが無事であることも、部員の彼女の言葉づてではあるが薄暗い牢に閉じ込められながらも銀河部長は確認できた。
「このあとどうなっちゃうの?」
「潜伏してる仲間がいなかったと確認がおわったなら、スパイの疑いが晴れていずれ解放か? もしくはしばらくこのまま……だろうな。でもここにはお前を尋問する時間もないんだ、ノアのクルーたちも今は彼らからして得体の知れない俺たちに構っている暇なんてそんなにないだ」
「ありそうだけど──」
「ろぅ…きゅっ、休憩時間なのかなー……??」
いかがわしいグラビア雑誌を読んでいる雑誌に隠れたそのご尊顔が銀河の目に見えた。
優雅に、深くかけた椅子に長めの脚を組み、金髪ノッポのそばかす野郎がニヤリと嫌な感じで彼に笑った。
薄暗い牢の隙間から目の合ったレフト・コマツ曹長は、自身が強烈にビンタして捕獲した〝しろいいきもの〟の生態の観察に熱心なようだ。