第14話 白い×方舟 《第一章 アオいハルのプラロボ部-完-》
▼旗艦ノア ブリーフィングルーム▼にて
艦長と上官クルーたちがあつまった一室に鳴り響く怒声が止まらない。北アフリカ戦線の主戦場ブシャ砂漠における包囲網突破作戦の話の最中、
WG所属の試作機グランドを操る民間人パイロット、マイ・トメイロは、この日、宇宙連合軍との連日の激戦と、続く強制出撃命令という不当な待遇に、ついにブリーフィングルームで鬱積した不満を爆発させた。
「だいたいなんでまた敵陣に突っ込んでんだよ。そんな命知らずの指揮に耳貸すかよ! あんたらプロじゃねぇのか! それがまたこんな作戦でッ、なんで俺だけ! グランドの整備じゃなく俺を休ませろ助けろよ!」
「グランドは敵軍との想定されるGR戦の先駆けとなる地球にのこされた貴重な戦力だ。敵機のGRカーゼたちとスコアを重ね経験を積んだそのパイロットもしかりな。このところ敵が戦力を増して地上の支配エリアをますます拡大してきている、カーゼ系統だけじゃない宇宙連合軍の未確認の新型GRも続々投入されているという噂だ、お前もついこの間撃墜しているな。そういうことだ、これからの世界政府軍の作戦にもそれを象徴するグランドの存在は欠かせないと言っている」
「俺にそれにふさわしい戦闘マシーンになれっていうのか? ココロまで? イカれたネジでもしめて?? 作戦のためにッ、あんたの忠実な」
「お前がさっき言ったようにプロというのならな」
「なんで俺がプロなんだよ!? 戦争なんてあの日の帰りのスクールバスで勝手に巻き込まれただけだ。俺はあんたら好き好んで志願した軍人とは違うんだよ。地べたでばたばた争い合ってるあんたらとちがって、出撃して生きるか死ぬかで金受け取って俺は完結しちゃいない。そうして生き残ったからってだいたい人殺して飯食って、それを繰り返して……こんなネムレナイ戦争はやく負けでもいいから条約でもなんでも見直して認め」
つけあがりつづける緑髪の若造に、赤髪の艦長は自身の制帽が脱げ落ちるほどの勢いで殴りかかった。
緑髪の右の頬に鈍い音が鳴り響く────
「そうか俺たちだけだったようだな。貴様をパイロットだと認めていたのは! 根性のねじ曲がった生意気なだけの貴様をな!」
しかしすぐさま飛んできたのは右のストレート。殴られて即殴り返す──利き腕で。何をかっこつけソイツが宣っていようが関係ない。マイ・トメイロは旗艦ノアの艦長ロベリー・ストロー少佐を、その辺の無造作に置かれてあった椅子の元まで殴り飛ばした。
「上官をぶつか……グランドのパイロット様だけある……」
「椅子にかまえてヘンな負け惜しみか! はっ、恩知らずの礼儀知らず……やってられるかよ!」
怒りに震え、興奮して凄むマイは、痛む右唇を拭いながら……赤色の唾を地に吐き捨てた。椅子に叩きつけられた赤髪の艦長を睨み返しながら、やがて鋭く視線を切る。
「とにかく俺は出ていくからな。どいつもついてくるなよ! せいぜいグランドを動かす訓練でもしといてください。それか動かせる他のまともなプロでも呼んでくることだっ……ありえないと思うけど」
マイ・トメイロはそう捨て台詞を吐きつけ、ブリーフィングルームの自動ドアからゆっくりと抜け出していった。
その嵐のような若い怒りと勢いをただ唖然と見ていた……変に静かになったブリーフィングルームに居合わせていたシマナミ通信兵は、落ちていた艦長の制帽をおもむろに拾い上げ、椅子にぐったりと座る赤髪の艦長を心配しながら近づいた。
「殴られたのは上官ではなかったか……。どうせすぐに戻ってくる、作戦までは気の済むまで勝手にさせればいい。それにヤツもわかっていたようだ、ありえないことをしてくれているということに」
ロベリー艦長は帽子を彼女から受け取りながら、しばしそのツバを見つめてはゆっくりと被り直した。そして暗に誰もマイの後を追わないようにクルーたちに告げた。気に掛けるとまたつけあがるからということらしい。
「ありえない……そのようなものでしょうか…?」
(うわさのグランドのパイロットが、あんな風な民間人……。所属艦隊が違うとここまで色が違うのね。グリーンベルにいた頃とは、みんな若くて大違い。WGの旗艦、方舟ノア……今度は大きいだけの宙をただよう熱いハコじゃないといいのだけど──────誰か追いかけなくていいのかしら? 私以外で)
うずく左目元を覆う黒い眼帯をすこし気にしながら、この作戦から旗艦ノアに所属することになったシマナミ通信兵は、自身の怪訝な顔を、イラついた足音のするドア方に浮かべた。
負傷した上官の艦長にお気に入りのハンカチを手渡すかどうかシマナミ通信兵は迷った。迷った末に、結局彼女は気の利く行動を自然と取り。
またじっとドア方に浮かべていたやり場のないシマナミの怪訝な顔は、突然、今、おおきく響いた砲撃を食らったような艦内の音と揺れに────驚きに満ちた。
ちょうどあの怒れる足音のする廊下の方からだ。彼女のその耳にしつこくなりやまなかった足音も途絶えて……もっと怒れるナニかが衝突した音がした。
血相を変えて慌てたクルーと艦長たちが艦の損傷箇所および周辺の状況を慌てて確認しながらも、その真っ先に心配した現場へと武器を手にし急いだ。
シマナミ通信兵はブリーフィングルームから抜けだし、廊下の突き当りを慎重に曲がり身を乗り出し、取り出した小銃を素早く事態へと構えた。
「(この新居いきなりダメなのかも……! 3、2──)大丈夫ですかマイ・とめっ──さん…?」
「マイ!! どうした何があった!! 無事か!! 返事はどうしッッなんだ……これは??」
軍靴を鳴らし廊下を急いだ彼らが目撃したその横たわる白い軍服姿は、よく見ればノアのクルーとは全く違うデザインだった。
若者に似合わぬその白い髪は、まるでどこかの島から降ってきたおとぎ話のようだ。
敵兵のスパイにしては若すぎ、武装している気配もない。もし差し向けられたのだとすれば、その忍び込んだ方法も、先ほど艦内を騒がせた衝撃音の発生源も分からない。目の前に痛々しく積み重なる光景は、いや、廊下を急ぎ遭遇したこの状況のすべてが、いくら目を凝らし、訝しみ思考しても、ノアの艦長ロベリー・ストロー少佐にとって理解不能であった。
さっきまで艦長との喧嘩相手であった見知った仲間の緑髪、その上には、白い異物がふたつ……いやふたり積まれていた。
クルーの1人が持っていた電磁サスマタの長柄が、おそるおそるその白い毛をしたいきものの頬を何度か突いていく────。そしてその未知の色を瞼にかくした目を……白毛のソレはゆっくりとうなされながら、黒く開いていった。
「っ……ふぇ……グランドラストクロニクル……あれはげーむの…グリーンベルのしにがみ通信兵……。こっちは赤髪……親の顔よりみた若渋艦長のロベ……はははまだぜんぜん若いころの…………みみもと…なんか…マイトっぽい声もする気がする…………。はは…これって……グランドの…天国……か…………」
また、黒い目を、電池が切れたように閉じていく。それはそれはひどく安らかに……あこがれの主人公の声を子守歌にしながら、そのあったかい身の上に白髪を垂らしながら。
やがて、こどもに構えていた銃口をといた女通信兵と、指差しうるさく油断しないよう武装確認を指示する赤髪の男艦長、伸ばしたサスマタで再度起こそうとするクルーたちに囲まれ、つつかれ、白髪の彼とその隣で眠りこける黒髪の彼女は、知らないセカイに咲く瞳たちに見守られながら────────。
《第一章 アオいハルのプラロボ部-完-》