第13話 リバーシ×マント付
特大のグランドパワーを込めたマスターバスターリバーシの大技、【吹雪雷】は炸裂した。威力美しくかたどられた巨大な氷塊が、散り散りに舞いおちる……。
やがて、散った白が天を漂い、荒野は真っ白な雪原へとその様相を積もり変えた。
砕けた氷の左腕が溶けて失せ、穴の開いたドレスが爆発し、灰色の素肌が痛々しく露出する。ドレスを斬らせて敵機至近から合成マジックを無理矢理放ったリバーシも、ただでは済まなかったのだ。
「あのマント、ただのマントじゃない……。コーカノイカスたむの超甲賀マント以上の硬さだ。この最高の手応えでもダメか……はぁっ……よし!」
「なら残りのグランドパワーで……! 当然コイツに懸ける」
ドレス装甲のほつれたマスターバスターリバーシは、もう戦闘には使えない。安くないダメージを負った機体は白い蒸気を周囲に吐きながら、装っていた冷たく青い装甲が、今、熱帯びて赤く反転した。
ところどころ穴の開いた灰色が見え隠れする。赤備えを装備したリバーシ、【アカムシャマスターリバーシ】は、腰にさげた鞘から刀を、ゆっくりと滑らせた。
その武者の構えた切っ先の先にいるのは、敵機マント付。やはりあの特別なマントは異様なオーラをなおも放ち、打ち寄せた厳しい寒波と雷をも耐え抜いた。
そして、マントに積もる雪を今払い────やはり構えるのはその黒きイッカク、その槍だ。
決して無くなることのないマジナイのマントと、決して折れることのない必殺の槍で、見据えるターゲットはただ一機ただ一人。
降る雪景色の中、ロボットは同時に駆動した。
雪原の白を踏みしめて、風を切り溶かしてゆく赤と黒、二つの熱源は────交わり合う。
雷纏う黒いイッカクと、炎熱纏う秘刀赤蜜、その一太刀が今、重なり合った。
剣は剣のようにただ敵を斬る、その槍は迫り来た剣のように同じ太刀筋で受け止めた。
赤剣と黒槍が押し合う、幻獣が角を突き合わせ己の存在を誇示するチカラ比べをするように。
長々と合わせた至上の一太刀に、やがて親和するのはその剣と槍に熱く込めたグランドパワー。そして、同時にエネルギーが反発し、お互い爆弾に弾かれたように距離を取る。されど……機体の体勢が崩れたそのシチュエーションはそのとき、リバーシとマント付、どちらにも恰好の勝機に見えた。
次なる刹那一太刀にリバーシが放つは、さっき以上に意識がフローし昂る極限集中の【爆炎斬】を。
マント付は、隙だらけの赤と剥き出しの灰色の胴を睨んだ。相手の武者もどきの繰り出す太刀筋、その振り下ろす刹那よりも速く、ただ速く、風をも置き去りにする【ブンカイ】の一刺を。
必死のコマンドと必殺のコマンドをくだした、リバーシとマント付は激しく交錯した。
その刹那だった────────
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『もうやだよー。一日中裁縫なんてつまんなーー』
『こらそんなこと言ってはダメよ、ハイト』
『だってあんなでっかいの終わらないじゃーーん! こんなちっさい手でさぁ! ねぇねぇマフラーにしようよマフラー今から! そっちの方がラクだ!!』
『あのおおきな灰神様の像は、創造を司る聖龍様がこの世に示現したすがた。灰神様となり寒さをしのぐためのマントを太古の私たちに与えてくれたのよ。それを今こうしてお返ししているのだからマフラーは……きっとダメ』
『ちぇ……でももうヤル気でないもーん俺ぇ……ここ最近ずっと同じ作業だし』
『そんなときは灰神様が見守っているから。ヤル気が燃え尽きてもまた風にのって、ハイトのヤル気をきっと運んできてくれるわ、ふふ』
『なんだよそれっ……て、姉ちゃん、また指ぃ!?』
『だいじょうぶ、灰神様が』
『親指なくなっちゃうよ! はぁ……もういつも言うだけで下手なんだからさ姉ちゃんこういうの。あ、そうだ! もう邪魔だからミルクビスケットでも焼いててよ。血だらけのマントなんてそれこそ罰当たりじゃんハイガミの』
『ミルクビスケット……それも…そうね……? ────あ、──灰神様よ。ハイト、ふふ』
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強い死と死の気配が対面する危うい刹那に、パイロットの脳裏に流れたのは……そんな絶え間なく雪の降る季節、窓外で眺めていた白くあたたかな古家の光景だった。突拍子もない、集中し焼け焦げそうな頭に流れ込んだ、そんな知りもしない誰かの…………。
「ッ痛!?? ……なんだ……これ……アタマにながれ────」
一瞬たしかにどこかへとトリップした……。銀河の痛むアタマに状況がのめない。ひどく揺れたコックピット内、リバーシが繰り出した二太刀目の途中からおぼえていない……。まだ自身が生きているかどうかも分からない銀河は、ただ赤くメラメラと揺らいでいる前の視界を見つめた。
やがて、踊りゆらぐ炎熱のカーテンが明けると、銀河がぼやける目を凝らしたそこに見えたのは、装甲の斬り傷がひらいたその敵機の中に見えたのは、──白くうなだれた、誰か。
その誰かが今ゆっくりと面を上げて、額に浮かび上がった澱んだ色をした漏れ出る光の粒を手で抑える。
だが、発光しつづけたその光の粒は抑えきれず、邪悪な黒に染まってゆき、痛々しい斬り傷に損傷したマント付に乗っていたパイロットらしき誰かは、苦しみ悶えた。
「マント付にパイロット……!? いったいダレ……わっ────────」
『ちょっと大丈夫ッッ!!! ちょっとブちょーーーその耳できいてるのぉぉ浦島銀河ぁああああってなにこのヒカひゃっ!??────────』
真っ白になって見えないのは、その見知らぬマント付のパイロットらしき者の放った光なのか、それともやけに熱帯びたこの自分の額が今壊れてしまったのか。浦島銀河には分からない、歪む通信ビジョンで途切れ途切れに叫ぶ聞き覚えのある声も、もう耳に届かない。
焦げ付いた灰色装甲のリバーシが右脇にその黒角を抱えながら、胸元寸前で止まっていた剥き出しの刃のあやうく熱いかがやきを、銀河は眩さに目を絞り見届けながら……。波打ち自機のリバーシすらも覆うあのマントの上、眩しくぼやけた敵機の顔を見つめる────ヘルムの内の暗黒は白く、晒されて────────
邂逅した二機とふたり……危うい切っ先がすれ違い噛み合った、それらが重なり合った時に。
大いなるグランドパワーが衝突し生まれ出た……雪原さえも溶かし染め上げる……膨張しつづける白い光の波に、スベテが、のまれていった────────────────