第12話 援護×推参×吹雪雷
リバーシを天から急襲したマントを羽織うその機体。リバーシのバイザーカメラの視界をもってしても表情の認識のできないトゲついたヘルムの内は、暗黒を纏い異様だ。そんなただならぬ殺気を機体ごしにただよわせる未確認の敵機と、リバーシが遭遇してしまったからには、闘いは避けられない。
今までに経験したことのない、パイロットの集中力の焦げつくような戦いが始まった。
未知の施設ドック内で、慌てながらも慎重なヒット&アウェイ戦法で応戦するリバーシを、仮称【マント付】と呼ぶその敵機は、鬼気迫るプレッシャーと荒々しい速さで猛烈に追っていく。
そしてまた貫いた。一直線に突撃するその鋭利な殺気を、紙一重の横ステップでリバーシは回避した。
アレに当たらないようにしないといけない……浦島銀河は己の顎を伝う冷汗もぬぐえず、今、マント付に貫かれた整備中で放置されていた一体のドッグキーパーのなれの果てを見て、重く再認識した。
「ッ!! あの槍はやばい……なんだあの禍々しいグランドパワーを込めた槍は!! いや、槍というよりッ冗談じゃねぇ!」
槍というよりは一本の角。マント付の左腕と一体になった長い長い黒角が、ドッグキーパーの胸部から背までを貫き、機体を幾多の暗色のピース体へと分解していく……。
貫いたものを全てダークピースへと分解するまさに一撃必殺の威力を持つその黒角に、当たるわけにはいかない。銀河はリバーシを上手く操り避けた、されど握るただのグランドナイツソードで踏み込むにはとても危うい。敵機の持つあの黒角はこけおどしではない、それほどのパワーの差を感じ、迂闊にカウンターを行うこともできなかった。
何よりも異様なプレッシャーを放つそのマント付の前では、今までシミュレーター内で戦ったどの相手に対するリバーシと銀河のとった勇敢な戦法も参考にはならなかった。つまり、その得体の知れない他とは一線を画す未確認敵機のみせる気迫というものに、圧され呑まれつつある。
そしてついに────
BAN装甲で補修した左腕はやはり万全ではなかった、その強敵を相手取るには。
リバーシをステップする機体制御に僅かな偏りと隙ができてしまう。激しい闘いの最中、機体はいつも以上に激しく駆動しつづけ、徐々にその機体全身のバランスを欠いていった。そしてできた銀河の思い描く操縦と、反応するリバーシの実際のレスポンス、その差、歪さが大きくなった。それが今、対面する強敵にとって、見逃されない致命的な隙となったのだ。
まさに蜂のように刺す。灰色の関節部に差し込まれた黒角が、リバーシの左腕を「ブンカイ」していく。飛び散るパーツ、飛び散るダークピース、後ろへと勢いよく飛ばされる灰色の機体。リバーシはその左腕を修復できないほどに破損し、肩口から下の大部分を失ってしまったのだ。
パイロットがコックピット内で汗を散らし、ケアしてもケアしてもケアしきれなかった。ついにまともに直撃した左腕への刺突攻撃に、リバーシは大きくノックバックし激しく倒れ尻餅をついた。
しかし左腕だけでは済まない────
「くそっっ!!!!」
吹き飛ばされ倒れたリバーシへとマント付はすぐさま追撃を仕掛けた。半身になり右の肩を前に向け、針を射出する。突如さっきまではなかったトゲトゲの装飾を伸ばしたアシンメトリーな右肩から、床に寝転ぶ灰色へと盛大に垂れ流されてゆく。
突然の針の雨に打たれる。しかしリバーシと銀河は反応した、ゴロゴロと右方向へと寝ころんだまま横転しながら、痛々しく針の追い刺さる模様を床に描きながら、襲い来た殺気の束を回避していく。
「お前も呑みやがれ!」
のまされているばかりではない。針千本もの弾幕を転がりながら避けつつ、予期せぬタイミングで裏背に装着した盾からビームを放った。防戦一方で無様に裏返った格好のリバーシからのまさかのタイミングでの反撃に、アグレッシブに攻めていた側のマント付の反応が遅れた。
可愛らしい灰色耳に内蔵された隠し兵装「イヤーバルカンをメインの射撃兵装と敵に誤認させる」。それはリバーシの状態が万全でないと最初から分かっていた浦島銀河パイロットが、異様であったマント付と対峙したときにはもう、焦燥する頭に立てていた作戦のひとつであった。
あえて剣とイヤーバルカンのみで消極的に立ち会い、ここぞとばかりに今まで見せていなかった小盾からの惜しみのない射撃を、最も効果的なタイミングで披露する。
盾の飾りの魔宝石からロックオンした敵機へと、ピンク色のビームの弾幕が派手に披露されてゆく。ついでに垂れた耳も後方へと真っ直ぐに向け、ビームバルカンもいっしょにお見舞いする。
寝ながらにリバーシが奇襲、反撃、斉射するありったけの弾幕に────────
「!? ────転には荷が重いってのか……すがすがしいほどの冗談タイプは……」
オーラを纏うマントにさえぎられた。まるで雨を弾く防水加工のように、ぶつかったピンクの光の粒子が滴り八方へと飛び散る。さらにさっきまでボロついて見えていたマントは不思議にも、綺麗な何かの結晶のような幾何学的で神秘的な模様を描き、リバーシの放ったビームの色に染まり色づいていた……まるでそれで今はじめてエネルギーが満ちたかのように。
しかし見惚れているわけにも寝ているわけにもいかない。リバーシは起き上がりつつ、白煙を上げる盾を投げつけた。されど、そんな見え透いたおそい攻撃は簡単に弾かれてしまう、マント付は左の黒角で投じられた玩具のフリスビーをどける。
だが、白髪のパイロットは諦めてやけになって投げつけたわけではない。無情にもおちゆく小盾は……まるでそれがスモークグレネードのように灰色の霞を乱回転しながら散布する。
そして目くらましに乗じて仕掛ける────。
労を要した不意打ちの作戦が失敗したならば、あとは次なる不意打ちとまわりの灰色を味方にして紛れ、できるだけのことをしたならば決死の剣で臨むのみ。
灰色にまぎれる右腕一本剣一本の機械灰色の覚悟が、やがて貫く黒槍をすり抜け右の脇腹に抑え制するようにかかえる。そのまま突き進み、興奮のままに、勇気のままに、本能のままに、勝利を手にするために、グランドナイツソードを相手の腹目掛け真っ直ぐに突き立てた。
────宙を舞った。サイや闘牛に突きあげられるかのように強引に、灰色の機体が宙を舞う。
そして獲物を突き上げたその黒角の獣は待つ────待ち構える、
堂々と、みすぼらしい穴あきの天に掲げ……灰色の分身を貫くその結末を────────────
宙を浮く、宙を浮いている……意識がフローする。とてもゆっくりに、そのするどい剣山へと吸い込まれてゆく。
体がシビれる、機体の制御が効かない、天脳システムが仇となったのか。熱籠るコックピットで揺られながら、ユラユラと、引き寄せられるように、灰色はむらさきに放電するその針、黒角へとオちて────────
エメラルドに輝く。そんな太陽などない。打ち上がる灰色の背をすり抜けて射した光は────ハチャメチャだ。
突如乱れ射したエメラルドのシャワーに、マント付は掲げていた槍針を縮小し仕舞いながら後ろに飛びのいた。
やがて地へと不格好に落ちたリバーシに、なおも天から降り注ぐマジックビーム兵装のシャワー。倒れたリバーシのバイザーごしにリバーシのパイロットが視認したのは、ドック施設の天井に空いた穴からひょこりと顔を出し、エメラルドスナイプを乱れ撃つ白い機体の姿だった。
「援護射撃!? チガウなんでフェアリーナイトがここに!?」
「バカのシラガそこで何やってんのよーー!!」
「って馬鹿!?? おい、当たらない射撃はいいから逃げろ!! ソイツはお前の敵う相手じゃッ──」
「負けてるヤツに耳はかさないからあああ!! あたれあたれええ!! そのうちあたれえええ」
次から次へと乱射する。しかしなかなか標的には当たらない、だが、知りもしなければ素人の思いきった射撃ほど恐ろしいものはないのか。
しつこく降り続けるエメラルドの熱い雨、そしてマント付は垂れ流されるソレを脅威と読み取ったのか……その危うげな緑光射す天の穴へと突然指し示した、黒角の先端。鋭く掲げ直した黒いヤジルシが真っ直ぐに飛翔する。
ビームの雨もものともせずミサイルのように超速で突き抜けた殺気と突風に、顔を出し青い目を光らせ一方的な高所からの狙撃を行っていたフェアリーナイトは、今ぞわりと浴びた風を避け、なんとか穴から顔と上体を引っ込めた。
「はひゃっッ!?? イキナリッっ!??? ア────」
やがてマントをはためかせながら天に降り立ち……。その舞い上がり舞い降りて来た突然の敵機のプレッシャーに、一度は立ち上がり退避しようとしたものの腰が抜けたようにパイロットの心情と動きに同期し倒れてしまうフェアリーナイト。
一度外したが、風を貫くようにマント付は左の黒角を構え直す。頭部ヘルムパーツの内が妖しい眼光を点らせる……。邪魔者を突き刺し示すその穢れた色をしたするどい死のベクトルが──転んでもなお美しい純白の妖精へと────────
そして、高めた殺気を帯び、駆けだした死のイッカクが貫いたのは、不意に差し込まれた一筋縄では貫けないその刃そのチカラ。
「部長が部員をヤルかよ──グランドパワーーーぁああ!!!」
横にたおし、刹那に白い妖精に迫った鋭い一点をピンポイントで受け止めた刀身が、激しく火花を散らし発光する。貫くことはさせまいと、頼りない刃ひとつでリバーシとそのパイロットはグランドパワーを今引き出しやってのける。
だが、敵のその槍はリバーシのその剣に勝る。グランドパワーを上げたとて、割って入った左腕のない灰色の機体を膂力と、前のめりの勢いと、武装でそのまま勝り押しのけていく。
止まらない死の槍の向かう先はただ真っ直ぐに────そしてやがてひび割れた、青天に煌めく刃こぼれは、キラキラと死の足音を立てる。
貫く────つらぬいたのは『部長が部員をヤラせない』ただそれだけの、さっき叫び投じた熱い意志。
剣は刃こぼれしダメになったわけではない、まだ折れたわけでもない。熱く高鳴るグランドパワーは、その熱意で刃を焼き直し鍛えた。
剣幅の広いそんなものでは足りない。より鋭く、しなやかに、命を奪う美しい形を鍛造する。「表裏術騎士」とよばれる灰色のグランドナイツ、彼女が秘刀名刀「赤蜜」を今その手に握り直したのならば、秘めた炎を今呼び覚まし、赤く渦巻く旋風を巻き起こす。青い天を焦がすかのように迸る熱旋風が、槍持つ敵機を上空へと打ち上げ弾き飛ばす。
渦巻いた炎熱の景色がユラリ……明けて──
灰色姿は染まりゆく赤い甲冑を身に纏う。右手に握られた洗練されたそれは武士のための剣、刀、そして具現化した魂。カーボンチューブの兜の緒を締め顕れたその者の名は【アカムシャマスターリバーシ】、白き妖精に不敬な槍を向けた外套羽織る浪機の悪を討つべく、浦島銀河部長の熱い「意志」に呼応し、今、助太刀すべく推参した────────。
「これって…赤い……リバーシ?? ちょっとシラガのぶち──」
灼熱の渦を巻き散らし顕れた赤備えを装備したリバーシ、その名もアカムシャマスターリバーシ。その深い赤の立つ背を、フェアリーナイトと同じ青い瞳の彼女が横転したコックピット内から見つめている。あの時以来、それにこうして外から見るのは佐伯海魅にとって初めてである……その赤いリバーシの熱く勇ましい姿を。
「おいッ、今から勝つから耳を貸せ! はなれてろ!」
「ぅ、うん、ってなんかきてるうううう!!!」
彼が問うのは援護射撃のときに彼女が叫んだ勝手な台詞のおかえしか、振り向いた赤兜に見合わせた白面で人間のように頷き素直に返事をするも。フェアリーナイトが立ち上がろうと今、四つん這いで見つめる先に、幾多の紫光の軌跡を描き何かが空に大挙して押し寄せてきていた。
ミサイルだ、まるで鋭い針のミサイル群だ。あのヤマアラシのように尖らせた右肩から、敵機マント付が次々と針を射出し、それらが荒い精度で熱源に向かいホーミングし集束していく。
現在ドック施設の天に立つ赤と白の2機に向けて、先ほど荒野地上へと炎熱風で吹き飛ばされ落ちた敵機から上空へ弧を描き乱れ撃たれてゆく。
「そう押し寄せて騒ぐなよ。今日という日、グランドパワーが上がってんのはそっちだけじゃねぇぞ!!」
青い空、全面に浮かび、その数多の鋭い切っ先を迷わず向ける危ういミサイル針の軍勢は────
空が凍てつく────。トツジョ空を押し寄せ流れた冷気に凍てついた針は勢いを失い、やがて氷の棘となり後ろの針へと次々と誘爆していく。
勢いを失ったヤマアラシの針たちは……氷のツララのように重く滴りおちてゆく。それ以上真っ直ぐ前方へと飛び進むことはなく、真下へと鋭いベクトルを向け重力に引かれあえなくおちていった。
空を凍てつかせたのは熱い赤からクールな青へと表裏を返したリバーシ、【マスターバスターリバーシ】氷のドレスに氷の兜を冠した……厳しくも美しい青い息吹を装ったその存在であった。
敵の乱射する飛び道具に冷静に対処し、まだ赤子のように四つん這いでいた白い妖精のしろい装甲肌にひと針も触れさせはしなかった。
凍てついた空が音を砕きオちてゆく……そして、そんな最中、飛び立ったのはどちらもであった。
黒槍を向けて斜め上へと飛翔するマント付と、同じく襲い来ているターゲットを目指して一直線に飛び降りる青いリバーシは鉢合わせた。
槍には槍を角には角を、青きマスターバスターリバーシは特大の魔法陣を右に込め、磨き構築したマジックを殴りつけるように撃ち放つ。そして黒槍と氷槍がぶつかり合った。しかし所詮は氷、そのまま突き刺し亀裂を入れて砕氷し、マント付が前に突き出した黒槍は絶大なその威力を保ち一心不乱に突き進んでゆく。
空に浮かべた巨大な氷の槍が砕かれながら溶けてゆく。青い装甲のその内側灰色のコックピットを貫くまで止まらない黒槍の勢いに、それでも仮装した氷の女王は慌てない。ドレスの裾を優雅に広げさらに凍てつく鉢合わせのご挨拶を、忍ばせていた6つの氷の特殊ミサイルを高速曲射する。やがて左右から6つ横殴りに打ち付けた氷のマジックミサイルが直撃したのは、敵機ではなく食べかけの氷槍。6つの威力が爆発し、特大の魔法陣が爆するそこに顕れて、グランドパワーの漲ったその陣をくぐった氷槍はさらに大きな氷塊と化した。
氷塊の中に閉じ込められたのはお互い様。
しかし、リバーシは氷の中を不思議にも水を泳ぐように勝手自由に突き進み、青い兜の飾りにし仕込んでいた【アサシンアイスピック】を一つ抜いた。そして右手一本で仕掛ける小さな特殊武装の刺突攻撃が、凍てつき拘束したマント付の装甲を何度も抉りとる。
青き姿のリバーシが右手のピックを前に巨大氷塊の中を縦横無尽に泳いでは、突き刺し離れまた突き刺す。
だが、ついにそんな猛攻も右手にとらえられた。アサシンアイスピックを握りしめるマント付の右手が熱帯びだし発光する、それはそれは熱く眩く周りの氷を溶かすほどに。
蛍のように激しく点滅しながら光り輝く手は、熱したアイスピックをそのままへし折った。そして巨大氷塊の中に溶かしくり抜いた、白く煙る冷たい拘束のない自由空間で、また息を吹き返したようにマント付は暴れ始めた。
泳ぎ仕掛けた刺突攻撃は失敗し武器を失ったリバーシはなおも熱く光る右手に晒され、自動減光調節されたモニターごしでも白髪のパイロットの目を眩ませる。そしてそんなミドリの光のなか、白い蒸気をどかし、鋭く突き出た黒槍が一気に勢いを削がれたリバーシを襲う。
だがこれほど機体同士が近ければその武装の取り回しはあまり良くない。敵機の刺突が狙いを外し、身を捩ったリバーシの追加装甲のドレス部を貫く。そして狙いを外したマント付はまた伸縮させ、左腕一体の黒槍を引き抜こうとするが……抜けない。
攻撃を当てたはずが、凍りつく。敵の攻撃に対して防御機能として働いた氷のドレスの悪戯・悪足掻きが、失礼にも美しい装いを貫いた敵機の槍をかちこちに固め絡め取ったのだ。
そして、その一瞬見せた難敵の隙を、きょうの玄人は見逃さない。熱い蛍の光にやられ閉じかけていた目を今しかと浦島銀河は見開いた。この巡り来た好機に、挑む術を玄人は知っている。グランドパワーをここぞと昂らせる。白髪のパイロットの生身から愛機リバーシの装甲から溢れ出るように高めたその力はやがて、存在しない左腕をも氷のマジックで象り生成し、この絶好のタイミングで撃ち放つ技は、【ひとつ】。
轟き叫んだその右手と凍てつき描いた左手を重ねて、ひとつ────
「【吹雪雷】!!!」
至近距離で殴りつけるように放たれた合成魔法陣。雷と氷の合わさるグランド級のマジックが、リバーシとマント付が閉じ込められ繋がった巨大氷塊の内側から厳しく轟き────やがて、巨大で美しくも荒々しいオリジナルの雪の結晶を描きながら、大空に白く輝き、青く放電し砕け散っていった────────。