1.兄は学校で友人に相談する。妹は登場しない
俺は、いわゆる平凡な男子学生だ。
平和な高校に通う一年生で、周りに合わせて熱心に頑張る程度の当たり障りのない性格。
ただ我ながら自制心が弱い方であるため、勉強より遊ぶことが好きだ。
だから教師に叱られる事はあるし、宿題も必ず終わらせるわけでは無い。
まぁ要するに、けっこう瞬間的な生き方をしているので悩みは長々と抱えるタイプじゃない。
そのおかげで友達と本気で口喧嘩する事があっても、次の日にはすっかり頭が冷えて仲直りする。
そうして日々を呑気に過ごしている俺だが、1つ大きな心配に苛まれてしまっていた。
「はぁー……マジか」
学校の教室。
更に休み時間に俺は深々と溜め息をこぼし、突っ伏すようにして頭を抱える。
このネガティブな行為は、赤の他人からすれば当然ながら好ましくない。
まして人目が付く場所だ。
しかし、俺の友人は颯爽と近づき、わざわざ明るい振る舞いで名前を呼びかけて来てくれた。
「おい健也、なぁに大げさに暗い顔をしているんだよ。ドラマ出演でも狙っているのか?」
友人は中々に掴み所が分かりづらい言い回しで喋る。
きっと友人なりの気遣いで、茶化しながら俺の悩み具合を探っているのだろう。
そう解釈した俺は、なるべく普段と大差ない調子で返事した。
「まっ、そりゃあ夢見る年頃だからな。せめてハリウッド映画の主演男優賞が欲しいな」
「あっははは、プロゲーマー目指すより凄い妄言だ。で、さっきの溜め息は見なかった事にした方が良い感じか?」
「いや……、一晩経っても悩んでる始末だしな。聞いてくれ」
「いつも気ままな健也からの人生相談か。いくら唯一無二の親友とは言え、僕には重荷だなー」
「今は散らかった喋り方は抑えてくれ。それでな、まず俺には妹が居るだろ?」
妹という単語が出た瞬間、友人の表情は僅かに緊張した面持ちになった。
そりゃあ妹となれば、家庭事情の話になるのは誰でも予想できるし、あまりに触れづらい。
だが、友人はすぐに湧き上がった感情とは裏腹に、俺と同じく明るい調子を保ってみせた。
「あぁ、優羽ちゃんだろ?当然知ってる。一緒に出掛けている所を見た事あるし、健也の家へ遊びに行けば会うからさ。たしか……今は中学一年だっけ?」
「あぁ。俺が言うのもアレだが、多感な年頃だ。そして、その妹の部屋で偶然にも見つけちまったんだ。アレをな。そうそう、もう完全にアレだ」
「えぇ?そっちが相談する側なのに、急にもったいぶるのかよ」
「そういうつもりじゃない。だけど、とにかく耳を貸せ」
俺はジェスチャーを交えながら指示を出し、友人の顔を近づけさせた。
これこそ傍から見れば変な光景だ。
ただ、声を潜めることが当然な内容を耳打ちした。
「妹の部屋にな、大人のオモチャがあったんだ。がっつり男性器の形をしたバイブが」
「お、おぉ………階段を登るどころか、一気に飛び越えたな?」
「そうなるかもな。ただ、俺が悩んでいるのは妹がオモチャを所有している事実じゃない」
「いやいや、そこは悩んで良いだろ。健也の妹って、もう絵に描いた活発な天然娘だし。なんかイメージ違いだ」
「そう、それだよ!結論から言って、それは誰かにプレゼントされたんじゃないかと俺は睨んでる!」
つい感情が高ぶった俺は机を叩く。
同時に不意打ちで声が大きくなってしまい、怒声が直撃してしまった友人は目をパチパチと動揺の瞬きしていた。
それに俺は気が付いたが、それでも口からは言葉が怒涛の勢いで溢れてきた。
「不健全だ!付き合い方が人それぞれでも、そんなプレゼントをする相手は配慮に欠けている!脳みそオワコンだろ!たとえ同性愛者でも許せん!」
「そっ、そうか。そんな既に確固たる決意があるなら、もう優羽ちゃんに直接言えば良いんじゃないか?」
「あぁ、そうする。俺は巨乳清楚系お姉様が好きだからシスコンじゃないが、家族愛が強い兄として妹を守る!」
「過保護はシスコンと同列だろ。まっ、どうであれ確認することが大切なんじゃないか?あと僕が送れるアドバイスとしては、順序を見誤ったりしないで欲しいって所だな。もし兄妹喧嘩になったら、面倒くさいぞ~」
友人は俺の強硬姿勢に対して、思考のワンクッションを挟んでくれた。
それは俺に微量の冷静さを与えてくれるものである上、彼の気遣いには感謝しなければいけなかった。
「喧嘩か……。やっぱ相談して良かったわ。それは気を付けないといけないからな。なぜなら、そうなった際には俺が100%敗北する」
「健也が負けるのかよ!?しかも勝ち目無しって、絶対にシスコンのせいだろ!」
友人は本気で驚き戸惑いながらツッコミを入れた。
その愉快な反応に俺は軽い笑みをこぼした。
それから俺は更に雑談を重ねた事により、一晩中抱えていたネガティブな思考を少しばかり取り払うことが出来るのだった。