月夜のみちしるべ
「ルド中隊長も眠れないんですか?」
「もってなんだ」
「私はまったく眠くないからです!」
「声がでかい、イリス。深夜だぞ」
私はバッと両手で口をふさぐ。
ざっくり編んだ毛先が、ぺちんと頬にあたってかゆい。
夜の野外はとても静かだ。
川に映る月は、サラサラと輪郭を歪めつづける。
水の流れる音を聞いていると、河原に座るルド中隊長が、あきれたように息をはいた。
「で? おまえは何しにきたの?」
「キャンプにテンションあがっちゃったクチです」
「野営な」
「夕飯後の夕寝が悪かったのか」
「それだよ、バカ。……なぜとなりに座る」
「そこにいい石があったからです」
ルド中隊長は、ふしぎな生き物を見る目でみてくる。
私も彼を見返す。騎士隊に入って半年、ルド中隊長とは、あまりしゃべったことがない。
野性的な見た目に粗野な性格。
大剣をふりまわしながら、ガンガン敵をたおしていく。
上官が強いのはいいことだ。押しつけて逃げたりしないぶん、士気が下がる可能性が低い。だから生存率があがる。
彼はフッと目をそらす。無言で川を見る横顔が、月夜の闇に溶けていく。
なぜか無性に彼に話しかけたくなった。
「ルド中隊長」
「なんだ」
「月がきれいですね」
「そうだな」
「生きててよかったですね」
「……ああ」
今日、私たちは魔物を倒した。
群れで襲ってきたから、絶対詰んだと思ったが、彼の的確な指示のおかげで辛勝した。
明日も魔物を退治する。
生きて帰れる保証もないまま、私たちは森の奥へ進む。
「明日も月が見たいなぁ」
わざと明るい声で言えば、ルド中隊長が吹きだした。
「俺に勝てと言っているのか」
「皆で勝つんですよ」
「新兵の慰めがいるほど、柔じゃねぇよ」
ルド中隊長はたちあがる。月明りが照らすのは、野生的な笑みだ。
「さっさと寝るぞ」
「明日も私、活躍しますね!」
「だから声がでかい」
月光にかがやく彼の背中に、私はまよわずついていく。
しずかな夜空に月をのこして、私たちは前へと進む。