【第16回】筆休みの思慮。(その1)
エッセイコラム「筆休みのぼやき」の第16回です。
今日のテーマは「印象」。
よろしくお願いします。
どうも、鍋島五尺と申します。
第16回でございます。
いやはや、引っ越しの期日が近づいてきて忙しい。
何十本電話をかけたか覚えてません。
もうちょっとスマートにできるようにしてほしいよね。
マイナンバーとかでいい感じに括って欲しい。
住民票動かしたら全部終わってますよーみたいな。
さてと、今日はちょっと小難しい話を。
作家の喋っていいこと、ダメなことについて少しお話ししてみようかなと思います。
まずは例を挙げて説明してみましょう。
そうだな、じゃあモナ・リザについて考えてみましょうか。
レオナルド・ダ・ヴィンチの、あのモナ・リザです。
あの絵画から読み取れる情報を考えてみましょう。
「彼女はどんな様子でいますか」
おそらくみなさんの答えはこうです。
「絵の中の彼女は体の前で腕を組み、微笑みを浮かべています。」
まあここまではきっと誰が見ても同じことを考えるでしょう。
問題はここから先です。
「彼女は何を考えているのか」
「彼女は何を見ているのか」
「彼女は誰か」
「この絵にはどんな意味があるか」
こうなってしまうと答えはバラバラ、千差万別です。
なぜでしょうか。
それは、描かれていないことを「読み取らなければならない」からです。
クレショフ効果、というものをご存知でしょうか。
20世紀はじめに発見された認知バイアスです。
例えば、Aさんにまず死体の映像を見せ、その後に真顔の男性の映像を見せます。
そしてAさんに、真顔の男性はどんな感情か、と尋ねます。
するとAさんは「悲しんでいる」と答えます。
次に、Bさんにまず温かいスープの映像を見せ、その後にAさんに見せたものと同じ、真顔の男性の映像を見せます。
そしてBさんにも、真顔の男性はどんな感情か、と尋ねます。
するとあら不思議、Bさんは「早く食べたくてウズウズしている」と答えるのです。
まあ簡単に言ってしまえば、人間は前後の情報から表情を読み取る、というものですね。
これが先ほどの「読み取り」にも関わってくるのですが…。
そろそろ文字数ですのでこの続きはまた明日。
ということで「筆休めのぼやき」の第16回でした。
明日に続く。
ここからが本題なのでぜひ明日もお立ち寄りください。
ここまで読んでくれてありがとうございました。
それじゃあまた明日。
鍋島五尺でした、ばいばい!