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12/11 セリフの句読点スタイルを修正しました。
ぱたん、と後ろ手に扉を閉じると、ユーディトはずるずると客間の床に座り込んだ。
遠出はやはり体にこたえる。罰当たりな契約を結んだ先祖が心底恨めしい。
「どうした、動けないのか?」
「………………」
ジーヴァの声に答えるのも億劫で、黙り込んだままじっとしていると、腕が背中と膝裏に差し込まれて、ふわりと体が浮いた。
彼の上着の生地がひんやりと気持ちよくて、ユーディトは頬を寄せてその感覚を楽しんだ。
そのまま運ばれて、そっと寝台に下ろされる。
「………………」
「何だ?」
目で訴えたユーディトに、彼は耳を寄せた。
「ドレスが、きついの。脱がせて……」
「その台詞、使うには二年ほど早いぞ」
ふっ、と息だけで笑われた。
だが、ドレスの背に並ぶ釦を外す、彼の手つきは手慣れている。
しゅるっ、と音を立ててコルセットの紐が解かれると、ユーディトは、ほう、と息をついた。当世のモードの残酷なことったら。自由に呼吸さえできないのだから。
何度、こうやって彼に甘やかしてもらっただろう。ジーヴァの肩に体を預け、うっとりと半ば眠りに落ちながら、ユーディトは考えた。彼女が安心して甘えられるのは、人ならぬ身の彼だけだ。
服を脱がされた体が羽根布団にくるまれると、ユーディトはもう一つ我が儘を言った。
「おなか、すいた……」
「デザートを二度もお代わりすれば、十分なのではないか?」
低い笑い声が耳をくすぐる。
夢魔の血が強く出たユーディトには、人間の食事はあまり口に合わない。食べようと思えば食べられなくもないが、美味しいとは思えないのだ。甘い物だけは例外だが。
だが、夢魔として糧を得るには、ユーディトは不利な立場に置かれていた。自由に姿を消して人に近づけるジーヴァたちとは違い、人としての肉体を持つ自分は、相手に直接触れなければ「食事」ができない。
苦肉の策として考えついたのが、あのパサージュの部屋だ。悪魔祓いを求める人間をおびき寄せては、その精気や彼らに憑く魔物を摂っている。
といっても、彼女の選り好みは激しいが。
「足りないものは、足りないわ」
駄々をこねていると分かっていて、言いつのる。自分には甘いジーヴァが、折れてくれるのは分かっていたから。
「食い意地の張った姫君だ」
小さくため息をつくと、彼はユーディトの口に唇を押し当てた。与えられた精気を、彼女は小さな歓喜の声を上げて飲み下した。彼の気は、彼女が口にした何物よりも甘い。
人の食事は嫌だと泣く彼女に、これまでジーヴァは幾度も精気を分け与えてくれた。
いつからだろう、それが男女の口づけへと変わったのは。舌が擦り合わせられる感触に、ユーディトは背を小さく震わせた。
その痺れるような感覚を最後に、彼女の意識は闇に飲まれた。