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2-3

12/22 セリフの句読点スタイルを修正しました。


登録ジャンルをミステリーに変えました。

謎解き感、出せてるといいのですが…。

 晩餐にバベットは現れなかった。つわりがひどいということで、部屋にこもっているそうだ。

 二人きりになってしまった食堂で、ユーディトはアドリアンとさし向かいで夕食を取った。アドリアは何やかやと彼女に話しかけているが、木で鼻をくくるような返事が返ってくるばかりだ。

(良いワインだこと)

 近隣の村の収穫祭について、アドリアンが何か逸話を話しているのを耳半分で聞きながら、ユーディトは葡萄酒の芳香を楽しんだ。この滞在は非常に不本意だが、ワインに罪は無い。給仕に合図して、もっと注がせた。

 ふと食事の手を止めて、アドリアンが訊ねた。

公女(プランセス)、食事はお口に合いませんか?」

 ユーディトの前に置かれた料理は、ほとんど手が付けられていない。

「ええ、合いませんわ」

 表情一つ変えずに肯定した彼女に、アドリアンは一瞬、鼻白んだような表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。

「何か召し上がりたいものはありますか?」

「甘いものがいいわ」

「分かりました。デザートを先に持って来させましょう」

 アドリアンが目配せすると、給仕は頷いて下がった。

 三十分後。

 デザートを二度お代わりしたユーディトを見て、アドリアンは苦笑した。

「あなたは甘い物しか召し上がらないのですか?」

 デザートはイル・フロッタント(プチ・シュークリームの温かいチョコレートソース添え)だった。シューの焼き加減が絶妙だ。

(ここのパティシエは良い腕ね)

 そんなことを考えながら、適当に返事する。

「そんなことはありませんわ。ただ、他の物は口に合わないだけですの」

 三皿目も、一滴のソースも残さずに食べてしまった。

「お代わりなさいますか?それともコーヒーか食後酒でも?」

「お代わりは結構。コーヒーが良いわ」

「それではサロンに場所を移しましょうか」

 少し照明を落としたサロンでは、暖炉には火が入れられ、静かに燃える薪が淡い光を放っていた。

 コーヒーが運ばれ、ユーディトがカップに口を付けると、アドリアンはコニャックのグラスを手に口を開いた。

「僕を含め、オーギュスタン家の当主は、ほとんど全員が側室の子です」

「それがどうかしましたの?」

 茶菓子(プチ・フール)にしか関心を示さないユーディトに構わず、アドリアンは話を続けた。

「なぜかと言うと、当主の正妻は例外なく、子を宿す前に亡くなっているからです」

「当主が手にかけたのではありませんの?」

 あくび混じりに彼女は言った。持参金目当てに金持ちの娘を娶り、目障りになったら事故か病を装って殺す。珍しくもない話だ。

「はは、そういう不埒者もいたかもしれませんが、僕はやっていませんよ」

 アドリアンはにこやかに否定した。

「ジュヌヴィエーヴ、つまり僕の一人目の妻ですが、彼女はある朝、眠ったまま死んでいるのを発見されました。僕が留守にしている時です。二人目の妻のフルールは、執事の目の前で東の塔から身投げしました。これも、僕が所用でパリにいた時です。怪しいかもしれませんが、少なくとも直接手を下したのは、僕ではありませんよ」

「城館の呪いなんて、大抵は作り話ですわよ」

 無感動なユーディトに、彼は真顔になって言った。

「僕はこの城館に何かあると考えています。亡くなった妻は二人とも、眠っている時に『マダム・グリ、マダム・グリ』とうわごとのように繰り返しているのを聞きました」

灰色の婦人(マダム・グリ)?」

「ええ、そうです」

「何の事かご存じですの?」

「いいえ。妻たちも、何も知らないと言っていました。ただ僕は、この館が灰色城館(シャトー・グリ)と呼ばれていることと、何か関係があるのではと考えています。公女(プランセス)、あなたは優秀な霊能者でいらっしゃる。調べていただきたいのは、この灰色の婦人(マダム・グリ)についてなのですよ」

 はあーっ、とかったるそうにため息をついて、ユーディトは不承不承頷いた。

「では、それについて調べればよろしいんですのね」

「ええ、それでよろしいですよ。マドモワゼル・ハイデンブルート」

 にっこり、とアドリアンは満足そうな笑顔を浮かべた。ゆらゆらと揺れる炎に照らされた柔和な顔に、ユーディトは内心毒づいた。

(この、腹黒……)


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