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12/22 セリフの句読点スタイルを修正しました。
登録ジャンルをミステリーに変えました。
謎解き感、出せてるといいのですが…。
晩餐にバベットは現れなかった。つわりがひどいということで、部屋にこもっているそうだ。
二人きりになってしまった食堂で、ユーディトはアドリアンとさし向かいで夕食を取った。アドリアは何やかやと彼女に話しかけているが、木で鼻をくくるような返事が返ってくるばかりだ。
(良いワインだこと)
近隣の村の収穫祭について、アドリアンが何か逸話を話しているのを耳半分で聞きながら、ユーディトは葡萄酒の芳香を楽しんだ。この滞在は非常に不本意だが、ワインに罪は無い。給仕に合図して、もっと注がせた。
ふと食事の手を止めて、アドリアンが訊ねた。
「公女、食事はお口に合いませんか?」
ユーディトの前に置かれた料理は、ほとんど手が付けられていない。
「ええ、合いませんわ」
表情一つ変えずに肯定した彼女に、アドリアンは一瞬、鼻白んだような表情を見せたが、すぐに笑顔に戻った。
「何か召し上がりたいものはありますか?」
「甘いものがいいわ」
「分かりました。デザートを先に持って来させましょう」
アドリアンが目配せすると、給仕は頷いて下がった。
三十分後。
デザートを二度お代わりしたユーディトを見て、アドリアンは苦笑した。
「あなたは甘い物しか召し上がらないのですか?」
デザートはイル・フロッタント(プチ・シュークリームの温かいチョコレートソース添え)だった。シューの焼き加減が絶妙だ。
(ここのパティシエは良い腕ね)
そんなことを考えながら、適当に返事する。
「そんなことはありませんわ。ただ、他の物は口に合わないだけですの」
三皿目も、一滴のソースも残さずに食べてしまった。
「お代わりなさいますか?それともコーヒーか食後酒でも?」
「お代わりは結構。コーヒーが良いわ」
「それではサロンに場所を移しましょうか」
少し照明を落としたサロンでは、暖炉には火が入れられ、静かに燃える薪が淡い光を放っていた。
コーヒーが運ばれ、ユーディトがカップに口を付けると、アドリアンはコニャックのグラスを手に口を開いた。
「僕を含め、オーギュスタン家の当主は、ほとんど全員が側室の子です」
「それがどうかしましたの?」
茶菓子にしか関心を示さないユーディトに構わず、アドリアンは話を続けた。
「なぜかと言うと、当主の正妻は例外なく、子を宿す前に亡くなっているからです」
「当主が手にかけたのではありませんの?」
あくび混じりに彼女は言った。持参金目当てに金持ちの娘を娶り、目障りになったら事故か病を装って殺す。珍しくもない話だ。
「はは、そういう不埒者もいたかもしれませんが、僕はやっていませんよ」
アドリアンはにこやかに否定した。
「ジュヌヴィエーヴ、つまり僕の一人目の妻ですが、彼女はある朝、眠ったまま死んでいるのを発見されました。僕が留守にしている時です。二人目の妻のフルールは、執事の目の前で東の塔から身投げしました。これも、僕が所用でパリにいた時です。怪しいかもしれませんが、少なくとも直接手を下したのは、僕ではありませんよ」
「城館の呪いなんて、大抵は作り話ですわよ」
無感動なユーディトに、彼は真顔になって言った。
「僕はこの城館に何かあると考えています。亡くなった妻は二人とも、眠っている時に『マダム・グリ、マダム・グリ』とうわごとのように繰り返しているのを聞きました」
「灰色の婦人?」
「ええ、そうです」
「何の事かご存じですの?」
「いいえ。妻たちも、何も知らないと言っていました。ただ僕は、この館が灰色城館と呼ばれていることと、何か関係があるのではと考えています。公女、あなたは優秀な霊能者でいらっしゃる。調べていただきたいのは、この灰色の婦人についてなのですよ」
はあーっ、とかったるそうにため息をついて、ユーディトは不承不承頷いた。
「では、それについて調べればよろしいんですのね」
「ええ、それでよろしいですよ。マドモワゼル・ハイデンブルート」
にっこり、とアドリアンは満足そうな笑顔を浮かべた。ゆらゆらと揺れる炎に照らされた柔和な顔に、ユーディトは内心毒づいた。
(この、腹黒……)