表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/33

2-2

12/22 セリフの句読点スタイルを修正しました。

 緩やかな起伏を繰り返す田園地帯の中、一際高くなった丘の上に、オーギュスタン家の居城はあった。

 灰色城館(シャトー・グリ)

 それは文字通り灰色の石で建てられた、陰気な建物だった。

「本当に何か出そうだこと」

「十四世紀の築城です。外観は古めかしいですが、中は快適ですよ」

 つまらなそうに馬車の窓から眺めるユーディトに、アドリアンは解説した。

「ふうん」

 ここはピカルディー地方、アミアンの近くである。パリを昼過ぎに出発して鉄道で北に二時間。迎えに来たアドリアンの馬車でまた半時間。

 そろそろ休みたい。体があまり丈夫でないユーディトにとって、滞在先が快適なのに越したことはない。

 近付く当主の馬車に、門番は小屋から走り出ると、鉄の門扉を開いた。

 弱々しい冬の残照の中、車はプラタナスの木が並ぶアプローチを登っていった。


*******


 門をくぐった時には残っていた日差しは、ユーディトが客間に落ち着いた頃には、すっかり消えていた。日の短い季節は、彼女にはありがたい。暗くならない内は、彼女もただの人だ。

 一通り荷解きをさせると、部屋付きのメイドを下がらせた。

 彼女が小間使い一人連れずにやってきた事に、アドリアンは意外そうな顔をしたが、特に何も言わなかった。

 普通、彼女のような未婚の令嬢は、一人では旅をしない。だが悪魔祓い(エクソシズム)に手を染めるような女が、今更世間体を取り繕って何になる。

「ジーヴァ、いるんでしょう?」

「ユーディ、私は呼んでくれないの?」

 彼女の声に答えたのは、すねたような女の声だ。

 妖艶な姿が空中に現れた。鈍く光る銀の髪が、ゆうらりと水の中のように広がっている。とろりと底の見えない緑の瞳には、瞳孔が無い。彼女もジーヴァ同様、ソブラスカ家に憑く夢魔(サキュバス)だ。

「リールゥ、あなたは呼んだって来やしないでしょう」

「そりゃそうよ。私の()じゃないんだもん」

「暇つぶしに来たか」

 艶のある声が響いて、リールゥの後ろにジーヴァが現れた。

「だって、久しぶりに屋敷に顔を出したら、シクロプスがこっちにいるって言うから。面白そうなところじゃないの、ここ」

 シクロプスはソブラスカ家の家令だ。

「それで、食べ甲斐のありそうなのはいる?」

 ユーディトの質問に、ジーヴァは首をかしげた。彼は時々、こういう人間くさい仕草をする。

「それが良く分からんのだ。この城は人の気配が強すぎる」

「そ。じゃあ明日帰ろうかしら」

 あっさりと帰る気になったユーディトに、リールゥは、すい、と床に下りるとまとわりついた。しゃらり、と腕輪に付けられた鈴が鳴る。リールゥはいつもお洒落だ。今日は千一夜物語の姫君のような姿をしている。

「もーう、それじゃつまんないじゃないの、ユーディ」

「ここには来たんだから、義理は果たしたでしょう?」

「だってあのお坊ちゃん顔の子爵さん、ユーディを狙ってるんじゃないの? メイドたちが噂してたわ」

「良い部屋だな」

 ふいにジーヴァが話を変えた。

 確かに良い客間だった。

 広々とした居間と、続きになった寝室と着替えの間。天蓋付きの寝台や机などの調度は、つやつやとしたローズウッドで誂えられている。

 カーテンやカーペット、ソファの生地などは、ひんやりとした薔薇色と薄藍を基調としたものだ。窓辺の小机と鏡台には、温室栽培のものか、薄紅色の薔薇まで生けてある。

 女性が使うことを前提にしつらえられたのか、全体としてとても優しい印象の部屋だった。だが、甘すぎる感じはしない。

「案外、今の婚約者の代わりにお前を奥方に据えようとしている、というのは本当かもな」

「まさか」

「バベット・シュヴェイヤールは商人の娘だ。娘を子爵夫人にしたい父親の圧力で婚約したそうだから、厄介払いしたいのかもしれんぞ」

「どこで仕入れたの、そんな情報(ゴシップ)

「あらぁ、どこの家も、使用人はお喋りよぉ」

(いにしえ)の神々の末裔が、揃って盗み聞き?」

 耳の早い夢魔たちに、ユーディトが思わず笑いを漏らす。

 夢魔は(いにしえ)の森の精霊の末裔である。だが、かつては深い森と、その闇に潜む獣たちの上に君臨した彼らも、その領国を離れて久しい。

「ねえユーディ、そろそろ晩餐に出る支度をするんでしょう?今日はこのドレスになさいな」

 勝手に衣装棚を引っかき回していたリールゥが、鮮やかな赤葡萄酒色のドレスを手に戻ってきた。

「どれでもいいわ。好きにして頂戴」

 ユーディトはため息をついた。

 彼女を着せ替え人形にするのが、リールゥのお気に入りの遊びなのだ。大人しく旅行用のドレスを脱ぎ始める。

「それじゃあ髪は上げて、あ、少しカールさせようかしらん」

 鏝を手に取ると、リールゥはうきうきとしゃべり始めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ