2. 灰色城館(シャトー・グリ)
今回はちょっと短いです。
12/22 セリフの句読点スタイルを修正しました。
自分は何て幸運なのだろう。
豪華な寝台の天蓋をうっとりと眺めながら、バベット・シュヴェイヤールは考えていた。
甘い言葉に乗せられて密会を繰り返し、あげく妊娠してしまった事を父に知られた時には、己の不運を嘆いた。だが、あの軽薄そうな子爵はあっさりと自分の責任を認め、バベットを後添えに迎えることを了承してくれた。
つわりのせいで体調は優れなかったが、何不自由ないドーギュスタン家での暮らしは快適そのものだった。
後は、お腹が目立ってくる前に式を挙げてしまい、口の堅い産婆を雇って子を産むことだ。生まれてくる子が自分に似た、可愛い男の子だとなお良いが。
『……ソノ子ニ家ヲ継ガセタイカ……?』
「な、なにっ?」
いきなり聞こえた女の声に、バベットは飛び起きた。いつの間にか自分は、見知らぬ部屋に立っていた。
『その子にオーギュスタン家を継がせたいか?』
「誰なの?何でそんなことを訊くの?」
『十二人の薄命のオーギュスタン子爵夫人。そなたも同じ運命を辿りたくなければ、妾に従うが良い』
耳元で囁かれたような気がして、バベットはびくりと体を固くした。
ゆらり、と目の前の空気が揺れると、美しい姿の女が現れた。瞳も、髪も、まとっている古風な衣装も、冬の夕暮れの霧の色だった。
声にならない声をあげて、バベットは後退さった。だが彼女の右手は、灰色の女の手に捕らわれていた。獲物を掴む獣のように、女の爪がバベットの手に食い込む。女の手は、屍肉のように固くて冷たかった。
「いやっ、は……離してっ!」
「誓うが良いぞ、バベット・シュヴェイヤール」
「離してっ、何でもするから、お願いだから離してっ!」
これは悪い夢だ。必死に懇願しながら、バベットは自分に言い聞かせた。
「何でもするとな?」
女の顔が歪んだ。それが勝ち誇った笑みだと気付いたのは、しばらく経ってからだった。
「するわ! 約束するから離して!」
「その言葉、しかと聞いたぞ」
女の目が赤く光った。
自分の寝台の羽根布団の中、バベットは荒い息をついて目覚めた。悪夢を見たことは憶えていたが、どんな夢かは思い出せなかった。
否。思い出したくなどなかった。