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12/11 セリフの句読点スタイルを修正しました。
「それで、ご趣味で悪魔祓いをなさっている、と」
一通りの自己紹介を終えて、アドリアンはユーディトと机越しに向き合っていた。
「ただの霊能相談ですわ」
「それとカウチに横たわる事には、どのような関係が?」
「緊張を解いていただくことで、お話をしやすくしているだけです」
「催眠術をかけるのですか?」
「まあ、そんなところですわ。大抵の方は夢現になりますし」
「なるほど」
「ところで、ドーギュスタン子爵」
「何でしょう、公女」
「この事は内密にお願いします」
「もちろんですとも。あなたの密かな楽しみを邪魔するつもりはありません」
にっこりと笑ったアドリアンに、ユーディトは肩の力を抜いたが、彼の次の言葉に、きっと彼を睨み返した。
「一つだけ、僕のお願いを聞いていただければ、ですが」
照明の加減か、一瞬、彼女の目の色が変わった気がした。ガタン、と強い隙間風に窓が揺れた。
「おお怖い」
「っ!」
おどけるアドリアンを、彼女は締め殺さんばかりの目で見た。
「何、簡単な事ですよ。僕の居城を調べていただきたいのです。オーギュスタン家には、ある呪いがかかっていると言われてましてね。結婚する前に、不安要素を取り除いて置きたいのですよ」
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自分の家にかかっている呪いを、婚約者のためにどうにかして欲しい。
アドリアン・アリスティド・ドーギュスタン子爵と名乗った青年は、そう説明した。
「ご婚約者の方は、今日はご一緒ではないのですね」
彼には何も憑いていない。魔物が貼り付いているとすれば、女性の方か。そう思ってユーディトは訊いてみた。
家に代々取り憑くような年代物の魔物なら、きっと美味だ。
「怖がらせたくないので、呪いのことはバベットには話していません。それに彼女は身重でしてね。今は城館の方にいます」
にこやかに青年は答えた。年齢は二十才前後だろうか。明るい茶色の髪に濃紺の瞳。愛嬌のある笑顔は、いかにも育ちの良い好青年、といった風情だ。
だが。
「手を出したことがばれて、責任を取らされましたのね」
「はは、面目ない。あんまり可愛い娘だったので、つい出来心で」
大方相手の家族にでもばれて、醜聞をもみ消すために婚約したか。だがまあ、それはどうでもいいことだ。
問題は、この軽薄そうな男に、こちらの顔を知られてしまった事。それから、何故か自分たちの力が、彼には効かなかったという事だ。
(この男を何とかしなくちゃ……)
大儀そうにため息をつくと、ユーディトは口を開いた。
「そちらの居城に伺って、調べればいいんですね」
「ええ、その通りです」
(行ってみて、美味しそうな魔物がいたら食べてしまおう。ああでも、こいつが取り殺されてくれた方が良いかしら……)
食欲と保身。どちらを取るかは、行ってみて考えることにする。
(不味そうな魔物だったら、放って置こう)
婚約者もろとも、この男も呪い殺されればいいのだ。
「何も出なくても、わたくしの責任ではありませんからね」
「もちろんです」
「………面倒ですが、仕方がありませんわ」
「歓迎しますよ」
ユーディトが嫌々同意すると、相も変わらず人畜無害そうな笑みを浮かべて、アドリアンは頷いた。