7-4
翌日には、ユーディトはすっかり回復した。
その夕刻。
「それではごきげんよう、ドーギュスタン子爵。お世話になりましたわ」
アドリアンに駅まで送られて、ユーディトは挨拶した。
「こちらこそお礼を申し上げます、公女。お陰で当家の呪いは解けました」
まだ今一つ顔色が冴えないアドリアンは、優雅に身を屈めて彼女の手を取った。挨拶の口づけにしては、中々唇が離れない。彼もまた、諸々の衝撃から立ち直りつつあるようだ。
アドリアンには、灰色の婦人がドーギュスタン家に呪いをかけていた魔物で、バベットが彼女に操られていた事と、自分がそれを倒した事しか教えていない。
オーギュスタン家の男子に伝わる、特殊な体質の事は言わなかった。知られても、自分たちが不利になるだけだ。
また、灰色城館の庭園が、人ならぬ庭師の手で世話されている事も、話すと長くなるので黙っていることにした。
汽笛の響きとともに、列車がホームに滑り込んできた。
乗り込もうとして、ふと思い出したようにユーディトは足を止めた。
「ああ、そうそう。一つし忘れていることがありました」
「何ですか? お別れの口づけですか?」
「いいえ。これですわ」
懲りないアドリアンににっこりと笑いかけると、ユーディトは彼に思い切り平手打ちを食らわした。
目の前を火花が散って、アドリアンは思わずたたらを踏んだ。
「あら、手応えがありますわね」
ユーディトは、薄紫色の手袋におおわれた自分の手を見た。少ししびれたような感覚が残っている。
「ね、熱烈な愛情表現ですね」
「いえいえ、ちょっとした実験ですわ」
満足そうに微笑むと、「それでは」と言い捨てて、彼女は列車のコンパートメントに乗り込んだ。向かいの席にはいつのまにか、眼鏡をかけたジーヴァが座って、にやにやとこっちを見ている。
「やっぱり、人の手なら彼を殺せそうね」
「そのようだな」
毒か、刃物か、銃か。油断させて彼を抹殺しよう。
そう心に決めたユーディトは、ホームに立つアドリアンに向かって、にこやかに手を振った。
汽笛が鳴り、アミアン発パリ北駅行き、最終急行列車が動き出した。




