7-3
「……ねえジーヴァ、あなたも自由になりたいの?」
アドリアンが蹌踉と退場すると、リールゥも「私、お邪魔よねえ」と言い置いて消えた。
二人きりになった寝室で、ぽつりとユーディトは訊いた。
少し困ったような笑みが返ってきた。
「ソブラスカ家の契約は、そう悪いものではないからな。特に私にとっては。だから、解消したいとは思っていない」
百五十年毎の婚姻を行う当主は、ほとんどが男だ。彼の言う通り、ジーヴァが束縛された期間は、ほんの僅かなものだ。
「それじゃ、リールゥは?」
「あいつは、人のふりをすることが、何より楽しいようだからな」
「そう言えば、そうね……」
ユーディトにまとわりついていない時のリールゥは、パリで人と闇に紛れて、色々と悪さをして楽しんでいるらしい。
「いずれにせよ、我々はお前たちから代償を得ている」
少し申し訳なさそうなジーヴァの声が響く。
ソブラスカ家代々の一族の寿命が、ジーヴァとリールゥの糧になった。
「でもわたくしは、それをまた返してもらっているわ……」
確かに、自分の体が弱いのは血の契約のせいだが、ジーヴァはしょっちゅう自分に力を分け与えてくれている。
「当然だ。お前は私の花嫁になる身なのだからな」
そっと、今度は彼女の額に口づけを落とす。そこは少し汗ばんでいて、熱を持っていた。
「もう少し、欲しいか?」
彼の問いかけに首を横に振った。吸い込まれそうな深緑の瞳が、じっと彼女を映す。
「眠ったら、もう大丈夫よ……」
ユーディトは、静脈が薄く透ける瞼を閉じた。
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「ソブラスカ家の契約は、ほんと悪くないのよねえ」
居間に姿を現したジーヴァを、リールゥの声が迎えた。
「何だ、盗み聞きか?」
「聞こえちゃったのよ」
しれっとリールゥは答える。
「公爵夫人になるのは楽しかったわ。お洒落も、お喋りも、駆け引きも、陰謀も、ね」
「………………」
彼女を伴侶とした当主は、一緒にいて楽しい男ばかりでは無かったはずだ。大体が屈折した人間揃いなのだ、ソブラスカ家は。
二人の間に落ちた沈黙に、リールゥは一人言のように付け加えた。
「それでも、もうちょっとだけ、人間が長生きだといいのよねえ……」
契約に従って彼女が産んだ子も、皆とうに土の下だ。
どれだけユーディトに力を分け与えても、自分たちにとってはそう遠くない未来に、彼女との別れが待っている。
「因業な契約だ……」
ジーヴァのつぶやきは、夜の闇に呑まれた。




