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女は人差し指をユーディトの鼻先に近づけると、にやりと笑った。
「夢魔の姫、妾を解き放ってくれた礼に一つ教えてやろう。オーギュスタンの男に、魔力は全く効かぬ」
「やはりそうか」
ユーディトの横で、ジーヴァがつぶやいた。
「ゆめゆめ契約など、結ぶでないぞ。己に枷をかけるばかりじゃ」
「契約が全く効かないの? そんな事ってあるの?」
リールゥが信じられない、といった風に声を上げた。
「そうじゃ」
うなずくと、灰色の婦人は続けた。
「どのような契約も、一切、オーギュスタンの男どもを縛ることはない」
これはまた困った体質だ。悪運が強くて女好きというだけでも、十分に迷惑な存在なのに。
「灰色の婦人、あなたは何者なの?」
「妾は第十代ドーギュスタン子爵と契約を結びし者じゃ。オーギュスタンの血を引く子を生む代わりに、当主の寿命を三十年もらう、と契約した」
(女好きは家系ね)
風変わりな美しい妾を手に入れる。そのために当時の子爵は、軽はずみな契約を結んだのだろう。
それにしても、その代価が寿命三十年とは、随分と強欲な死霊だ。
「ふーん。でも契約は履行されなかったのね?」
彼女は、当時のドーギュスタン子爵の寿命を吸い取ることは出来なかったのだろう。丁度ユーディトが、アドリアンの精気を奪えなかったように。
「忌々しいオーギュスタンの男め!」
灰色の婦人の顔が悔しそうに歪んだ。
(おまけに飽きられて捨てられたか……)
彼女を眺めやるユーディトの目は醒めていた。
「でもあなたの側の契約はそのままで、あなたはこの家に縛り付けられてしまったのね」
「そうじゃ。だから妾は、オーギュスタンの血を絶やすしかなくなった」
契約を履行することが出来ない場合、契約相手が消滅すれば、魔物は自由になれる。
子爵家の男性に直接手を下せない以上、契約相手であるオーギュスタン家を消滅させるには、その血を引く子を産む女性を皆殺しにして、血筋そのものを根絶やしにするしかない。
何とも回りくどく、陰惨なやり方だ。
「それでバルナバに、絵の中に封じ込められちゃったのね」
絵に封印されても、それでも灰色の婦人は、一族を根絶やしにすることを諦めなかった。眠る妻たちの夢に入り、次々と彼女らを死へ導いた。
「執念深い女ねえ。しつこい女は嫌われるわよお」
横合いからリールゥが茶々を入れる。
だがオーギュスタン家もオーギュスタン家だ。妻が次々に死んでも妾を置いて、せっせと繁殖した。どっちもどっちだ。
「あらあ、でもあなた、どうしてバベットは殺さないの?」
灰色の婦人の顔が、再び笑みを浮かべた。今度はせせら笑いだ。
「当代のドーギュスタン子爵はとんだ間抜けじゃ。あれの胎にいるのは他の男の子よ」
「まあ」
「とんだ寝取られ男だな」
くっ、とジーヴァが笑い出した。
「ほーんとねえ」
魔物たちの笑声に、ユーディトの口元も、薄く笑みを刷いた。
「さてと」
カツン、とユーディトの靴の踵が固い音を立てた。
「聞きたいことは聞いたから、食べてあげる」
うっすらと微笑んだままの彼女の両手は、青白く発光し始めた。




