6-2
その日のデザートは熱いチョコレートケーキだった。ジーヴァの分も食べたユーディトは、半ば彼にもたれて、サロンのソファでうつらうつらとしていた。
アドリアンは、暖炉の揺らめく火影を見つめながら、考えに沈んでいる。
ふと空気が動いたように感じて、ユーディトは頭をもたげて戸口を振り返った。
そこにはバベットが、死神が振るうような大鎌を手に、仁王立ちしていた。
「………………」
ユーディトの横では、彼女と同じように顔を上げたアドリアンが、口を開けたまま固まっている。
かしゃん、と鎌を持ち直して構えると、バベットは身重の身とは思えない流麗な動きで、アドリアンに斬りかかった。
「うわあっ」
思いの外俊敏な身のこなしで、彼はソファから飛び上がって刃を避けた。ぶんっ、と風を切る音が耳に残った。背もたれとクッションがぱっくりと切れて、空中に羽根が舞う。
ジーヴァにひったくられるようにして、壁際へ移動させられたユーディトは、目の前の光景を冷静に眺めていた。
「あれは草刈り鎌か?」
半ばあきれたようにジーヴァが訊いた。
「そのようね」
武器庫は入れなくなったから、農具置き場から失敬してきたのだろうか。
バベットはアドリアン一人を執拗に狙う。
サロンはさほど広大な空間ではないのに、鎌を壁や家具にぶつけることもなく、易々と持ち替えては、次々と攻撃を繰り返す。
「何とも器用な女だな」
銃器だけでなく、農耕機具の扱いも心得ているのだから、十分に多才と言える。
「うちで雇う?」
ユーディトが横目に見ると、ジーヴァはくいと口の端を持ち上げた。
かしゃん。
再び鎌がうなった。
「操り人形の目だな」
バベットの目の焦点が合っていない。糸を引いているのは、灰色の婦人とやらだろうか。人を操るだけの力があるのに、全く姿を現さない事が解せない。
「!」
突如ユーディトの脳裏で、全く無関係に思われていた事柄が繋がった。
夜。眠り。画布に封印された魔物。姿を見せない灰色の婦人。灰色………リールゥのドレス!
「……ジーヴァ、絵だわ……!」
「絵?」
急に声を上げたユーディトを、彼は不思議そうに見た。
バベットに視線を固定したまま頷くと、彼女はコンソール・テーブルを盾に防戦しているアドリアンに声をかけた。
「ドーギュスタン子爵」
「何でしょう、公女?」
「わたくし、用を思い出しましたわ。ご婚約者のお相手はよろしくお願いしますね」
「はは、お任せ下さい」
引きつり気味のアドリアンの返答も聞かず、ユーディトはとっととサロンを出て行った。




