6. 歪んだ契約
(麻縄みたいな神経だこと……)
先日は毒殺されかけ、今日は銃殺されかけた割には、アドリアンの食欲は落ちていない。今夜も普通に食事する彼を見て、ユーディトは呆れを通り越して感心してしまった。
夕食が始まってしばらくすると、執事が回廊に落ちていたというライフル銃を手に、主に報告に来た。
「当家の武器庫のものでございました。刻印が入っております」
手にとって、アドリアンも確認した。表情が固い。
「鹿狩り用のものだな。鳥撃ち銃は?」
鳥や兎などの小動物の狩りには、散弾銃を使う。至近距離で人に向けて発砲すると、弾丸が四方に飛び散るため、大惨事を引き起こす武器だ。
「他の猟銃は皆、揃っております。わたくしが自分の目で確認いたしました」
「それは良かった。取りあえず誰か見張りを付けて置くとして、明日、職人を呼んで錠前を取り替えてくれ」
「かしこまりました」
「他には何か分かったか?」
「弾丸も一箱無くなっておりました」
「そうか。下がって良いよ、ロベール」
「失礼いたします」
執事が下がり、食堂に使用人が居なくなると、アドリアンはユーディトに顔を向けた。バベットは食事に現れなかったので、テーブルについているのはジーヴァを入れた三人だけだ。
「公女、警察を呼んだ方がいいですか?」
「わたくしではなく、ドーギュスタン子爵が決められることでは?」
「あなたも危険に晒された身ですから、当事者です。あなたの意向を確認した上で、決めたいと思いまして」
「子爵、あなたは今回の一件は、警察沙汰になさりたく無いのですね」
ユーディトの言葉は質問ではなく、確認だった。
「内部の人間がやったと考えているのだな」
昨夜バベットが座っていた席を見ながら、ジーヴァが言い切った。
「まあ、そういう事です。何せ武器庫の鍵は、当家に二つしかないのでね」
「一つはロベールが持っていますのね」
「そうです。そして彼が管理を誤ることは無いと思います」
大体、銃声がしてすぐに駆け付けた彼には、反対側の回廊から狙撃するのは無理だ。
「となると、もう一つは……」
「僕の寝室の金庫に入っています。金庫の鍵は、僕と彼女しか持っていません」
つまり、バベットだ。
「ユーディト」
「なあに、ジーヴァ?」
「明日、パリに帰るぞ」
「そうですね、公女。パリにお帰りになった方が良いでしょう。呪いの調査のはずが、とんだ物騒な事態に巻き込んでしまいましたね。お詫びします」
底の読めない笑顔で、アドリアンもジーヴァに同調した。
ユーディトをパリから呼んだのは、婚約者を呪いから守ろうという、彼なりの誠意の表れだったのだろう。それが、逆に彼女から命を狙われていたことが判明して、彼も傷ついているのだろうか。
だが。
(殺人は、人間のする事……)
呪いの調査は宙に浮いたままだったが、それはそれとして、バベットの問題は他人ではなく、アドリアンが解決するべき事なのだろう。自分が口を出す問題ではない。
「わかりましたわ。明日、戻ります」
他にも色々釈然としないのを押しやって、ユーディトは帰宅を了承した。




