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温かい部屋に戻って外套を脱ぎ、靴を履き替えると、ユーディトは先ほどの自分の反応が過剰だったように思えてきた。
アドリアンは、ジュヌヴィエーヴの寝室での一件とは違って、ただ歩けなくなった自分を抱き上げただけだ。スカートをめくったのは言語道断だったとしても、別に迫られたわけではない。
何故、それを自分があれほど恐れたのか、今ではもう分からない。
「ジーヴァ、東の棟を調べに行くわ」
彼女の言葉に、ジーヴァは不満そうな顔を見せたが、ユーディトは気付かないふりをした。いずれにせよ、調査は夜の内に済ませてしまった方がいい。
アドリアンが使っている東館は、隣接する本館とは、二階にある短い回廊で繋がれている。
一階に執務室と図書室。二階に彼の私室。
意外にも、どちらも実用本位の、飾り気の無いものだった。
落ち着いた青のカーテンが目に優しい。上質だが華美ではない、樫材の家具が配された部屋に、ユーディトは拍子抜けした。さぞ享楽的な部屋だろうと想像していたのに。
事件は、彼の部屋を出た後、回廊を三人で歩いていた時に起こった。
きゅんっ、という音がして、ガラス窓が派手に割れた。
「銃撃だ! ふせろ!」
ジーヴァに抱え込まれ、床に押し倒されたユーディトは、何も見えなくなってしまった。だが立て続けに響いた破裂音に、狙撃が続いていることは理解した。
彼女の周りの床にも、細かなガラス片が、硬質の雨のように降りそそいだ。
「公女、ご無事ですか!」
アドリアンの切迫した声は、駆け付けた使用人たちの騒ぎに飲まれた。
「怪我はないな、ユーディト」
「ええ」
やっとジーヴァが腕を解いたので、彼女は顔を上げて辺りを見回した。回廊の床一面に、ガラスの破片が散らばっている。
「ガラスで手を切るな」
ジーヴァが、半ば持ち上げるようにして、ユーディトを立たせてくれた。
「弾痕が五つ。ライフルかな?」
窓の向かいの壁に穿たれた穴を確認すると、アドリアンは銃撃の来た方角を見やった。左頬が切れている。
中庭を挟んで約五十メートル。丁度同じ高さを別の回廊が通っている。本館の西端と礼拝堂のある区画を結ぶものだ。
「ロベール、西回廊を調べてくれ。ああ、危険かもしれないから何人か連れてゆけ」
「かしこまりました、旦那様」
執事は一礼して駆け去った。
「さてと」
袖口から取り出したハンカチで頬の血をぬぐうと、アドリアンはユーディトたちの方に向き直った。
「後片付けは彼らに任せて、僕たちは夕食にしましょうか」




