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「危ない」
情けない声を出して倒れかけた彼女を、アドリアンが抱きとめた。
と思うと、ぴらり、と彼女のスカートをめくり上げた。華奢な靴が露わになる。
「っ!」
「これはまた、野歩きに向かない靴ですね。それでは失敬」
怒りと羞恥のあまり、ものも言えずにふるふるとしているユーディトに、アドリアンはにやりと笑いかけた。いきなり、彼女は横抱きにされた。
「下ろして下さい、ドーギュスタン子爵!」
「そんな靴では歩けないでしょう? それにもう暗い。足下が覚束ないですよ」
「あなたの節穴よりは見えていますわ! だから離して!」
身をよじって彼の手から逃げようとするユーディトを、アドリアンは強引に押さえ込んで歩き出した。
彼の腕の力に、逆に自分の生身の体を感じさせられて、ユーディトは慌てふためいた。
「ジーヴァ! ジーヴァ、お願いだから来て!」
ユーディトは泣きそうになって、彼女の夢魔に助けを求めた。情けない事この上ないが、形振りなど構っていられない。
「いい度胸だな、バカ殿」
耳に馴染んだ声が響いて、彼女の体がふわりと浮いた。
自分を包んだ夜の気配に、ユーディトの体から力が抜けた。
「全く、いつもいい所で邪魔してくれるね、ジルヴァーヌス」
アドリアンの声は、それほど残念そうでもなかった。
「女が欲しいなら、婚約者の所へ行け。何も知らない娘を、戯れにからかうのはやめてもらおう」
ユーディトが震えている事に気付いたのか、ジーヴァが彼女を抱く腕に力を込めた。
「彼女が世慣れていないのは、君たちが過保護だからじゃないのかい?」
アドリアンが珍しく真顔で吐いた言葉に、ユーディトは、びくりと体を震わせた。
「そ……」
(そんなこと、あなたに何が分かるって言うの!)
怒鳴り返そうとしたが、ジーヴァの方が早かった。
「それはお前が口を出すことではないだろう」
彼の声は地を這うように低かった。
ユーディトからはジーヴァの顔は見えなかったが、アドリアンがたじろいだ様子から、ジーヴァがどんな表情をしているか想像はついた。
ほんのしばらくの間、彼らは黙って対峙していたが、直にアドリアンが手を上げた。
「分かったよ、ジルヴァーヌス。僕が言いすぎた。お節介は僕の性分じゃないよ。だからこの話は忘れよう」
ユーディトに向き直り、「残りの調査をなさりたいのでしたら、付き合いますよ」と言い置くと、アドリアンは手をひらひらと振って、先に城館への道を歩き去った。




