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12/22 セリフの句読点スタイルを修正しました。
客間に戻ったユーディトが、着替えの前に一息ついていると、扉が叩かれた。
応対に出たジーヴァが、意外そうな顔をした。
もう着替えを済ませたか、そこには派手な晩餐用のドレスを着た、バベットが立っていた。
「まあ、マドモワゼル・シュヴェイヤール。どうなさいましたの?」
一応はにこやかに、ユーディトは話しかけた。
「公女、前触れも無く訪問する不躾をお許し下さい。どうしてもお話したいことがありましたの」
言葉遣いこそへりくだっていたが、彼女の顎はつんと反らされている。
ぴくり、とユーディトは片眉を上げたが、それでも笑顔は崩さずに、彼女を招じ入れた。座ったまま、席から立とうとはしなかったが。
バベットが向かいに座るのを待って、ユーディトは彼女に視線を向けた。
「お話を伺いましょうか」
「単刀直入に申し上げますわ。アドリアンには今後一切近付かないで下さいまし、公女」
「それはわたくし自身、願っていることですわ」
艶やかに笑って言い切ったユーディトに、バベットは虚をつかれたような顔をした。
「……どういうことですの?」
「わたくしはこちらには、子爵のたってのお願いで、仕方なく来ておりますの」
本当に、アドリアンの「お願い」さえ無ければこんな城、放ってとっとと帰りたいのに。
さっとバベットの顔色が変わった。
「よく分かりましたわ。これ以上、お話することは無いようですわね」
「同感ですわ。ごきげんよう、マドモワゼル・シュヴェイヤール」
憤然とした足取りでバベットが去ると、それまで黙っていたジーヴァが口を開いた。
「デザートにネコイラズを入れられるぞ」
「この間の事は、彼女がやったと思うの?」
「さあな。可能性は無きにしもあらずだ。理由は分からないがな」
それなら、痴情のもつれあたりが妥当な線だろうか。
そんなことを考えながら、ユーディトは呼び鈴に手をのばした。リールゥはどこかに姿を消しているし、着替えを手伝ってくれるメイドが必要だ。
「婚約者殿に宣戦布告か?」
彼女の手を、ジーヴァの声が止めた。冗談めかした口調だったが、不機嫌な響きが混ざる。
「まさか。売り言葉に買い言葉よ」
「私には、同じ意味に聞こえるが」
「違うわ。全然違うわ……」
いつもはゆったりとしている彼の気配が、今は少しとげとげしい。
立ち上がったユーディトは、ためらいがちに彼に近付いて、彼の右の手を取った。相変わらずひんやりとした手だ。そのまま、それをそっと自分の頬に押し当てた。
「わたくしは、あなたのものよ、ジーヴァ……」
(だからお願い。あなただけは側にいて。)
言葉に出来なかった彼女の懇願が通じたのか、ふっ、とジーヴァの気配が和らいだ。
「……そうだな。つまらないことを言った」
彼のもう片方の手も、ユーディトの頬に添えられた。
「ジーヴァ」
「ん?」
「わたくし、着替えないと」
「今日はもう行くのはよせ。どうせ座っているだけだろう?それに今、あのバカ殿の顔を見るのは我慢ならん」
明らかにすねているジーヴァの顔に、思わずユーディトはくすりと笑った。
「分かったわ、ジーヴァ。あなたとここにいるから、ヤキモチは焼かないで頂戴」
夢魔の形の良い唇が近付くのを見て、彼女は長い睫毛を伏せて安堵した。




