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12/22 セリフの句読点スタイルを修正しました。
「雨が上がりましたから、外の空気を吸いませんか?」
そう言われて連れ出された城館の庭は、手入れをしているとも、いないともつかない、奇妙な状態に維持されていた。
果樹に囲まれた菜園の区画は美しく整えられていたが、英国式庭園だと思われる部分は、伸びるに任せた樹木のせいで、妙に奔放な印象を与える。
冬枯れの今、それに荒涼とした雰囲気が添えられて、どこか廃園じみていた。
「庭が主に似るというのは、本当ですのね」
どうしようもなく享楽的で世間ずれしているようでいて、すんでの所で落ちきっていない。そんな所が彼を思わせる庭だった。
「おや、そうですか?」
思わずユーディトがこぼした言葉に、彼の濃紺の瞳は、面白がるような光を宿した。
「ええ、ちぐはぐな所が」
「あはは。確かに。僕はでたらめに生きて来た人間ですからね」
笑いながら、灌木の陰にあった木戸を開いた。
キイ、と高い音が小さく響いた。
「こちらの一画が、当家の墓所です」
さくり、とユーディトのブーツが解け残った霜と濡れた落ち葉を踏む。赤いフード付きの外套に、頭からすっぽりと包まれていたが、頬を撫でる空気は冴え冴えと冷えて、息を白く凍らせる。
苔むした低い石塀に囲まれて、代々のオーギュスタン家の面々が永遠の眠りについている。
『オービーヌ=マリ・ドーギュスタン 享年二十二才』
『アレクサンドル・アリスティド・ドーギュスタン 享年五十四才』
『カロリーヌ・ドーギュスタン 享年二十六才』
『フルール・ドーギュスタン 享年十九才』
『アルバン・アリスティド・ドーギュスタン 享年六十五才』
『ジュヌヴィエーヴ・ドーギュスタン 享年二十才』
…………………
「本当に奥方は短命ですのね」
墓碑銘を見て回っていたユーディトは言った。
子爵夫人のほとんどが、十代二十代で亡くなっている。当主はどちらかと言えば、長生きの方なのに。
アドリアンの言っていた事は、誇張では無かったらしい。
「僕の舌が紡ぐのは、紛う方無き真実だけですよ」
(この二枚舌)
「そうですね。舌がもう一枚あるだけですものね」
本当の事を言う方の舌は、納戸で埃を被っているのだろう。
「おや、ご存じでしたか」
おどけた口調とともに、ぺろりと舌を出してみせる。
「引っこ抜いて差し上げましょうか?」
「ええ。是非ともあなたの唇で」
顔が間近に迫る。この男、本当に昨夜死にかけたのだろうか。
思い切り鼻をつまんでやって、ユーディトは踵を返した。外は寒い。
ふと、石壁の異様な浮き彫りが目に入って、足取りが緩くなった。
木の葉らしきものに縁取られた男の顔が、稚拙な手で彫られている。目と口が大きく開かれていて、妙におどろおどろしい。
「このレリーフは、あなたのご友人の眷属ではないですか?」
追いついたアドリアンの声に振り返る。
「眷属?」
「僕は、これは『森の男』の顔だと聞きました。一種の魔除けとして、この壁に彫ったようですね」
農民の伝承に登場する「森の男」は、古木が変化した精霊とも、森で行き倒れた者の霊とも言われる。
緑の服を纏い、髪の代わりに木の葉を頭部に生やした男は、時には旅人を襲う凶悪な怪物として、時には人智を超えた知識を持つ賢者として描かれる。
森に棲む人外の存在という意味では、確かにジーヴァの眷属かもしれない。
そんな超自然的な存在の似姿を、こうして土地や建物の境界に配することは、魔除けとして古くから行われてきた風習だ。
いつの時代かのドーギュスタン子爵が、一族の眠りを守るために作らせたのだろうか。それとも、家に降りかかった呪いを払うためか。
「まあ、気休めでしょうけどね」
「同感ですわ」
ユーディトは肩をすくめた。
でなければ、自分もジーヴァたちも、出入りできるはずがない。




