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12/22 セリフの句読点スタイルを修正しました。
ドーギュスタン子爵は、面の皮だけでなく、胃袋も丈夫だったようだ。
「おはようございます。ご機嫌はいかがですか、公女」
翌日の昼過ぎ、サロンで昼食代わりに梨のシブーストを食べていると、彼はにこやかな笑顔で現れた。
まだ少し顔色は悪かったが、何事も無かったかのような顔をしているアドリアンを、ユーディトは手にしたフォークも忘れて、まじまじと見てしまった。
「………わたくしは変わりありませんわ、子爵。お加減はもうよろしいのですか?」
「ええ、もうすっかり良いですよ」
「それは良かったですね」
非常に残念そうな顔をした彼女の横に、アドリアンは腰掛けた。
「ジルヴァーヌスはどちらに?」
「今は席を外しておりますわ」
ユーディトは適当に誤魔化した。ジーヴァが日中は現れないと知られたら、この男のことだ、図に乗って何をされるか分からない。
「まだ城内の案内が残っていましたね。今日はどちらからご覧になりますか? 僕の部屋にお出でなさいますか?」
「それでは二番目の奥様の部屋から」
ジーヴァは、二番目の夫人の部屋だけでなく、バベットとアドリアンの居室も見た方がいいと言っていた。だが後者は、ジーヴァが一緒でないとまずい。
日暮れまでの適当に時間を潰すことにして、ユーディトはソファから立ち上がった。
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綺麗に整えられていたが、フルールの部屋は、ジュヌヴィエーヴの部屋に較べると没個性的だった。客間と言われても疑問に思わないくらい、生活感に乏しい。
「随分と殺風景ですのね」
「ああ、彼女はそれほど長い間、ここにいたわけではありませんからね。だから個人的な物は、ほとんど残っていないのです」
問いかけるように見たユーディトに、アドリアンは説明した。
「ジュヌヴィエーヴが亡くなって二年ほどして、僕はフルールと再婚しましたが、彼女は式の三月後に自殺してしまいました」
(この男は一体、何歳なのだ?)
「……最初の奥様のお輿入れはいつでしたの?」
「今から五年前です。亡くなったのはその一年後です」
「ドーギュスタン子爵」
「何でしょう?」
「意外とお年を召しているのですね」
「ははは。それはよく言われます。ですが、僕は二十六歳です。あなたとも釣り合う年齢ですよ」
「寝言は寝ておっしゃい」
「ジルヴァーヌスはもっと上なのではありませんか?」
「………………」
確かに、彼はずっと年上だ。千年ほど。
「後に残される者は辛い」
「えっ?」
ジーヴァと自分の関係のことを言っているのだろうか。一瞬、ユーディトはどきりとしたが、アドリアンの端正な横顔は、フルールの部屋だけを見ている。
「あなたなら、どちらを選びますか? 思い出を残して去られることと、何も残さずに行ってしまうこと。後に残されるとすれば、どちらがマシですか?」
ユーディトは、もう自分しか残っていないソブラスカ家の、広すぎる屋敷を思い浮かべた。次にあそこを去る人間は、自分の他にはいない。
そう考えると、アドリアンの質問自体が愚問に思えた。
それでも。
「何も残さない人間などおりませんわ」
殺風景な部屋だと言って置いてよく言う、と自分でも思ったが、言葉が口をついて出てしまった。
ふっと目元だけで笑ったアドリアンは、静かに同意した。
「そうでしたね、公女。あなたはよくご存じのことでした」
共感などするつもりは無かったので、忌々しくてユーディトは歯噛みした。




