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12/22 セリフの句読点スタイルを修正しました。

 ドーギュスタン子爵は、面の皮だけでなく、胃袋も丈夫だったようだ。

「おはようございます。ご機嫌はいかがですか、公女(プランセス)

 翌日の昼過ぎ、サロンで昼食代わりに梨のシブーストを食べていると、彼はにこやかな笑顔で現れた。

 まだ少し顔色は悪かったが、何事も無かったかのような顔をしているアドリアンを、ユーディトは手にしたフォークも忘れて、まじまじと見てしまった。

「………わたくしは変わりありませんわ、子爵。お加減はもうよろしいのですか?」

「ええ、もうすっかり良いですよ」

「それは良かったですね」

 非常に残念そうな顔をした彼女の横に、アドリアンは腰掛けた。

「ジルヴァーヌスはどちらに?」

「今は席を外しておりますわ」

 ユーディトは適当に誤魔化した。ジーヴァが日中は現れないと知られたら、この男のことだ、図に乗って何をされるか分からない。

「まだ城内の案内が残っていましたね。今日はどちらからご覧になりますか? 僕の部屋にお出でなさいますか?」

「それでは二番目の奥様の部屋から」

 ジーヴァは、二番目の夫人の部屋だけでなく、バベットとアドリアンの居室も見た方がいいと言っていた。だが後者は、ジーヴァが一緒でないとまずい。

 日暮れまでの適当に時間を潰すことにして、ユーディトはソファから立ち上がった。


*******


 綺麗に整えられていたが、フルールの部屋は、ジュヌヴィエーヴの部屋に較べると没個性的だった。客間と言われても疑問に思わないくらい、生活感に乏しい。

「随分と殺風景ですのね」

「ああ、彼女はそれほど長い間、ここにいたわけではありませんからね。だから個人的な物は、ほとんど残っていないのです」

 問いかけるように見たユーディトに、アドリアンは説明した。

「ジュヌヴィエーヴが亡くなって二年ほどして、僕はフルールと再婚しましたが、彼女は式の三月後に自殺してしまいました」

(この男は一体、何歳なのだ?)

「……最初の奥様のお輿入れはいつでしたの?」

「今から五年前です。亡くなったのはその一年後です」

「ドーギュスタン子爵」

「何でしょう?」

「意外とお年を召しているのですね」

「ははは。それはよく言われます。ですが、僕は二十六歳です。あなたとも釣り合う年齢ですよ」

「寝言は寝ておっしゃい」

「ジルヴァーヌスはもっと上なのではありませんか?」

「………………」

 確かに、彼はずっと年上だ。千年ほど。

「後に残される者は辛い」

「えっ?」

 ジーヴァと自分の関係のことを言っているのだろうか。一瞬、ユーディトはどきりとしたが、アドリアンの端正な横顔は、フルールの部屋だけを見ている。

「あなたなら、どちらを選びますか? 思い出を残して去られることと、何も残さずに行ってしまうこと。後に残されるとすれば、どちらがマシですか?」

 ユーディトは、もう自分しか残っていないソブラスカ家の、広すぎる屋敷を思い浮かべた。次にあそこを去る人間は、自分の他にはいない。

 そう考えると、アドリアンの質問自体が愚問に思えた。

 それでも。

「何も残さない人間などおりませんわ」

 殺風景な部屋だと言って置いてよく言う、と自分でも思ったが、言葉が口をついて出てしまった。

 ふっと目元だけで笑ったアドリアンは、静かに同意した。

「そうでしたね、公女(プランセス)。あなたはよくご存じのことでした」

 共感などするつもりは無かったので、忌々しくてユーディトは歯噛みした。


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