第094話 弱者には弱者の生き方がある ★
私とミスズは急いで自宅に戻った。
ミスズは木製の申し訳程度の門を開けると、玄関のドアに近づく。
「ちょっと待って」
私はドアの取っ手に手を伸ばしたミスズを止めた。
「どうしたの? 忘れ物?」
ミスズが手を伸ばした態勢のまま、こちらを振り向く。
私は歩いてミスズの横に行くと、しゃがみ込み、ドアノブの鍵穴を見た。
「どうかした?」
「傷がある…………」
鍵穴の周りには複数の微細な傷がついている。
「え? ホントだ……よく気付いたわね」
「気付いたのはこれじゃなくて、足跡だけどね。知っているものじゃないのがいくつかある」
私がそう言うと、ミスズが足元の地面を見た。
「いや、全然、わからないわよ……」
「私は常に注意を……いや、そんなことはどうでもいい。誰かが侵入している可能性がある」
「例の男子達?」
例の男子達とは女子生徒狩りをしている男子のことだ。
マナキスで幸福教団に殺されたと聞いてはいるが、全員がいなくなったとは思っていない。
「いや、小さい足跡もあった。女子の足跡か、も…………」
私はこれ以上、言葉を出すことができなかった。
何故なら、私の後頭部に固いものが当たったからだ。
これは…………
「マジで来たし」
「ウケるね」
この声は…………
私はチラッと後ろを見た。
「動くなよー。撃っちゃうぞ!」
「ホールドアーップ! …………どういう意味だっけ?」
このバカっぽい同じ顔をした2人は……
「東雲姉妹……!」
しゃがんでいる私とミスズはそれぞれナツカとフユミにマシンガンを頭に突きつけられていた。
「くっ! どうしてここが……」
ミスズが前を向いたまま、悔しそうな顔をする。
「知らね」
「私ら、指示されただけだし」
指示……
まさか……
『トウコ、隙をついて反撃できない?』
私の頭の中にミスズの声が響く。
ミスズのスキルは念話なのだ。
『無理。この状況では先に頭を撃ち抜かれる。それにこいつらが単独でここにいるわけがない。家の中では多分……』
仲間が捕まっている。
『だったらどうすれば?』
『今は大人しくしてて。東雲姉妹は何をするかわからない』
東雲姉妹は同学年だから2年以上も見てきた。
こいつらは単品だとまだまともなのだが、2人になると、頭のネジが数本落ちる。
「動くなよー」
「余計なこともするなよー」
マジで怖い。
こいつら、笑いながら急に撃ってきそうだ。
「大人しくするから銃を下ろしてくれ」
私がそう言うと、私の後頭部から銃が離れる。
私はホッと胸を撫でおろすと、急に息が止まる思いがした。
私の喉に冷たいものが当たっているからだ。
「マシンガンが嫌ならこれにしよう!」
私の後ろからナツカの笑い声が聞こえる。
私はチラッと横のミスズを見ると、メイド服を着たフユミが笑いながら物騒なサバイバルナイフをミスズの喉元に当てていた。
「や、やめ……」
ミスズは声を出したいが、喉にナイフを当てられているので声を出しきれていない。
「姉貴、しゃべれなくない?」
「別にどうでもいいだろ。ほら、立って、中に入れよ。言っておくが、変なことをしたらすぐにこのナイフを引くからな」
「噴水になるんだぞ!」
怖い。
この姉妹、本当に怖い。
私とミスズは逆らえないため、顔も動かさずにゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、ドアを開けて、中に入ろうかー」
「どっちに開けさせよう?」
「どっちでもいいだろ」
「じゃあ、姉貴の方」
「なんで?」
「そっちの女子の方が背が低いから」
「なんで背の低い方?」
「姉貴、うるさい」
バカ姉妹が!
くだらんことでケンカをするな!
お前らの手にはナイフが握られ、それが私達の喉に当てられているんだぞ!
「ほら、フユミのご指名だ。お姉ちゃんはお姉ちゃんだから妹に譲る」
私はナツカに促されたため、ドアノブを握り、ドアを開けた。
そして、そのまま歩いていき、ナツカに誘導されながら、リビングに向かう。
私はリビングのドアの前に着くと、ドアノブを握った。
「ほら、早く開けろよ」
「あたし、疲れてきたよ。絶対にマシンガンの方が良かった」
私はどっちも嫌だ。
宿屋でトイレに行ってなかったらチビっていると思う。
私は一度、目をつぶり、すぐに開けると、ドアノブを握り、押した。
ドアが開くと、普段、私達がご飯を食べている広いテーブルが見えた。
そして、そこには真っ赤な和服を着て、頭に金の髪飾りを付けた悪魔がおり、月城と神谷を両隣に座らせ、優雅にお茶を飲んでいた。
「ごきげんよう。お邪魔しています」
ヒミコがニコッと笑う。
「…………………………」
「…………………………」
私とミスズは喉元にナイフを当てられているため、声を出すことができない。
「んー? 無視? いや、ナイフか……ナツカ、フユミ、もういいわよ。ケーキでも食べてなさい」
ヒミコがそう言うと、私の喉に当たっているものがなくなった。
東雲姉妹は私達から離れると、ヒミコ達が座っているテーブルにつく。
すると、東雲姉妹の目の前にケーキとお茶が出てきた。
東雲姉妹はケーキを美味しそうに食べだす。
私は息が乱れていることと全身から汗が急に出てきたことに気付き、その場で膝をついた。
「トウコ!」
ミスズがしゃがみ込み、私の背中をさすってくれる。
私はミスズの手に安心し、落ち着くと、周囲を見渡した。
正面のテーブルにはヒミコ、月城、神谷、それに東雲姉妹が席についている。
右を見ると、一緒に暮らしている子達が固まって震えていた。
その左にはマシンガンを持った30歳程度の男が立っている。
そして、その横には申し訳なさそうな顔で私達を見る篠田達が立っていた。
「何の用?」
私はなんとか立ち上がると、ヒミコを見る。
「用? 篠田さん達から聞いてません? 勧誘ですよ、勧誘」
ヒミコが不気味に口角をあげた。
「これがか?」
「これがです。だって、お前達、逃げるつもりだったでしょう?」
バレてる……
いや……
「ど、どうして……」
ミスズが声を出してしまった。
すると、ヒミコがにやーと笑う。
「やっぱりそうですか」
やはりカマかけか……
挽回しないとマズい。
こいつらは幸福教団に入信しない者を殺すヤツらだ。
「私らは争いが嫌いだし、襲われる立場の人間だ。だから逃げる。何が悪い?」
「わかります、わかります。さぞ、苦労や怖い思いをしたんでしょうね。かわいそうに」
一番、怖いのはお前だ!
学校を占拠し、先生を殺し、今も脅されている。
どう考えても、この状況の方が怖いわ!
私はぐっとこの言葉を飲み込んだ。
「頼むからそっとしておいてくれ」
「うんうん。そうですね。ノゾミ」
「はい」
ヒミコは笑顔で頷くと、月城に何かの指示を出す。
すると、月城が目を青く光らせながら私達をじーっと見てきた。
何あれ?
スキルか何かか?
「宮部トウコ、スキルは観察力上昇です。大村ミスズ、スキルは念話ですね。観察力上昇はパッシブスキルで念話は一度触れたことがある人間ならいつでもできます」
私達のスキルを見破られた……!
くっ! 月城のスキルは鑑定か!
「へー、すごい。念話は私のお告げを超えていますね。それに観察力上昇もすごい。名探偵になれますよ。でも、両者ともに戦闘用ではありませんね。それはその子達も……」
ヒミコは右端で縮こまっている女子達を見る。
「さっきトウコが言ったでしょ。私達は襲われる立場の人間なの。だからこうして集まった」
「ふむふむ。いい方法だと思います」
ヒミコは頷きながら同意する。
「勧誘のためにここまでするのか?」
私はチラッと篠田達を見た。
すると、篠田達が落ち込み、下を向く。
「いやいや、篠田さん達の意志ではないですよ。実は数週間後に開戦でしてねー。だから勧誘の旅に出ていた篠田さん達を回収に来たんです。そしたら篠田さん達があなたを勧誘中だったんですよ。4人がどうしてもって言うんで、こうやってお手伝いです」
ヒミコが説明すると、篠田達はビックリしたように首を横に振った。
多分、篠田達が否定したいのはお手伝いのところだろうね……
しかし、開戦は本当に近いのか。
「なんでここがわかった?」
「篠田さん達の話を聞いて、お前はすぐに逃げるんだろうなって思いましたよ。だから探しました。ふふっ、お前達が便利なスキルを持っていると同じようにこの子達も便利なスキルを持っているんですよ」
ヒミコが篠田達を見て、微笑んだ。
「スキル?」
「篠田さんのスキルは地形がわかるマッピング、藤原さんのスキルは人の位置がわかる探査…………2つのスキルを合わせ、人が集まっている家を探せばすぐですよ」
私達は20人で固まって生活している。
私やミスズが外出していても、そのスキルがあれば当たりがつくわけか……
「なんで私が1人じゃないとわかった?」
「皆、知っていますよ。お前が女子生徒狩りを始め、女子に多くの注意喚起の情報を流していることはね。そして、そんなお前や大村さんを頼って、女子が集まっていることもね」
私は女子生徒狩りに遭いかけた。
だが、スキルですぐに見抜き、逃げたのだ。
私は他の女子に被害に遭ってほしくなくて、情報を女子に流した。
それは当然、篠田達も知っているわけか……
「そうか…………」
「お前、その男子に相当、恨まれてましたよ。もっとも、その男子はリースが殺しましたけどね」
リース……
あの人間離れした美貌を持つ銀髪の女か。
「宮部先輩、降りましょうよ」
「そうです。一緒に日本に帰りましょ」
「またゲーセンに連れていってください」
「奢ってください」
篠田、藤原、山村、川崎の4人が私を落としにくる。
でも、川崎はちょっとおかしい。
さて、どうする?
逃げるのは無理だ。
どこに逃げても、群れている時点ですぐに見つけられるだろう。
あるとしたらミスズと2人で逃げることだろうが、私とミスズではこの世界を生き抜くことは難しい。
何よりもこの子達を見捨てることは出来ない。
ずっと一緒に生活してきた家族のようなものなのだから。
『戦って勝てると思う?』
ミスズが念話で聞いてくる。
『一瞬にして東雲姉妹に殺されるよ。あいつら、ケーキを食べているが、警戒は怠っていない。多分、私達が動いた時点で殺される』
スキル的にも実力的にも無理。
『そう……まあ、どっちみち、私達では無理か……時間稼ぎは?』
『もう無理だ。信用しないし、待ってくれるとは思えない。この神様は私達の命を虫程度にも思っていない』
信者でない者はいらない。
こいつの目はそう言っている。
「長いですねー。まあ、コソコソと念話しているんでしょうけど、早くしてくれません? 私、夕方から会議があるんですけど」
ヒミコが笑いながら急かしてくる。
「ひ、ヒミコ様、この状況で即断は無理なような気が……」
篠田がヒミコを止めた。
すごい度胸だな……
「ふーん、じゃあ、もう少し待ちましょうか」
ヒミコはあっさり頷くと、何故かレトロな携帯ゲーム機を取り出し、やり始めた。
「まーだ、やっているんですか? 諦めてくださいよ」
「1ヶ月以上もやり続けて、1面もクリアできないんだったら向いてないと思います」
神谷と月城が呆れたように言う。
「うっさい。こうなったら意地よ……あ、死んだ」
ヘタクソかな?
BGM的にマリ○な気がするけど、1面もクリアできないってひどい。
私なら目を閉じてもできる。
「皆と話してもいい?」
私が呆れていると、ミスズがヒミコに聞いた。
「どうぞ、ご自由に。何か飲みます?」
「フラペチーノを頼むよ」
私はヒミコに注文する。
「ごめんなさい、私はそれを飲んだことがないので無理です」
飲んだことがないから無理か……
「なるほど。君のその能力は触れたことがある物を出す能力か買ったことがある物を出す能力だね?」
私は敢えてヒミコに確認する。
「前者です。ですので、キャラメルマキアートをお勧めします」
「じゃあ、それをもらうよ」
私がそう言うと、ヒミコは携帯ゲーム機に目を落としたままだったが、テーブルの上にどっかのコーヒー屋で売っているキャラメルマキアートが現れた。
私がそれを取ると、ミスズが部屋の右端に歩いていく。
私もキャラメルマキアートを片手にミスズの後ろに続き、後輩の子達のもとに向かった。
「み、ミスズ先輩……」
後輩の子達は不安そうにミスズを見る。
「皆、ごめんなさい。どうやらここまでです。中央では争いが起き、人がこちらに流れてきますし、下手をすると、ロクでもない者も来ます。私達ではそれを止めるすべがありませんし、これ以上の人の面倒を見る裁量もありません。あなた達と静かに暮らしたかったですが、もう無理です。庇護を頼むしかありません」
ミスズは降伏を選んでくれたか……
まあ、そうなるだろう。
ヒミコが自分の能力を晒したということは口止めをするという脅しでもある。
要は降るか、死かを選べと言っているんだ。
…………私がそうなるように仕向けたんだけど。
「わ、私達、どうなるんです?」
後輩の1人が聞く。
「どうなるの?」
ミスズはそのままヒミコに振った。
「さあ? 自分で選びなさい。日本に帰ってもいいし、こっちの世界で暮らしてもいい。あ、でも、ちょっと手伝ってください。これから戦いを始めるんですけど、そうすると、南部の人員が減るんですよね。ハーフリングが残っていますけど、あいつら、森から出てこないし」
「だそうよ」
ミスズが後輩を見る。
「えっと、帰れるんですか?」
「そうみたいね……」
ミスズが今度は私を見てきた。
「私達は日本からこっちの世界に転移してきた。ならば、逆もできるのが道理だ」
ヒミコの信者は日本に大勢いる。
こいつが幸福の神ならば、その信者を放っておきはしない。
それに篠田達の話が本当ならば、本命はあっちの世界を征服することだ。
「あの神様はせっかちみたいだからこの場で決めて。私はあなた達の意思を尊重するわ」
「ミスズ先輩はどうするんです?」
「入信かな……日本にはペロを残しているし」
ペロというのはミスズが飼っている柴犬だ。
ちなみに、私はあいつが苦手。
めっちゃ飛びついてくるし。
「トウコ先輩は?」
後輩達は私にも確認してくる。
「まだクリアしてないゲームや見終えてないアニメがあるんだよ」
最終話前で止めているアニメがある。
感動のラストを見るまでは死ねない。
「…………先輩達がそう言うなら私もそうします」
「私も……」
「帰れるなら……」
やはり皆も入信を選びそうだ。
まあ、死にたくないし、帰れるならそうするだろう。
「決まりました?」
ヒミコの声に振り向くと、ヒミコがゲームを消して、こちらを見ていた。
「そうなるね。一面はクリアできたかい?」
一応、聞いてみる。
「もういいです。二度とやりません」
どうやらクリアできなかったようだ。
「…………一昨日も言ってたよね?」
「…………言ってた、言ってた」
月城と神谷が小声でしゃべっているが、間にヒミコがいるため、丸聞こえだろう。
「黙ってなさい。篠田さん、もう終わりで良いでしょうか?」
ヒミコは両隣を黙らせると、篠田に声をかけた。
「そうですね……本当はもっとやりたいですけど、時間もないですし、どこに誰がいるかもわかりません」
「これから先は本人達の意思に任せましょう。とにかく、お疲れ様です。藤原さんも山村さんも川崎さんも長い間、よくやってくれました」
ヒミコが篠田達をねぎらう。
「いえ、私達もやりたかったですから」
「大変でしたけど、やってよかったです」
「頑張って良かったです」
「ありがとうございました」
4人はそれぞれヒミコにお礼を言う。
この子達はここまで来るのに苦労したんだろう。
この子達の性格を考えたら勧誘の旅なんて、きついにもほどがある。
「鈴木もご苦労様です。青春はありましたか?」
「そんなもんはモニターの中にしかねーです。勝崎が言ってた通りですわ」
マシンガンを持っている男が即答すると、ヒミコがこめかみを押さえる。
「お前はお見合いでもした方がいいです…………ハァ……帰ります。お前達は荷物の整理をしなさい」
ヒミコが私達に指示を出してきた。
「ミスズ、私は荷物がそんなにないから大家さんのところに行ってくる」
さすがに退去の話をしないといけない。
「わかった。お願い」
「ああ」
私は後のことをミスズに任せると、家を出た。
「ハァ……宗教かー」
家を出ると、思わずため息が出る。
まあ、仕方がないか……
ミスズは後輩達が渋ったら戦う気だった。
だから私はヒミコの能力について言及し、降るように誘導した。
私は死にたくないし、皆にも死んでほしくない。
私は大家さんのもとに行くために門に手をかけた。
「トウコ先輩!」
後ろから篠田の声が聞こえた。
「なーに?」
私が後ろを振り向くと、篠田が走ってくる。
「あ、あの、すみませんでした。騙し討ちするようなことをしてしまって……」
篠田がすまなそうな顔で謝ってきた。
「別にいいよ。あの神様が強引すぎるだけだろう。日本に帰って、ゲーセンでも行こうか。受験も吹奏楽ももういいや」
受験は浪人扱いだろうし、吹奏楽も忘れた。
「大学に行かないんです?」
「便利なスキルがあるからね。これで稼いでゲームとアニメ三昧だよ。一緒に探偵でもやらない? 皆で浮気調査をしようよ」
「浮気調査はあれですけど、いいかもしれませんね」
「だろう? 適当に生きようよ」
そうだ。
適当でいい。
宗教も勉強も仕事も適当でいい。
楽に生きて、幸せになればいいや。
私の幸福はミスズや後輩達と楽しく生きることなのだから。
あと、ゲームとアニメね。
家に帰ったらRTAでもやろう。
スキルを手に入れた今なら記録を更新できそうだわ。




