ドージャの手首
「奥様の指輪を盗んだのは俺じゃないっ‼信じてっ‼助けて誰か‼」
ドージャは声の限り叫び、自分を取り囲む見知った村人たちの顔を見回した。この村を治める領主の奥様のダイヤの指輪を盗んだ咎で、今まさに両手を切断されようとしているドージャを見つめる目は、昨日までにこやかに挨拶を交わし助け合って生きてきた仲間の目ではなかった。無表情。蔑み。背中が一瞬で凍ったドージャは、地面に膝をつき台に固定された自分の両手を静かに見つめた。この手を切るのはドージャの父親だった。
領主の指示で下男から斧を渡されたドージャの父親は、斧を頭上まで持ち上げ謝罪の言葉を叫びながら振り下ろした。
「愚かな息子が罪を犯しました!お許しを‼」
見せしめに傍に立たされたドージャの母親が倒れた。群衆に紛れたドージャの親友であるパネットだけが、ドージャのために必死に神に祈りを捧げ続けた。
神様‼どうかドージャをお助けください‼どうか!!どうか!!!
その夜、切断された腕は紫色に腫れ上がり、感染症をおこしたドージャは、何度も痙攣を繰り返して死んだ。切られた手首と遺体は、一緒に埋葬されることを許されなかった。
何日かして広場にさらされていた手首が消えた。だが人々は、ドージャの家族が夜中にこっそり持ち帰ったのだと思い、手首について詮索する者はいなかった。奥様のダイヤの指輪は屋敷の中で見つかり、盗難騒動は奥様の気まぐれで終わった。
しかし、手首がなくなってから数日もたたないうちに、村でおかしなことが起こりだした。物がなくなっては、別の所から見つかるのだ。
「今日は馬小屋で卵を見つけたよ」
「お前さんの所の馬は、鶏の卵を産むのかい?」
「まさか。そんなバカなことがあるもんか。いったい誰がこんなイタズラをしているんだろうね」
「こういったことは昔から妖精の仕業だと決まっている。領主様の耳に入らなければ放っておけばいいさ。それよりもうちの金貨は知らないかい?どっかへ行ってしまったようなんだが」
「最初からそんなものはないだろう?」
村人が顔を見合わせて笑った。
村で紛失していた物が戻らなくなってきた頃、領主の屋敷で大変なことが起こった。奥様の指輪がまたなくなってしまったのだ。そして何日たっても指輪は見つからず戻ってこなかった。
「犯人はパネットじゃないか?」
村では犯人探しが始まり、手を土で汚して森から出てきたパネットが疑われた。人々はパネットが盗んだ指輪を森へ隠し埋めてきたのだろうと囁き合った。
その噂は瞬く間に広がり、領主の耳にも届いてしまった。激怒した領主は、屈強な下男を二人連れてパネットの家へ押しかけた。
いきなり建てつけの悪いドアを蹴り開けられたパネットは、目前に現れた領主の姿を見て、自分が疑われていることを悟り青ざめた。
「僕ではありません‼」
パネットは、必死に救済の声を上げて座っていた椅子から立ち上がった。胸には、口をしっかり紐で縛った麻袋が抱かれていた。
「その汚い袋の中に、私の妻のダイヤの指輪があるのかい?それとも、今度はウサギでも盗んだか?」
領主は、壁際に後ずさったパネットからもぞもぞ動く麻袋を取り上げて、袋の紐を解いた。
「あっ、ダメです‼」
パネットが麻袋を取り返そうとしたが、間に合わなかった。袋から飛び出たドージャの手首が、領主の首を掴み上げた。
「うっ、くっ、放せ……」
苦しげな声を漏らした領主は、ドージャの手首を引き離そうともがいた。下男が左右から手首を掴んで引っ張っても、手首は人の力とは思えない腕力で首を締めつけた。
「やめてお願いドージャ‼僕は大丈夫‼君が天国へ行けなくなる‼」
ボキッと、首の骨が折れる音がした。
パネットは目をつぶって顔を背けた。
力が抜けたドージャの手首は、領主の体ごと床へ落ちた。
パネットが涙を流して懺悔した。
「何度も何度も森へ埋めたんです。でも、『手』だから土を掘り起こして出てきちゃうんです。ドージャが持ってきてしまった物は、僕が少しずつ返していました。ドージャは、絶望と怨念でおかしくなってしまったんです。僕が神様に祈ったから、こんな姿でまだ生きている!!ごめんなさい!!!」
うなだれたパネットは、床をまさぐり動くドージャの手首を悲しげに見つめた。