プロローグ
〝自称旅行〟
異世界に飛ぶ能力を 俺はそう呼んでいる
名字は雲雀 名前は心晴
今はいない両親から頂いたありがたい形見だ
年は12才 住所は不定多数
親代わりだった婆ちゃんが長期入院することになって
その後はひたすら遠縁をたらい回しにされた
非は自分にもある ナメた態度が気に食わないのだろう
自分と同い年の子は当然のように学校に行っている
だけど俺は行かなかった イジられていたからだ
工作の授業で使う錐を 相手の頬スレスレで壁に刺したことで人生は一変
俺からすれば好転なんだが 周りからすれば驚愕の事件だった筈だ
何より嫌いだった校長室への呼び出し
その前に俺はランドセルも置いたまま姿を消した
スマホの震動も無視したまま
どうせ誰からの着信であっても俺に得は無いとわかっていた
必死で逃げて 逃げて
日が落ちる頃には廃ビルの屋上で夜を凌いでいた
人生初 独りで一夜を過ごす
親戚達は俺を放置していた訳ではない
最低限でしかも 不満のない生活を俺に与えてくれていた
ここまでで分かる通り 俺は人に迷惑ばかりをかけてここにいるんだ
ゲーム機の充電も切れて 明日からは何をしようかとも考えられない
働こうか 今の時代に小学生が履歴書も無しに働けるだろうか
そういうのをパスしてくれる ちょっぴり危ないところに行くしか
それから数日は思ったことを行動に移し
ヤバいところから金を盗んでは パトカーに追いかけ回され
でも帰ってくる場所はいつも同じ廃ビル
何日経っても変わらないこの殺風景なところは俺の居場所
でもそんな毎日は長く続かない というより一週間も続かなかった
近隣住民から警察に通報があったらしく
廃ビルの屋上から狼煙が上がっている様は 心霊スポットとしても沸いていた
屋上は逃げ場がない だからこう思ったんだ
自由になるには落ちて死ぬしかない
心に囁れるその言葉は背中を押した
だって 父さんと母さんのところに行けるから
柵を越えて 爪先がはみ出す程の足場に立って空を眺めていた
警察が扉を蹴り破り その時に生じた動揺で身体が傾いてしまった
ゆっくりと ゆっくりと死ぬまでに与えられた時間は長い
俺が死にたい理由は人生に嫌なことがあったとか イジメられたからとか
そんなんじゃない ただ両親に会いたいだけだった
足場に手を付けられずに そこからは何十メートルもある空中に放り出された
手を上にして 生きることを諦めなかった俺の右腕はウズいていた
まだ死にたくなかったんだと
その咄嗟に伸ばした右腕は教えてくれたんだ
野次馬の悲鳴が徐々に大きくなる頃には
自分の頭と コンクリートとの距離は数センチに差し掛かった頃
口には出せなかったが 心のそこから〝死んでたまるか〟と叫び声を込み上げる
するとどうだ
俺は知らない場所に立たされていた
こう思えるのは当時の俺にとって幸いだったかもしれない
学の無い小学6年生に 現実と異世界の違いなど難し過ぎるのだから
俺は両手を広げて走った
誰にも邪魔されない森の中を息が切れるまで走り
立ち上る煙を頼りにして足を止めず
ポツンと一軒だけ建てられた 一人暮らし用なのかもしくは納屋か
今思えば随分と可愛らしいログハウスが構えていたのだ
煙突を長時間眺めていていると 森の暗がりから一人の少女が薪を背負って帰って来る
人間寄りの獣人 猫耳とそして 鋭く光る真っ直ぐな眼差しは
素性も知らない余所者の俺を受け入れてくれた
彼女の名は〝ミヤコ〟 おそらく何処かでメイドをしていたであろう
それはこれからの日常生活で知れること