いつかきっと
こんな夢を見た。
晴天で気持ちの良い春先に、私は車を運転しているのだ。
車の中では流行の曲が流れていて、そのアップテンポなリズムと一緒に気分も高揚していく。
歌詞の多い歌についていけず、鼻歌が間に合わず。
そんな自分の下手さに、一人にもかかわらず恥ずかしくなったりして。
そして住宅街の一軒家の前まで車を走らせる。
北陸の田舎特有の広すぎる用水路に車のタイヤを落とさないよう注意してその家の駐車場に車を止めた。
なんだか懐かしいような、見慣れたような家で。
扉までの砂利道を歩くときの音が耳障りなのだ。
引き戸を引くと、実家の香りがする。
あぁ、そうだ。この家は…。
そう思うと同時に廊下から、少し見ないうちにだいぶ老いた母親が出てきた。
満面の笑みで、すこし辛そうに腰をかがめてスリッパを用意してくれる。
「そんなお客様扱いしないでよ」
私が笑って言うと母も「そうね」と笑って返す。
奥のリビングまで行き、ちゃぶ台に土産を置きながら「親父は?」と尋ねると、釣り仲間と遊びに行ってるらしい。
そして家を出てからの話を母親にする。
今は文字を書いて食ってること、そしてそれがよく売れて映画となり今をときめく女優、俳優が演じてくれること。
母親は日常とかけ離れた内容に、大きなリアクションを取りながら最後まで話を聞いてくれた。
他にもひとり暮らしの話や、他の兄弟の近況などを話し、みるみるうちに日が傾いた。
窓から夕日が差し込み、オレンジがかった部屋で名残惜しさを堪えつつ「もう行かないと」と言った。
母は慌ててキッチンへ行き、タッパーの中に筑前煮をゴロゴロと詰めた。
そしてそれを私に手渡した。
ひとり暮らしで、ろくなものを食べていないと思ったのだろう。
私は玄関まで行き、靴を履いたあと母親に向き直った。
玄関の段差を考慮しても私よりも小さな母へ、鞄から取り出した小包を渡す。
母は訝しげに受け取ると中身を見て、目を見開いた。
私はその様子を見て言う。
「今までありがとう、学費は返すね」
苦心しながらも私に教育と時間をくれた両親へと大金を渡し、そのまま車に乗り込む。
そのまま玄関先まで見送ってくれた母に別れを告げて車を走らせる。
遠くなっていく町並みを横目に眺めながら、両親はあのお金をどうするだろうと考えた。
旅行か、家か、もしくは貯金するだろうか。
その想像をするととても誇らしい気持ちになった。
夢はそこで終わった。
夢だったという喪失感と妙にリアルな夢をみた高揚感。
だが、これはいつかきっと現実になる。
だから両親よ、この青臭い自分を見て存分に心配するといい。
いつかきっと、あなた達の手から遠い世界まで行ってみせるから。