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迷い子の唄

作者: rainvibration

 コンビニから出た美世は空を見上げて大きく息を吸い込んだ。秋の冷たい空気に身を晒し、少し薄すぎる装いで寒さを感じるのが美世は気に入っていた。そうして季節の移ろいと来たる冬の気配を感じながら

いつになくご機嫌で自宅に向かおうとした美世だが突然後ろから誰かに肩を掴まれた。「おねーさんちょっといい?」

 いつものキャッチか何かと思い、一喝してやろうと振り返った。相手は茶髪のロン毛でチャライ男なのは予想通りだったがどこか洗練されていない。後ろで同じような二人が付き従っている。

ニヤニヤと笑う顔が友好的ではなく美世は即座に状況を把握した。周りの状況の分析と自分の手持ちのツールを解析し始めたが、男達を見ているうちに戦意が失せて途中でやめた。

 茶髪の間から垣間見える顔が思いのほか童顔だったのだ。見た所中学を卒業して行く先を見失っているといった感じの子供だ。体ばかり大きく、世間の垢にまみれていないピュアな暴漢に

敵対心は消えてなにか微笑ましい気持ちで美世は男達に素直に従ってコンビニ脇の路地に回った。

「ちょっとお金貸してくんない?返せないけど」

 コンビニのレジでガムほか数点を買うのに、財布の中の万札を弾きながら千円札を探したが、結局見つからずにプリペイドカードを出した所を見ていたのだろう。

 ニヤニヤ笑いながらテンプレートな発言をする男達に美世は大きく溜息をついた。

「お前ら金が無いんか、制服着てないけど学校行ってないんか、仕事は?」

「はあ?うるせーよ、いいから財布出せよ」

「働いてもないんか?ゴロツキやってんの親は知っとるんか」

 男は苛立って美世の首を掴んだ。

「うっせんだよ締めるぞババア」

 一瞬眉を吊り上げた美世だが再び冷静になり溜息をつくと、顎を下げて男の手を鎖骨と顎の間に挟み込んで親指の付け根のツボを顎でゴリゴリと揉んだ。

「いでででで」

 慌てて引っ込めようとした男の手をパシリと握り、小指と薬指を握って下に押し下げた。

「いででででで」

 前かがみになって近づいてきた男の顎を肩に担ぐように乗せて下に逃げられないように拘束して自らも相手の肩に顎を乗せてロックした。

 何処に来るかなと思っていた左手が予想通り右肩に伸びてきたのでスパっと親指を掴んで外側に返す。

 顎を外して逃げようとする男の体を両手で操作しながらがっちり顎を掛けて耳元で低く囁く。

「親は知っとんのかて聞いとんのやちぎるどゴラ」

 予想外の事態に唖然としている後ろの二人を男の肩越しに美世がじろりと見回す。美世の鋭い眼光に蛇に睨まれたカエルの状態になった二人は身を乗り出すのを躊躇してカクカクと体を揺らせた。

 その時、美世に固められている男の腹がグウウと鳴った。一瞬手を緩めて顎を外し男の顔を見た美世が、バツの悪そうな表情を見て噴出した。

「ぷっ、あっはははははは」

 美世の隙を突いて男が手を振り払った。何か言いたげだが何も言えずにふてくされて睨む男に美世が言った。

「なんやお前腹減っとんのか、金が無いから食うもん食えんで鈴鹿の山賊みたいな事やっとんのか」

「うるせえ!腹の調子が悪いだけだ!」

「ほな財布出してみい」

「ああ?意味わかんねぇ」

 美世のノーモーションの張り手が男の頬を張った。パンと音がして驚いた男は回避行動をしたが、当たってから避けても遅い。足元がふらついて情けなくヨタヨタと下がった男に容赦なく怒声を浴びせる。

「財布出せぇ言うてんのや!」

 少し涙ぐんだ男はどもりながら反論した。

「だ、出せって言ってんの俺なのに!」

 やけくそになった男が殴りかかったが、意気消沈してどこか中途半端なパンチを、美世が半笑いの表情でパシっと捌いて崩れた体勢に足を引っ掛けて転がした、半身を起こした男を見下ろし美世が腰に手をやって言う。

「勝負にならんやないか、マトモにやり合えるようにしたるからこっち着いて来い」

 おずおずと立ち上がった男と仲間達は言葉の意味がわからずにぽかんとしたが、回れ右をして歩き出した美世に何故か素直に付き従った。

「飯食うで」

 しばらく歩いた所でそう言った美世が吸い込まれるように入ったのはコンビニのすぐ近くにあるこだわり系のステーキハウスだった。三人組はドアの前で立ち止まったが、開店直後で

ドアを開けながら、にっこりと笑って首をかしげたウェイターに誘われて勢いで入ってしまった。急に借りてきた猫のようになってボックス席で美世の対面に窮屈そうに三人が座った。

「あ、あの、俺らあんまり金無いっすよ」

 美世は爆笑した。

「お前らウチにカツ上げカマしてきよったのになんで急に敬語になんねん、金が無い事ぐらいわかっとるわ」

 身をよじるようにしてテーブルに倒れ込みながら笑った美世が体勢を戻して涙を拭いながら言った。

「お姉さんが誘うたんや、少年に金なんか払わすかいな」

 しかし美世は厳しい表情を作って身を低くした。

「ただし条件がある」

 三人はやっぱりかと戦々恐々として美世の次の言葉を待った。

「奢ってやるのに遠慮されるのは嫌いや、手加減すな、おもっくそやれ」

 真顔でしばらく固まった三人組はおもむろにメニューを手に取って顔を寄せながら覗き込んだ。しばらく硬直していた三人だがメニューがガタガタと震え始めた。

 美世はその様子を笑顔で見守った。いちいち可愛くて仕方が無いのだ。美世をちらちらと見ながらメニューに目を移して迷う三人に美世が我慢しきれずに言った。

「もうええわ、ウチが頼むからお前らそれ全部食えぇ、残したらバツゲームやで若者共」

 美世がカウンターの中にいるシェフに言った。

「三島のおっちゃん、こいつらにもう食えん言わしたってくれ、未経験の食材でや」

 よく通る美世の声で会話はまる聞こえだった。全ての事情を理解したシェフが、カイゼル髭が歪むほどニヤリとしてぺティナイフをセラミック棒でカシャカシャと擦りながら鋭い眼を光らせた。

「イエスマム」

 メニューを置いた男達は一様に萎縮していたが美世は片肘を背もたれに掛けて足を組み、リラックスして言った。

「お前から順番に名前」

 視線を向けられた通路側に座っている男が顔を上げた。美世と絡んだ男だ。

「青島雅人」

 美世が視線を隣に移した。

「村上慶太」

 最後に窓際の一番背の高い愚鈍そうな男。

「速水哲平」

 美世はにこりと笑って言った。

「ほうか、ウチは坂田美世や」


 じゅうじゅうと鉄板の上で震えているステーキを見ながら固まった三人は、顎をしゃくる美世を見て恐る恐るフォークとナイフを持ったが、お互いの手元を見ながら牽制し合っている。

 もう一つ一つがコントにしか見えなくなってきた美世は笑いを堪えながら言った。

「マナーとか適当でええから食えや、お姉さんは若者がもりもり食う所を見たいんや」

 一気に士気が上がった三人はフォークを突き刺し、豪快にゴリゴリと切り分けながら食べた。一口二口と食べ進むにつれて興奮したような表情になり

一気に平らげると次の肉が運ばれてきた。さして腹の減っていなかった美世はシェフの適当オードブルをぷすりぷすりと刺しながら三人の様子を笑顔で見守った。


「もう無理っす」

 三人はそれぞれだらしなく壁によりかかったり背もたれにぐったりともたれながら敗北宣言をした。それもそのはず無理だと言わない限りは無限に出てくるシステムなのだ。

「結構健闘したなぁ、ま、しゃーないな、バツゲームや」


 三人はぽかんと足場の組まれた10階ほどのビルを見上げた。飛散防止用の養生に囲まれる中、ビルの最上階よりやや下に房前工務店の幕がかかっている。

 遡る事1年前、鷹山のマンションの外装工事に入ったリフォーム専門の大手工務店だが、あまりにも仕事が雑なので散々クレームをつけたがこれが聞き入れられない。我慢の限界を超えた美世が請負会社を

調査したところ、経営状態は最悪で法規上の行政指導や税務調査も入っており、今どき手形を発行している上に一度不渡りを出していて、すでに首脳陣は保身に走っているフシがあり経営は放置されていた。

 このまま会社が潰れると鷹山のマンションは足場がかかって塗りかけのまま放置される。それではまずいと仕方なく美世が介入して整理した。強制執行を美世に妨害されて半泣きの銀行に、債権の3割を

金利無し長期返済で納得させ、その他の債権者も小ない配当で泣き寝入らせた。普通に倒産するよりはいくばくかマシな提案をしたのだ。もちろん経営陣にはこれ以上無いほどの辛酸を舐めてもらった。

 行政には出来ないような強引な手法で隠し財産を吐き出させ、何人かは背任や横領等の罪で刑務所に行ってもらった。その房前工務店が今手がけているビル工事現場だ。

「というわけで棟梁、こいつら頼む」

 これが噂の株主かと美世を畏怖を持って見つめていた現場監督はヘルメットを脱いで頭を下げながら言った。

「はい、出来るだけの優遇をしますので安心してください」

 美世は顔を顰めた。

「はあ?優遇とかすなトコトンしごいて現実の厳しさ教えたってくれ」

 美世がチラリと監督の名札に目を落とした。

「三村さん」

「は、はあ、そうですか」

 鬼のような伝説が列挙される美世に対して言葉通りの解釈が難しくて現場監督は混乱した。

「しかしこいつらとにかく金が無い、しばらくは日払いにしてやってもらえんやろか、そやないと三日後ぐらいには飢え死ぬ、無理を承知で頼む」

「わかりました」

 美世は三人に向き直ってにっこり笑った。

「期待してるで、働いて報酬を得て、堂々と食う喜びを知ってくれ」

 人心を操作するのは美世の得意とする所だ。この頃になると三人は美世の言うなりだった。タコ部屋送りのような扱いに目を輝かせて即答した。

「はい、頑張ります」

 働く気はあったのだ。ただ世間に受け入れられずにやさぐれていただけなのだ。


 一ヵ月半ほど経ったある日、美世は三人に呼び出された。安さとそこそこの品質が売りの焼肉店。美世が座敷に案内されると先に来ていた三人が起立した。美世はにこにことする三人の顔を見て

少し動きを止めると。自らもにっこりと笑った。

「誰も脱走せんかったか、ええ顔になったな、男の顔や」

「あざっす!」

 三人が角度のある綺麗な礼をした。今日呼び出したのは他でもない。初めての給料を貰って涙が出るほど嬉しかった三人は道を教えてくれた美世にお礼の意味でご馳走したいとの申し出だった。

「はあ?いちびんな、ウチに奢るやなんて100億光年早い、今日ももう食べれませんゲームや、ウチが注文するからそれ全部食えぇ、食えんかったらバツゲームや」

 早口でそう喋りながら小上がりに座ると靴を脱いで回転しながら足を掘りごたつに納めた。

「あの、ムリゲーじゃないっすか?」

 そういう青島の言葉には耳を貸さず、中腰に立ち上がって上座へとジェスチャーをしている村上を無視し、美世がテーブルの対角線に手を伸ばして呼び鈴を押した。

「はいスタートー」

 

 次々と大皿が運ばれて美世の処刑が始まった。食べ盛りらしい食べっぷりに美世は楽しそうに焼き係りをする。美世の観察眼は鋭い。焼き始めて10分もすれば三人の好みを把握した。

 食べるスピードに合わせて肉を投入し、焼き網の三方向で放射状にそれぞれの好みの焼き上がりになるように焼いていく。タレが少なくなってくると、伸びてくる三人の箸をかわしながら

素早くタレを注す。それゆえ三人の手と口はひっきりなしに動いた。そんな忙しい三人に容赦する事無く美世は質問を浴びせかけた。中学校の時はどんな事をしていたか、家族構成

今興味のある事、将来の夢。三人はハムスターのように膨れた頬をもごもごと動かしながら篭った声で答えた。ざっくりと分析すると、三人とも普通の核家族、中学では勉強嫌いの健全な不良。

 そして……夢は無い。

 しかし会話の中でのっぽの愚鈍少年速水哲平がずっと言いたかったらしく、変なタイミングで突然言った。

「美世さん、100億光年は時間の単位じゃなくて距離の単位っすよ」

 笑顔を消してポカンとした美世を見て速水は萎縮して俯いた。しかし美世はにっこりと笑うと満足げに言った。

「その通りや哲平、お前なかなか見所あるな」

 しかし美世は余裕の表情で言った。

「そやけどな少年、光の速度で100億年かけな追いつけん距離におんのやから同じ事や」

 速水がはっとして顎を落とし、ぽっかりと口をあけた。

「時間は距離、距離は時間や、しかし心配すな、そのためにワープがあんのや」

 速水は一転して目を輝かせた。


 そして40分後。

「もう無理っす」

「またか、お前ら根性無いのう」

 リーダー青島が言う。

「いやこのゲーム、ルールに致命的な欠陥が…」

「バツゲーム!」

 三人はがっくりとうなだれた。

「今度は何すか」

 美世はまた身を低くしてジロリと睨んだ。

「お前ら高校行け」

 予想外の言葉に三人はぽかんとした後、それぞれの表情を確認するようにキョロキョロとした。

「中卒はあかん、せめて高校ぐらいは行く必要がある、なんでやと思う」

 三人は辟易とした表情になった。もう聞き飽きたといった表情でリーダー青島が言った。

「世間の評価が違うとかちゃんとした人間はーとか将来結婚する時にとかそういうのでしょ」

「そんなしょうもないもんちゃう」

 三人は不満そうな表情を消して疑問の表情になった。

「学歴は金になる」

 意外な答えに三人は固まった。

「よろしいか、お前は世間の評価って言うた、あながち間違いではないけどもピントがずれてんねん、評価が高いっていうことは自分の値段が高いって言う事やねん、値段が高いやつは自分より値段が

安いモンを食う側に回る、中卒っていうのは今の日本においては一番値段が安い、当然食うか食われるかで言えば食われる側の立場や、食われとったら金は儲からん」

 美世はゆっくりと顔を動かして三人の目を見た。

「数式を覚える、科学を学ぶ、文学をたしなむ、教養の一個一個が金やと思え、それを積み重ねて学校を卒業する、そうすれば卒業証書がもらえる、その後は全部忘れてまえ、卒業まで頑張ったらええねん

お得なのは学歴だけやないで、より高いレベルに身を置いたらそのレベルのコネクションができる、上のもん同士が手を組んで雪だるま式に有利な立場になっていく事もあるんや。今のお前らでは雪だるま

式に底辺のコネクションができるだけや」

 美世の視線が三人の顔を何度も往復する。

「たった3年や7年頑張るだけでその後の人生で稼ぐ金が変わるんやで、そら運が悪かったりチョンボかます事もあるやろうけど確率の問題や、やる気があったらお前らみたいなアホでも卒業できる学校はある」

 何か途中から怪しい講座みたいになってきたが美世は三人を思って必死で訴えかけた。訝しげな顔をする三人の中から美世は速水を見据えた。

「お前、宇宙とかに興味あるんか」

 速水は何も言葉を発する事は無かったが、その表情が答えていた。

「ほな宇宙行けや、行けんでも筑波でロケットのネジ回す人にでもなれや、好きな事して金稼ぐてどう思うねん」

 速水は混乱して答えに窮している。

「やれやぁ!男やろ!」

 美世の尻叩きはDNAに刻まれた天性の技だ。近所のおばちゃんが多少無理な要求をしているような感覚が天上界であった世界をぐっと引き寄せたような錯覚に陥る。速水の顔から徐々に困惑の色が消えた。

「できたら親に相談して今からでも高校行かせてもらえ、世間ではお前らみたいにカツ上げしたり、強盗や詐欺とあの手この手で必死に金を集めようとしてんのに、金出してくれって頼んだら

出してくれるのなんか親だけやで、オレオレ、オレだけどって言うたら金出してくれるで」

「それ詐欺の常套句じゃないっすか」

「うるさい黙れ、コストパフォーマンスや、学歴を手に入れるって言う事は小額の投資でより多くの金を得る最も安全な商売法なんや、立ち回り方によったら能力も無いのにええ位置に行けるし

中途半端な詐欺よりよっぽど詐欺や、しかもそれが合法でそれが社会なんや、今のお前らにはそのスタートラインに立つ資格もないんやで」

 困惑する三人に美世は肘を突いて斜に構え、顔を伏せ気味に上目遣いで睨みつけた。

「お前らまさかその若さでもうレールから外れたから終わりやとか考えて無いやろな、レールぐらい一本隣に自分で引いたるわいぐらいの気概は無いんか」

 鋭い視線が再び宇宙男の速水に振られた。

「どなんや哲平!」

 速水は益々その気になって最初のボサっとした顔から完全にやれる男の顔になっていた。

「自力でやる気があるんやったら教えたってもええし、親に言うて予備校や塾に通わせてもらうのもええ、決して悪い顔はせんはずや、あと10ヶ月、参考書を札束と思て頑張って

マトモなレベルになったらウチが私立にネジ込んだってもええで」

 速水以外の二人は美世の言う事が現実離れしすぎて何が起こっているのかわからないと言った表情だったが美世がさらに追撃した。

「これがワープや、そして紹介できる学校は去年までミッション系の女子高やったから半分以上は女子やで」

 三人ははぼんやりと空中を見つめて薄笑いを浮かべた。野郎共には女子集団の恐ろしさがわかっていないがそれでいい。どうやらやる気にさせる事に成功したようだ。

 

 その後1ヶ月ほど、暇を見ては仕事終わりの三人にファミレスで勉強を見てやった。幸い思ったほど酷くは無く、平均して中学二年で遊びが面白くなってついていけなくなったという程度だった。

 途中からは三人の幼馴染だという高一女子や、距離を置いていた友達も先輩面で参加してきて、いい具合に苗代が育っていった。美世がスタートを見守ったのは洗脳を維持するためだ。

 一種の宗教のように三人のマインドコントロールをしたのだ。やがて三人は美世に促され、全員一緒になってそれぞれの親を熱く説得し、予備校を経て高校受験をする事に

納得させたようだ。


 ある日美世は房前工務店現場ビルの下で、いい具合に体の出来上がった三人の鳶を並べて手の甲でバシっと胸を叩いた。

「棟梁、あの三人来れんようになったから代わりにこいつら置いてくわ」

「はい?」


 再び無職となった三人は有り余る時間を無意味な徘徊等ではなく受験生として、受験生たる勤めに全力で励んだ。美世も電話やSNSでの洗脳工作で支援した。

 順調に学力をつけつつあったある日、美世の推す元女子高は元々偏差値がレベルに合わず、分不相応だと三人とも美世の助力を辞退してきた。自分で闘う事の価値に目覚めたのだ。

 思わぬ真人間の仕上がり具合に美世は笑顔が止まらなかった。しかし人生は思ったように行かないもの。長い戦いの末、三人の挑戦の結果青島と村上は公立高校に落ち

 元々理数系に強かった速水だけが高等技術専門学校に合格した。落選組みはまだまだ余裕とばかりに次の発表を待った。しかし予備校の予測では五分五分だった私立にも

二人して滑ってしまった。ネットで監視をしていた美世はすぐに動いたが、案の定二人は行方知れずになった。しかし抜かりは無い。

 電話に出ない二人に美世はメールを送りつけた。あらかじめ仕込んでおいた偽装ウィルスのキーとなるスクリプトを送りつけたのだ。携帯側も対策アプリが入っていれば

不適切なアプリが発動した事を検知したはずだが発動と同時に管理者権限も奪ってしまう構造なのでブロックは出来ない。三人がまた道を踏み外した時の保険だった。

 青島と村上の位置が地図上に示された。それを見て美世は溜息をついた。

 みんなで勉強会を開いていたあのファミレスだ。


 ファミレスに着いて静かに歩いていき、二人が向かい合っている席まで来ると、二人は情けなさそうに美世を見上げた。その様子を見た美世は溜息をついた後、ドカリと席に座り

青島を腰で突き飛ばして奥にやった。正面の村上をじっと見るとぱっと目を伏せた。振り返ると青島も同じように目を伏せた。ここに来て心が折れてしまったのかと思った美世は

どう料理してくれようかと思案した。しかし最初に口を開いたのは青島だった。

「あの、すいませんでした」

 意外な言葉にもう一度青島に振り返るとおずおずと喋り始めた。

「あんなに勉強見てもらって励ましてもらったのに」

 絶望してやる気を失っているわけではない。まだ折れていないと判断した美世は軽く微笑んで言った。

「第1ラウンドはとられたなぁ、こらセコンドの責任や」

 ちらりと視線を上げた二人を交互に確認した美世は続けた。

「ええ戦いっぷりやったやないか、路上で腹減らしてカツ上げしとったお前らが立派に戦えたやないか、人生はまだこれからやで、あと何十ラウンドかはあるうちの1ラウンドとられただけや

金儲けは始まったばかりで、まだまだ投資額として損はしてない」

 一瞬複雑な笑みを浮かべそうになった二人だが、やがて笑顔を消してどんどん泣き顔になって行った。突然美世の声が厳しいものになる。

「ここでへこたれたら負けやで、また野良犬に戻りたいんか、悔し無いんか」

 黙って肩を震わせる二人に追い討ちをかけようとした。

「くやしいない…」

「悔しいっす!」

 言葉を遮ってボロボロと涙を流す青島を美世はじっと見据えて言った。

「ならまだ負けてない、お前はまだまだやれるで」

 青島の情けない泣き顔がどんどん怒りの表情になる。村上も同じだった。それは自分への怒りに違いない。

「泣きたいんやったら気が済むまで泣け、ほんで休息をとって次の戦いに備えるんや」

 いつの間にか入店していた速水が近づいてきて申し訳なさそうにすっと座った。なんとも複雑な表情をした二人だが唾を呑みながら喉を整えた青島が言った。

「改めておめでとう、俺らもすぐに追いつくからな」

 村上も頷いている速水を見た。その様子を見ていた美世がすっとテーブル中央に手を出すと、意味を理解した青島が手を置いた。続いて村上が置く。その様子をちらちらと見ていた速水の手を

村上が荒々しく取った。

「お前は宇宙を目指すんだよ!」

 四人でお互いの表情を確かめながら頷いた。

「勝負はこれからや、ええな」

 三人が声を揃える。

「はい!」


 恐らく脱落組は暫く泣いたろうし、速水は嬉しい反面複雑な気持ちを割り切るのに苦労しただろう。しかし二人は来年に掛けると意欲を燃やし

両親達も協力を快諾したようだ。その報告を受け、それぞれの親に電話口に立ってお礼を言われた。お噂は兼々という言葉に美世は苦笑いした。最初の頃、受験について親の反応はどうかという美世の

質問に、ある一定の範囲の会話を避ける三人を見て、なるほど親達が得体の知れない女が見え隠れして心配しているのだなという事は容易に想像がついた。

 一度食事にでもという申し出に本気の空気を感じつつ社交辞令への対応をした。リビングで会話を終えて電話を切った美世が悦に浸っていると、鷹山が半笑いで視線をやって言った。

「お前も酔狂なこったな、暇なわけじゃないのにカツ上げ少年の更生ボランティアとはな」

 美世が一瞬むっとしたが一瞬考えて噴出した後、にこにこと笑いながら言った。

「人の事言えるんか、ウチにはトモ兄がおったから大丈夫やってん、あの子らには誰もおらんかったから道に迷てもただけや、誰かがちょっと手ぇ貸してやったら大丈夫やねん」

 鷹山はぽかんとしたが呆れたように笑って目を逸らした。

「そうか」


 後に速水は宇宙開発技術分野で、合成開口レーダーや宇宙望遠鏡に強い部品メーカーに就職して夢を追う事にした。

 遅れ馳せながらも高校に入学した青島と村上はさらに高みを目指して大学受験を目標にした。だからと言って速水のように夢があるわけではない。理由は当然『学歴は金になる』からだ。


「なあ、トモ兄」

「なんだ」

 美世は少し躊躇して目を泳がせながら言った。

「ウチはトモ兄がいたから大丈夫やってん」

 突然の告白に鷹山はポカンとしたが、そのままじっと美世を監察した。チラッチラッと鷹山を見ていた美世が切れた。

「なんかゆえやあ!」

 鷹山は爆笑した。

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