第8話 魔法の可能性
結局、夕食を食べたら急激に眠気が来たのでそのまま寝てしまった。よく考えたら子どもは寝て育つものだ。
掃除が終わったあたりから眠気はあったが、魔法の練習をしたかったので寝なかった。この生活が成長に影響を与えないだろうか。
……まぁそのとき考えればいいか。
昨日も掃除をしたので今日はあまり時間をかけずに掃除を終わらせた。
これからは魔法の時間だ。
さて掃除中も考えていたが、やはり水を床に這わせるというのは無理がありそうだ。8の字であればイメージできるが、床のあちこちを通るようなコースを思い浮かべるというのはなかなか難しい。
何もない床ならできるかもしれないが、椅子や机、ベッドや物があるので思い浮かべる経路は複雑になってしまう。
だから、アプローチを変えることにした。水を作って洗って綺麗にするのではなく、綺麗になったという結果を魔法で作り上げるという方法だ。
実際にやってみたいが、掃除後なのでだいだい綺麗だ。なにかわかりやすいものは無いか……。あ、掃除に使っている雑巾でいいか。
というわけで被検体は雑巾に決定した。続いてはどう詠唱するかだが……。詠唱というのはイメージと言葉の選択が重要なはずだ。
なるべくイメージに当てはまる言葉を選ばなければいけない。今持っている雑巾についている埃や砂が無くなった雑巾を思い浮かべる。
「<汚れを落とし、清浄を取り戻せ>!」
すると魔法が発動し、雑巾から汚れが落ちた。
そう、落ちた。
床には先ほどまで雑巾に付いていた砂などのゴミがあり、魔法が成功したことを主張している。しかし、これでは結局ゴミを片付ける必要がある。
そんな面倒なことはしたくないので、詠唱を変えることにした。
床に落ちたゴミを雑巾で拭き取り、再度魔法を使う。
「<汚れを消し去り、清浄を取り戻せ>」
魔法が発動して雑巾についた汚れが消えて、想像の状態を作り出した。
しかし魔法は本当に便利だ。
イメージと詠唱が合致すれば、なんでもできるのではないか?人を消すことだってできるかもしれない……。
その思考にたどり着いた瞬間、身体に悪寒が走った。
魔法があると知ってからは、便利な技術があるとしか思っていなかった。便利でもあるが、恐ろしくもある。
母さんが言っていたように軍事利用されていることを考えれば、前世の兵器よりさらに凶悪なものがあってもおかしくない。
しかも前世のように民主主義や人権の概念があるとは思えない。
この世界は……とても危険なのではないか?
詠唱をすれば誰でも魔法が使えるということは、誰でも魔法で加害できるということだ。人間がそんなお手軽な力をもっていたらどうなるか……想像は簡単だ。
レナータが魔法を教えるのにあまり乗り気ではなかったのも、こうした背景があったからだろう。今後は、攻撃魔法や防御魔法も考えるべきかもしれない。
だが、家から出ることはほとんど無いしとりあえずは掃除魔法だ。実験が成功したので、魔法を部屋に使ってみよう。
部屋の汚れが消え、綺麗になった姿を想像する。
「<汚れを消し去り、清浄を取り戻せ>!」
魔法を発動した瞬間、いつもの感覚が駆け抜けた。
しかし、いつもより強く、さらに身体から確実に「何か」が抜けた感覚がした。
「なっ……!」
不快な感覚に声が漏れ、思わず床に膝をつく。冷や汗が吹き出し、心臓が激しく動いているのがわかる。
「なんだこれぇ……」
あまりの出来事に頭が混乱している。気分が悪い。息が荒くなり手足が震え、力が入らない。ついには床に倒れこんでしまう。
やばい、目も見えなくなってきた。死ぬ。
どうしてこんなことに……。まだ新しい人生が始まって2年しかたってない。ああ、外の世界を見ずに死ぬなんて嫌だ。
生まれてまだ何もしていない。
短い人生だったな……。
…………あれ?生きてる。
どのくらい寝ていたのかはわからないが、死んではいないようだ。気分の悪さも無くなり、身体に力も入る。
「なんだったんだ……?」
あんな感覚初めてだ。だが、原因は明確だ。
「魔力の使い過ぎか……」
以前レナータが言っていたが、魔法を使いすぎると意識を失うことがあるらしい。だが、あんな死にそうになるなんて聞いてないぞ。
でも魔力が無くなるまで使った魔法はどうなったのだろう。部屋を見回してみる。
「たしかに……きれいになった……かな」
正直、あんまりわからない。
もともと家自体が古いのもあり、明らかに効果が出たわけではない。しかし、床や壁のくすみというか古さは若干軽減されている。
雑巾から落ちて取り損ねた砂も消えているようだ。まとめると魔法は成功で、魔力の消費がネックということだ。
「つかれた……」
部屋全体が綺麗になったのはいいことだが、俺の精神ダメージが大きい。前世の最期はいわゆる即死で、覚えているのは衝突した衝撃くらいだ。
しかし、今のはなんと言うか、命を失う恐怖を感じた。まるで全身から血が抜かれるような寒気と、思うように動かない手足。身体が思い通りに動かないというのは、自分でも驚くほどとても恐ろしかった。
思い出すと体が震えてくる。他の部屋に使うのは無理そうだし、今日はもう昼寝しよう。
そう判断して、掃除道具も片付けずに自分のベッドに寝ころび目を閉じた。