第6話 母の実力
「えいしょうって?」
「詠唱って言うのは、神様に向けて『こうゆう魔法を使うので、力を貸してください』ってお願いすることよ~。神様の力を借りるから、あまり魔力を消費せずに魔法を使えるのよ~」
へぇ~神様ねぇ~。いきなり胡散臭くなってきたな。そもそも神はいるのかとか、居たとしてもいちいち人に力を貸してくれるのか、誰が言いだしたか等々気になることはあるが、一番重要なことだけ聞こう。
「かみさまってほんとにいるの?」
「一般的には居るということになっているわよ~。神を崇める組織だってあるし、昔の本にもよく出てくるから、居るのではないかしら~?ママは見たことないけどね~」
まぁそんなものか。前世でも神の存在証明はできてないし、居ると思って生きた方が心の平穏につながるのかもしれない。信じる者は救われる、だ。
「えいしょうってどうやるの?」
「基本的には、使いたい魔法を思い浮かべながらその魔法に関連する事を口に出せば使えるわ。こんな風に、<火よ灯れ>」
そう言うと、先ほどのようにレナータの人差し指から火が出る。聞く限りはとても簡単そうだ。しかし、ベテランが簡単そうに言うことはまったく信用できない。
「さっきはそんなこといってないよね?なんで?」
そう、先ほど見たときは何も言わずに魔法を使っていた。昨日のコップに水を入れるときもそうだ。
「あ、あれは3番目の方法なのよ~。エドには早いから、詠唱しましょう~?」
まぁ、いいか。
どうせ3番目の方法は、前世でいう無詠唱ってやつだろう。そんな簡単にできると思えないし、おとなしく基礎からやっていこう。
「<ひよともれ>!」
真似をして人差し指を立てながら詠唱するが、火はでなかった。やはりそう簡単にはいかないようだ。
「ただ言うだけじゃだめよ~。ちゃんと指から火が出るのを思い浮かべながら言わないとね~」
確かにさっきはそこまで意識していなかったかもしれない。
次はイメージを固めてやってみる。
(右手の人差し指から火が……、ライターのように……)
「<ひよともれ>」
すると何とも言えない感覚が体を駆け抜け、立てた指にゆらゆらと灯る火が現れた。
「すっげぇ!!!」
なにせ本当に指先から火が出ているのだ。もちろん種も仕掛けもない普通の指だ。
「すごいわね~!2歳にもなってないのに魔法を使っちゃうなんて~。……それともみんな使えるけど教えてないだけなのかしら~?」
そうゆう冷静な事は言わないでほしい。いつものように親バカ丸出しで褒めればいいじゃないか。
「ねぇママ!他にはどんな魔法があるの?!」
「他?そうねぇ、これはどうかしら~?<清らかな水よ、我が元に来たれ>」
そう詠唱すると、手をかざした朝食の皿に水が少しずつ溜まっていく。これが昨日使っていた魔法だろう。
この魔法があれば、いつでも水が飲めて便利そうだ。
「さぁ、エドガーもやってみて~」
「<きよらかなみずよ、わがもとにきたれ>」
次は水が皿に流れ込む様子をしっかりと思い浮かべながら、詠唱をする。
すると、手をかざしていた皿に少しずつではあるが水が溜まっていく。
「できた!」
「よかったわ~。初めてでこの調子なら、もう少し練習をすれば掃除をエドガーに任せても大丈夫そうね~」
「え?そうじ?」
「あら~、だってエドガーは家事を手伝ってくれるのでしょう~?うふふ、まさか忘れていたの~?」
そうだった。そういえばその約束で魔法を教えてもらっていたのだった。
「ううん!ぼくママのためにがんばる!」
「もう~本当にいい子なのだから~。ママ嬉しいわ~」
返事をしつつも、頭の中は魔法のことでいっぱいだ。イメージではもう少し水の量が多かったのに、実際に出たのはその3割ほどだ。皿から溢れないように少なめにイメージしていたが、明らかにそれを下回った量がでている。
それはなぜなのか?もしかして、上限が存在するのだろうか?
「ママ、まほうのみずってどのくらいだせるの?」
「それはその人の努力次第……つまり、どのくらい練習したかによるわ~。ママは沢山だせるわよ~」
「それってどのくらい?」
「う~ん。口で説明するのは難しいわ。見てもらうのが早いと思うけど~」
「みたい!」
百聞は一見に如かず、だ。やはり実際に見るのが一番だろう。
「じゃあ、外に行きましょうか~」
母にレナータに手を引かれ、家の外に出た。家は村から少し離れたところに建っており、視界を遮るような目立ったものは特にない。村の反対を見ると緑の草原が遠くの山まで広がっていた。
少し見晴らしが良すぎる気がするが、平野の田舎はこんなものかもしれない。
村の近くには畑があり、ちらほらと人影が見える。我が家の小さな庭に着き、レナータがこちらをみる。
「それじゃあ、今からママが魔法で水を出すわよ~」
「うん!」
さて、わざわざ外に出るくらいだ。きっとかなりの水量を出せるのだろう。レナータは目を瞑って集中し、詠唱を始める。
「<水よ、我が手に集いて敵を流し攫え>!」
そう言って腕を前に突き出すと、手からすごい量の水……、例えるなら間欠泉のような量と勢いの水が噴き出した。
「ええぇ……」
正直引いた。
レナータの前の地面は放たれた水を吸収できず、ちょっとした川のようになっている。あの水量が自分に向けられたら、こんな小さな体は吹き飛ばされること間違いなしだ。敵がどうとか言っていたし、本来は戦闘で使われるのだろう。
「どうだったエド?ママはすごいでしょう~?」
胸を張り自慢げにいうレナータ。
「う、うん!ママすごいね!」
「でも、今のはママの本気じゃないわよ~。うふふふ……」
あれで本気じゃないのか……。
この人には逆らわないようにしよう。
「どれくらいれんしゅうしたらできる?」
「今くらいの魔法?そうねぇ~……、10年くらいかしら~?」
10年!?そんなに時間がかかるのか!?ちょっとめげそうだ。でも、よく考えればそんなものなのかもしれない。
今の魔法は素人目に見てもすごかったし、きっとレナータもそのくらいは修行していたのだろう。
「そんな顔しなくても大丈夫よ~。普通に暮らすならあのレベルの魔法を使うことなんて、まず無いもの~」
どうやら、気持ちが表情に出ていたらしい。
「ほらエドも魔法を使ってみて。でも、ママの真似してたくさん出しちゃだめよ~。エドの魔力が無くなっちゃうからね~」
「はーい!」
こうして、俺の魔法の練習が始まった。