第5話 魔法とは
前世の記憶が戻って二日目の朝。
まだ寝ているレナータを起こしてトイレに連れて行かせる。
フランクはすでに外出しているようだ。
「次の日にはできちゃうなんて本当にすごいわね~」
と言われたが、もう自分の汚物を人に拭かせるのはごめんだ。
朝食のオートミールっぽいものを食べ終わったところで、前日に話した魔法のことについて切り出す。
「ママ、きのうのはなしだけど……」
「ああ、魔法のことね~。教えるのはいいのだけど、約束してほしいことがあるわ~」
「やくそく?」
なんだろう、危ないから気をつけろ的なことかな?
「魔法はとても便利な技術なの。エドガーみたいな小さい子どもが外で使うと、悪い人が攫いに来るかもしれないわ~。だから、魔法は家でしか使っちゃダ~メ。そう約束してくれるなら、魔法を教えてあげるわ~。ママと約束してくれる~?」
言わんとすることは理解できる。
もしも、2歳やそこらの子どもが魔法を使うようになったらどうしても目立ってしまう。
それに目を付けた悪党が、自分たちに都合のいいことをやらせるために攫いに来るということだろう。
いや、もしかしたら人身売買ということもありえる。
俺もそうなるのは避けたい。つまり、断る理由など無いのだ。
「わかった!やくそくする!」
「う~ん。元気な返事だけど、ちゃんとわかってくれたのかしら~……」
魔法への好奇心から大きな声で返事をしてしまい、勢いで返事したと心配させているらしい。
「だいじょうぶだよ!もともとママのおてつだいなんだし!」
「そうね~。エドガーは賢い子だし、大丈夫よね~」
どうやら教えてくれる決心をしたらしい。
「それじゃあ~、ママの自由な時間のために頑張るわよ~!」
「はーい!」
「まず魔法というのは魔力を基に現象……、つまり昨日の水などを生み出すことができる技術のことよ~」
「ふーん。まりょくってなに?」
さっそく気になるのはそこだ。
一体どうゆうものなんだろう?
「一般的には人間や動物がもつ命の力だと言われているわ~。魔法を使いすぎると疲れるし、意識を失う……、急に寝ちゃうことがあるからそう言われているの~」
え、じゃあ寿命を縮めて魔法を使うのか……?普通に家事した方がよくない……?
「じゃあ、まほうをつかいすぎたらしんじゃうの……?」
「うふふ。確かにそう思っちゃうわよね~。でも大丈夫よ~。国の偉い魔法使いだって長生きしているもの~」
良かった……。
どうやら魔法を使ったから寿命が縮むというわけではないようだ。
しかしそうなると疑問が生じる。
魔力というのは人を気絶させるほどの影響を与えている。
それなのに寿命には影響を与えていない。それはなぜなのか……。
「ええと、それで、魔力を使っていろんなことができるの~。水を出したり~、火を付けたり本当にいろんなことがね~」
そう言ってレナータは人差し指を立て、指先から火を灯す。
どうやら魔法を使ってくれたようだ。
「すごい!かっこいい!!」
「あら~、かっこいいだなんてママ嬉しいわ~」
いや、本当にすごい。
なにせ指から火が出ているのだ。
前世の手品とは違い、本当に何もない所に火が出ている。
「ねぇママ、それってあつくないの?」
あまりにも平然としているので、ちょっと気になってしまった。
発火元(に見える)指は火傷したりしないのだろうか。
「もちろん大丈夫よ~。ほら、指に触ってみて」
レナータは火を消し、手をこちらに向かって伸ばす。
俺は恐る恐る指に触るが……。
「あつくない……」
レナータの指の温度は人肌で、先ほどの火など無かったかのようだ。
「魔法は使う人に対して影響を与えたりしないのよ~」
「へぇ~~……」
随分と都合の良いように聞こえるが、まぁこの世界ではそれが普通なんだろう。
俺のような子どもも練習すれば使えると言うのだから、魔法はかなり重宝しているようだ。
「そして!魔法を使うには大きく分けて3つの方法があるわ~」
「みっつ?」
「魔法陣という絵を使う方法、詠唱をする方法、そしてとっても頑張る方法の3つよ~」
前2つはともかく、なんなんだ最後の方法は。
まったく情報が入ってこないじゃないか。
「ママ、がんばるほうほうって……」
「頑張る方法はまだ覚える必要はないわ~。とっても難しい方法なのよ~」
だから全然わかんないのだが……。
まぁいいか。『まだ』と言っているのだ。そのうち教えてくれるだろう。
「さて、それじゃあ早速絵を使う方法を教えるわよ~」
「はい!」
いよいよ魔法が使えるのかと思うと、心が高鳴ってくる。
「じゃ~ん!これが魔法陣よ~!」
そう言って後ろから取り出したのは、丸められた茶色くくすんだ紙のようなものだ。
それには何やら丸や三角が組み合わさってできたような絵が描いてある。
「これは魔法陣と言って~、誰にでも魔法が使えるように昔の偉い人が作った絵よ~」
「誰にでも?」
「そう!誰にでも。つまり魔法を知らないエドガーにも使えちゃうすごいものなのよ~」
なんと、魔法の講義が始まってまだ30分も経ってないのにもう魔法を使えてしまうのか。
なんか急に魔法のハードルが下がった気がする。
「ちょっと待っててね~」
そう言ってレナータはなぜかキッチンからフライパンを持って来て、魔法陣の上に置く。
「ほらエド、この魔法陣の端に手を置いて、『熱くなれ~熱くなれ~』ってやってみて~」
話からすると、そうすることでフライパンが熱せられるのだろう。
つまり、コンロの魔法陣というわけだ。
俺は魔法陣に手を置いて、言われた通りにした。
「あつくなれ~~あつくなれ~~」
「うふふふ。本当に言わなくても大丈夫よ~。かわいいわね~」
お前が言ったんじゃないかと突っ込みたいが、今は魔法の方が重要だ。
しばらくそのまま待つ。
3分くらいすると、なんだかフライパンが熱くなっている気がしてきた。
両手がふさがっているので少し顔を近づけると、熱が顔に当たっているのがわかる。
「あつくなってる!」
「おめでとうエドガー!初めて魔法を使えたわね~!」
熱せられているフライパンと同じ魔法陣に手を置いているのに、火傷をしていない。
さらに、この薄さならかさばらないしとても便利だ。
前世で売り出したらきっとキャンパーにバカ売れだろう。
「魔法陣は誰にでも使える上に、魔力の消費がすごく小さいの~。便利よね~」
「すごいよこれ!」
もう本当にすごいとしか言いようがない。
科学でできないようなことを普通にやっているのだ。
昨日は文明が発達していないと思っていたが、もしかしたら前世といい勝負するのではないだろうか。
「でも魔法陣ってあんまり種類が無いのよね~。家事に使えるのってこれしかないし……」
「え……?」
「いや、2つ3つしかないってわけじゃないのよ~?ただ、魔法陣は物騒なものが多くて、家事には使えないのよ~」
どうやらこの世界も便利な技術はまず軍事利用されるらしい。
そして残念なことに、その技術を応用して庶民のために使うようなことはしないようだ。
それ故、庶民の生活が豊かだということもない。
やはり、文明的には前世の方が進んでいるようだ。
「ほかにはどんなのがあるの?」
「そうねぇ……。魔力を込めると時間差で爆発したり、魔力を込めて地面に置いておくと、踏んだときに
爆発したり。……あと少しの時間身を守ってくれるものもあるわよ~」
いやいや、完全に爆発物扱いではないか。
用途が明らかに手りゅう弾や地雷のそれだ。
「他にもあるけど、教えれるのはこのくらいね~。国が軍事機密に指定しているのもあるから、教えたら殺されちゃうわ~」
レナータはやれやれという動作をとり、ため息をつく。
なんて不穏なことを言うんだこの人は。
しかもどう考えても子どもに話すような内容じゃないだろう今の話は。
そこでふと気づいたが、今の話をすんなり受け入れては年齢的におかしくないか?
軍事機密など明らかに子どもが理解できる話ではない。
質問して「それ知りません」アピールをしよう。
「ママー、ぐんじきみつってなに?」
そう言うとレナータはハッとして俺に謝ってきた。
「そうよね~わからないわよね~。難しい言葉を使ってごめんね~。えっとね、簡単に言うと『偉い人が決めた、絶対にないしょの話』ってことよ~」
「なんでないしょなのにママがしってるの?」
なぜ、軍事機密を一児の母が知っているのだろう。
気になったので、素直に聞いてみる。
前世では素直に質問することなどできなかったが、見た目が幼児なのでとても気が楽だ。
「うっ。なかなか鋭いわね……。えっとね、ママは偉い人と知り合いなのよ~。だから知ってるのよ~」
「へぇーそうなんだ!ママってすごいんだね!」
軍の武装の詳細なスペックを知ることができるのはそれを作った人間や、使う人間だけだろう。
つまり、レナータはそういう人たちと知り合い……いや、もしかして軍人なのでは?
いつも家にいるから主婦だと思っていたが、育休とか、結婚を機に退職したのかもしれない。
そう考えると両親が何者なのかすごく気になるが……、今は魔法が優先だ。
「それで、ぼくはこれをつかってりょうりすればいいの?」
子どもに料理させるのは危険じゃないか?
確かに火は使わないが、フライパンとかは熱くなるし危ないだろう。
「料理は危ないからだめよ~。その魔法陣は火は出ないけど、食材を切るときに刃物を使うもの~。絶対ダメ。わかった~?」
「はーい……」
確かに幼さゆえに力が弱い。
包丁をしっかり握れるかもわからないし、やめといた方がよさそうだ。
「じゃあどうやってまほうをつかえばいいの?」
3つの方法のうち一つは汎用性が皆無で、一つは高難易度となっているため予想はたやすい。
「詠唱をするのよ~」
話全然進まないな。