【御神楽町の巫女―学園篇―】
秋月花澄。私の祖母である彼女の事を知れるかもしれない町――御神楽町。
この町で私は、新しい生活を迎えている。昨日は夜道で彷徨うという結末を迎えてしまったが、今度こそ大丈夫。……だと思う。
「んん~……!」
そんな事を考えながら、伸びをする私。先の事なんて考えても分かるはずは無いのだが、それでも未来の事を考えてしまうのが人間というものだ。
ただ分かっている事は――ここが祖母から貰った首飾りに刻まれていた御神楽町である事、そして私がその場所に辿り着いたという事。この二つが、私にとってのスタート地点であるのは間違いない。多分だけど……。
「……ん、しょっと」
制服の袖に腕を通して、私は首飾りを制服の下へと戻す。都内であれば一発で没収されてしまうけれど、この学院は多少の決まり事があるだけで明確な校則は存在しない。
緩いと思えば緩いけれど、私としては助かるから問題は無い。寧ろ首飾りを外さなくて良いのは、感謝したいくらいである。
「(新しい学校かぁ。友達作れるかな……)」
人と話すのは得意ではない。前の学校でも話し掛けるだけで数ヶ月掛かったし、まともに会話出来るまでにまた数ヶ月掛かった。
私と仲良くしてくれた子達の寛容さといったら、頭が上がらない。
「……よし、今日から頑張ろ!」
ペチペチと自分の頬を叩いて、気合を入れる。これから始まる新しい生活は、私の知らない事ばかりだろう。
「行ってくるね、おばあちゃん」
軽く自分の部屋を見渡し、私はそう言って外に出たのであった――。
昨日の夜。名前も知らない誰かに道案内をしてもらって、この寮に辿り着く事が出来た。
道に迷うのは何度もあったが、あれ程に恐怖心に襲われたのは生まれて初めて……いや、過去に一度だけあった?
「んー?」
思い出そうとしてみたが、引っ掛かるものがあるだけで思い出せる気配がない。
そんな事を考えてる間に、私は目的地へと辿り着いた。
「……ここが、御神楽学院」
小さな島国みたいな場所という理由もあり、私の想像では田舎にある木造校舎を想像していたけれど……ちょっと傷があるだけで綺麗な校舎だった。
二階建てとなっていて、渡り廊下で繋がっている体育館と別校舎があるのが目に入る。
木造部分が多少あっても、古びた様子はやはり見えない。なんというか、あれだ。
「なんか……田舎の学校っぽくない?」
私は考えた事が口に出てから、失礼かと思ってハッと我に返る。口元を隠しながら、周囲にチラホラ見え始めている生徒に聞こえていないか確認する。
どうやら聞こえていないようだったが、何人かの生徒がこちらに物珍しそうな視線を送っている。その視線から逃げるようにして、私は校舎の中へと早足で入って行った。
「……えっと、職員室職員室……」
昨日の夜。神社で行った際、寮への入寮手続きと一緒に貰った書類が入った封筒。この封筒を提出する為、私は職員室を探しているのだが……
「どうして?…….この校舎って、二階建てだったのに」
二階建ての御神楽学院。校舎の端は体育館か別校舎への渡り廊下があるぐらいで、その他に珍しい物は何も無い。何も無いはずなのにもかかわらず、私は今……再び迷子となっていた。
「朝のフラグ回収したぁ……これが誰かに知られれば、編入初日から方向音痴っていうレッテルがぁ」
「あのー……」
「はひっ!?な、なんでしゅかっ!?」
廊下の端でしゃがみ込んでる時、背後からの声にビクンと身体が跳ね上がる。心拍数的に言えば、グワンッ!って感じである。
「(ご、語彙力のなさ……)」
――と、とりあえず声を掛けられたなら反応しなくちゃ……。えっと、挨拶って何だっけ?
「は、はろー?」
――し、しまったぁー!何で英語を話せないのに英語で挨拶したの私!絶対変な子だと思われた!第一印象最悪じゃん!
「……?どうして英語なのか問いたい所ですが、僕は英語を話せないので日本語でお願いしたいですね」
「あ、……(昨日の人)」
「職員室を探してるっていう事で間違い無いですか?」
「え?どうしてそれを」
「いえ、知り合いからキョロキョロしてる見慣れない顔がいると聞いていたもので、もしやと思ったのですよ。案内しますよ、職員室はこちらです」
「あ、はい!」
私は彼にそう促され、その背中を眺めながら再び廊下を歩き始める。
「(な、何か話題話題……)」
「そういえばあなたは、本土から来たんでしたよね?」
「え?何で知ってるんですか?」
「編入生の噂は流れてますし、何よりあの神社は僕の家でもありますからね」
「僕の家……?」
「自己紹介が遅れましたね。僕は見島孝太郎です。あの神社…….御神楽神社は僕の家なんですよ」
「そうだったんですね……」
でもあの神社に着いた後、彼は私の前から姿を消した。というか何処かへ行ってしまったはずだ。
それなのに私の事を知っていたのは、手続き書類を確認したからだろうか。……なんか、釈然としない。
「じゃあ改めて、私は秋月花凛といいます。えっと、宜しくお願いします。それと、昨日はありがとうございました」
「良いんですよ。僕が勝手にした事ですし、昨日の夜から聞けなかった事を聞けますから。僕としては嬉しい限りです」
「聞くって……何をですか?」
私がそう問い掛けた瞬間、何やら真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。なんだがよく分からないが、思わずドキッとしてしまう私なのであった。
そして彼は、そんな真剣な表情のまま口を開いた。
「――秋月さん、都会の事を教えてくれませんか?僕はそれが気になります」
「…………」
私はドキッとした感情の行き場を無くしたまま、こうして学園生活が始まったのである。
――Next みかみこ!――