面倒事は嫌いなんだ
動揺する客を無視して、おれはコンマで思考を展開した。
レーテとかいうあいつは〈夜会水晶〉を姉貴の使いからぶんどった犯人で違いない。どっから来たのかはもう大体予想がついているが、今はそっちは後回しだ。
街で盗みを働く盗賊。市が立つ朝の時間は人混みに紛れられるから狙い目だ。〈夜会水晶〉は引かれ合うから、逃走する盗賊がやってくるはずだ、
時間は、ない。
「おい、さっきのあれお前の知り合いなんだろ!?」
「なんとかしろ!」
半狂乱の男がおれに掴みかかってくる。だがすぐにぎょっとして手を離した。目が死んでいる、と常々姉貴に評されているが、今視線で人を射殺せそうな程冷めているのは自覚していた。乱れた襟を軽く整えると、背負っていたブツを下ろした。こいつが宿の中に取り残されなくて本当によかった。
するり、と布袋を取れば真っ白な鞘に収まった剣が姿を現す。目立った飾りはないが、よく見れば不死鳥と虎の意匠が彫られている。細く息を吐いて、剣を抜いた。朝の太陽を刀身が冷たい光で跳ね返す。
「頼むぞ〈白虎丸〉」
小声でも応えるように雷が迸って石畳を打った。目にした者は驚き、運悪く巻き込まれた者は感電して尻餅をついた。
「面倒事は嫌いなんだ。さっさと終わらせる」
宿屋のドアに触れると、〈夜会水晶〉の霞の壁が幾重にも重なっているのがわかる。容赦なくそこに雷をぶち当てて解除。宿屋のドアから中に入った。そこは先程の宿屋と同じ景色だったが、作られたまやかしの世界だ。目を閉じれば魔法の壁が流動しているのがわかる。
(そこか)
目を見開いて要となる一ヶ所に雷を放って壊す。次いで四ヶ所、八ヶ所、十六ヶ所に。針の穴に糸を通すようなコントロールを、同時に多方向に行わなくてはならない。それでいて、威力を落とせば失敗する。
常人なら無理な芸当を演算を重ねてやってのける。それがおれに与えられた恩恵だ。
「ごめんな」
最後に謝罪の言葉を口にした。雷を纏わせた〈白虎丸〉を見えない壁に振り下ろすと、二つの破裂音が重なった。〈夜会水晶〉が粉々に砕けたのだ。レーテの持つものと、盗賊が持つもの。
明瞭になっていく視界にカフカとレーテが現れる。レーテは羽交い締めにされながも暴れ喚いており、カフカは盗賊に捕らわれそうになっているところだった。
最高傑作は確かに重要だが、その為に人が死ぬなら壊したって構わない。
突然現れたおれに驚いた盗賊が襲いかかって来るが、柄で叩き伏せ雷撃で気絶させる。カフカの方へ床を蹴ったと同時、甲高い悲鳴が響き渡った。
「いやぁぁあああああ!!!!」
それは紛れもなくカフカのもので。
瞬間、その小さな影から白いものが立ち上って一閃、盗賊を弾き飛ばして壁に叩きつけた。おれは唖然としてその場に立ち尽くした。
「お前、今……」
問おうと思ったが、カフカはその場にふらりと倒れてしまった。そしてなにごともなかったかのような静寂がその場を支配した。