朝焼けの庭
古紙の香りの図書塔から久しぶりに出たあの日、雨上がりの濃い匂いがしていた。
朝焼けの空は残酷なくらい晴れているが、中庭の花畑を突っ切って行くと露が足に降りかかる。少しばかり愉快になって花を蹴散らすように歩いて行くと、目的の人物が見えてきた。向こうもこちらに気づき、赤い唇で笑みを作った。
「来たな」
風が吹き、ひとつに括った赤混じりの金髪が揺れた。エイル・ディグリース。おれの姉貴だ。その赤銅色の瞳があまりにも真っ直ぐこちらを見ているので、ばつが悪くなって目を逸らす。
その先に、思わぬ者がいた。つい指差して訊いてしまう。
「それは?」
それはさっと姉貴の後ろに隠れた。姉貴はやれやれと肩を竦める。
「弟よ、お前の為にわざわざ早起きした姉に労う言葉もなくそれか」
「時間を指定したのは姉貴だろ。おれの方こそ労ってもらいたいね。で、それは?」
もう一度指差すと、それの隠れきれていない蜂蜜色の髪に姉貴が手を置いた。
「カフカ・エファランド嬢だ。お前にはこの子を連れて旅に出てもらう」
「はあ?」
今まで生きてきた十八年で最も不機嫌な声が出た。姉貴はくっくっと笑うと、仰々しく王女の印が押された手紙を渡してきた。
「お前はこのディグリース小魔法王国で一番強い魔法使い、国家第一マジェスターだ。可憐な少女一人守るくらいはできるだろう?」
「おれが言ってんのはそうじゃねえよ」
「あ、言っとくけど手を出すなら責任はちゃんと取るんだぞ」
「おれはロリコンじゃねぇ!」
「さて、冗談はさておき」
やっと真面目な顔になったので不服だが黙ってやる。すると重い声音で話し始めた。
「今回の任務は長くなるのは承知しているが、いつまでもお前を国外でふらふらさせておく訳にはいかないのでな。より迅速に任務を遂行するために助っ人を用意した」
ここでやっと、後ろに隠れていた子どもを前に押し出す。たたらを踏んだ彼女は不安そうに姉貴を見上げた。
「カフカ嬢は星占の才があってな。百発百中、探し物ならお手のものだそうだ。闇雲に探し回るよりよっぽど効率的だろう」
「ふーん」
うちの国には占いで未来を予知し、助言をする水宮という施設がある。恐らくはそこの人間だろう。おれはあまり信用していないが。子どもを胡散臭げに眺めていると、ぱちっと目が合った。慌てて逸らされる。かなりの人見知りのようだ。
「納得いかなさそうだが、これは命令だ。カフカ嬢を連れて行かないなら相応の罰を下す」
「というと?」
訊くと姉貴はにっと笑った。
「もう国費でお前の望む本は買わん」
姉貴が言ったことを違えたことはない。溜息をついて、子どもに手を差し出した。
「行くぞ。おれのことはディーと呼べ」
声には出さなかったが、桜色の唇がおれの名を綴った。蜂蜜色の瞳がおれの手と顔を何度か行き来して、小さな手がおずおずと手ではなくロングコートの袖を掴んだ。姉貴が満足そうに笑った。
「さあ、行ってこい」
「へいへい」
おれたちは、こうして国を出た。
そういえば、海辺のカフカという題名のご本がありますよね。
カフカの名前はそこから取ったの? と思われるかもしれませんが、全くの偶然でした。このお話を半ばまで書いてから初めて目にしまして、「ちょww 偶然の一致ww」と思った次第です。
ホントです。