露店商
わざと一人称外してます。
ちょっと閑話的な意味合いが強いです。
「お嬢さん、本はいらんかね?」
声を掛けてきたのは露店商。お爺さんが言うとおり、麻布の上には辞典から絵本まで、様々な本が山積みにされていた。お爺さんはその中から一冊、山が崩れないように器用に引き抜いた。
「これなんかどうかね。『涙の童話集』。おや、童話なんて子どもっぽいって顔をしたね? いやいや、これは子どもの寝物語には似合わない、湿っぽい話を集めた童話集さ。大人の入口に立ったばかりの、お嬢さんみたいな人にぴったりの本だよ。値は……お嬢さんの小遣いひと月分でいい」
少し迷ってから、手持ちの硬貨を数枚お爺さんに渡した。途端に悲しそうな顔をされる。
「そうかそうか。お嬢さんも苦労しているんだなぁ。よかったらそこの栞、一枚選んで持っていきなさい。お金はいいから、よーく選ぶんだよ」
露店の隅にある欠けた花瓶。そこに色鮮やかな栞が数枚生けられている。じっと見つめて、緑色の栞を手に取るとお爺さんは「おや」と意外そうに声を上げた。
「桃色のじゃなくっていいのかい?」
頷いて小声で礼を言った。タイミングよく、名前を呼ぶ声が聞こえてきた。そちらへ走る。栞を挟んだ本を隠すように抱えて――