災厄の少女
さて、一段落したし次はどこへ行こうか。
と、そんな悠長なことを考えている暇はなかった。宿の部屋でうとうとしていると姉貴から通信が入ったのだ。
『やあ、弟。カフカ嬢に手を出していないだろうね』
「だからおれはロリコンじゃねーから」
毎度毎度言わなければ気が済まないのだろうか。もっとちゃんとした挨拶をして欲しい。
『それで、ちょっと急だが、一度戻ってきて欲しいんだ』
「本当に急だな。どうした?」
『ああ。実は、ステラが国境付近で目撃されたんだ』
「ステラだと!?」
急なはずだ。『災厄』と呼び表される敵国の突撃隊長がいるとあれば、防衛ラインを突破されかねない。あれは一人で戦況をひっくり返す女だ。あいつにはどんな戦術も効かない。おれか姉貴でないと抑えられない。
『同盟国のギルドランから前線銃士隊を援軍にもらった。軽く手解きしてやって欲しい』
「わかった。急いで戻る」
通信を切って息をつく。ふと気配を感じて振り返れば、カフカが目を擦りながらやって来ていた。
「起こしたか?」
「ううん。……あっ」
躓いて、ソファーに座るおれの胸に顔面から突っ込んで来た。受け止めると蜂蜜色の髪が湿っているのに気づく。
「おい、ちゃんと髪を乾かせ。風邪ひくぞ」
「めんどくせー」
「おれの真似か? 姉貴が聞いたら殴られるぞ。おれが」
しかし長い髪は確かに乾かすのが面倒だろう。火と風の魔法を組み合わせて乾かしてやると、腰に抱きついてきた。言わんこっちゃない。すっかり体が冷えている。
「楽ちん~」
「味をしめるな。おれがいつでも乾かしてやると思ったら大間違いだぞ」
忠告すると抱きつくのをやめて、腕の中からきょとんと見上げてきた。
「どういうこと?」
「大した手間じゃないから、旅の間は乾かしてやってもいい。だが、おれがいなくなったらその後困るだろう。というか、旅の間でもおれがうっかり命を落とす場合もある」
そんなの全く考えていなかった、という顔をしている。まあ子どもの認識なんてそんなもんだろう。と思っていたら、がばっと抱きつかれた。さっきよりもぎゅうっと力がこもっている。
「やだ!」
「あのなあ、おれだってそうそう死んでやるつもりはないからな?」
「やだ!」
その後もあれこれ諭したが、「やだ!」の一点張りだった。だが、気持ちはわからなくもない。おれもそうだった。いつまでも一緒にいると信じて疑わなかった人間が、目の前から突然いなくなる恐怖はとても一人で抱え込めるものではない。
――本ばっかり読んでいるとモヤシになるぞぉ?
そうやって散々おれをからかっていた彼女は、おれの立てた作戦で命を落とした。無機質な数字で報告されていた数多の戦死者の中に彼女がいた。
そんな昔のことを思い出したせいかもしれない。気がついたら「仕方ないな」と口走っていた。
「ディー?」
「カディルワースは寒いからな。しばらくくっついて暖をとっていいぞ」
誤解されるようなことはなるべく避けていたのだが、暖をとるくらいいいだろう。カフカは嬉しそうに思い切り密着してきた。手先は冷えていたが、子どもの体温は温かい。おれもうつらうつらとそのうち舟を漕ぎ始めた。
これでリモーナ編おしまいです。
そういえば恋愛感がまるでゼロですねぇ……でも距離感としてはまだこんなもんだよなぁ……。
時系列だと次はよいこのしおり編になる……と思いますきっと!