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知識の箱の最高傑作  作者: 佐田祐美子
リモーナ
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大嫌い




 サーストンは一瞬目を見開いたかと思うと、物凄いスピードで駆け出して行った。それは想像通りだったが、速度が想像以上だった。


「行くぞ、カフカ」


「へっ?」


 ポカンとしたカフカの手を引いてサーストンを追う。同時に風魔法を高速で詠唱する。するとカフカがふわりと浮き上がった。


「ひゃっ」


「我慢してくれ。サーストンに追いつけなくなる」


 なぜか魔法を使って走っているおれよりもサーストンの方が速い。フェーニス家に到着した時には、金属でできた門は傾いていて、サーストンが通過した後だとわかる。緊急事態なので断っている余裕もなくフィオナの部屋へ向かった。


「死ぬなー! 早まるなフィオナー!」


「ちょ、勘違いしないで!」


 開けっ放しのドアから喚き声が聞こえてくる。部屋に踏み込めば、バルコニーで二人が取っ組み合いをしていた……というか、フィオナの腰にサーストンが抱きついていた。


「アホか」


 おれは若干げんなりしつつ、魔法でサーストンを引き剥がした。フィオナは肩で息をしながら佇まいを正す。


「はあ、はあ……ありがとう。で、サーストンがこんな愚行に走った理由を聞かせてもらおうかしら?」


「それはフィオナが死のうとしてるからっ」


「サーストンは黙ってて」


 ギロ、とフィオナに睨まれサーストンが黙る。そして視線でおれに説明を促した。


「そうだな。自殺っていうのは少し違うな。生きていたくないって言った方が正しいか」


 ふ、とフィオナが笑う。化粧で隠してはいるが青白い顔で。


「そうね。弟が生まれて、私が必死に身につけていたものは全て無駄になったわ。じゃあ私の今までの人生ってなんだったのかしら。必要とされない人間なんて要らないじゃない。でもね、こんな卑屈なことを考えるのはきっと私が悪いのだと思うの」


 仮面のような笑顔を貼りつけて、笑う。


「私、自分が大っ嫌いなの」


 誰にも必要とされないなら消えてしまいたい。

 淡々とした告白にサーストンとカフカが言葉を失った。おれはやっと理解する。いっそ誰か殺してくれと、ずっと思っているのはおれも同じだった。だからフィオナの言葉を否定できなかったのだ。わかってしまえばそれは箱の中に閉じ込めて、見ないフリをすればいい。おれは同じように淡々とフィオナに接する。


「その想いが最高傑作(マスターピース)を歪ませたんだな」


「え?」


「最近手に入れた物の中で、栞、ぬいぐるみ、ペンダントなんかはなかったか?」


 訊くと先にサーストンが「あっ」と声を上げた。フィオナはそれで思い当たったのか、ジュエリーケースからペンダントを取り出した。


「例えば、これかしら?」


 いくつもの色が混じった、ブラックオパールのペンダント。室内の光を浴びて赤い光が反射する。台の部分に彫られた緻密な模様を確認して頷く。


「ああ。最高傑作(マスターピース)、〈リモーナ〉だ。眠る時に願った夢が見られる。けど、生きていたくないという感情に引きずられて暴走してたんだ」


 あの影も、街に漂っていた大衆の悪意が変質したものだろう。感情というものは予測できない結果を時々導きだすから苦手だ。フィオナは小さく肩を竦めた。


「あらごめんなさい。今度から気をつけるわ」


 あくまでも平坦な物言いをするフィオナに、カフカが近づいた。おれによくやるようにきゅっと袖を引っ張る。


「ね、本当のこと言ってよ。辛かったんだよね? ずっとずうっと」


「……………。」


 カフカに見つめられ、眉が下がった。かと思えば、瞳が揺れる。


「……今も辛いわよ。独りでいるのは寂しいもの。な、のに、友達にまで、大っ嫌いとか、思ってもないこと、言っちゃうし。もう、本当に私は、私が大っ嫌い」


 声が震えて、はらはらと涙を落とす。おれはカフカの手を引いた。もう十分だ。あとはその友達に任せればいい。サーストンはフィオナの正面に回って、俯く彼女の顔を覗き込む。


「たかが一回大っ嫌いって言われたくらいで友達やめるかよ。そのペンダントも、違うの贈るからディーにくれちまえ」


 やっぱりサーストンからのプレゼントだったか。大方、剣を贈られた時のお返しだろう。フィオナは涙を拭って頷き、〈リモーナ〉をおれの手のひらに落とした。


 元々、夢見の悪い娘を心配して作られた最高傑作(マスターピース)が〈リモーナ〉だ。おれが引き取ることで一人の少女の安眠が約束されるとしたら、製作者も喜ぶはずだ。きっと……。




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