死兆
宿に戻ってカフカと昼食を摂ることにした。服は汚すと困るのでさっさと着替えてしまった為、カフカは少し拗ねている。しかし待っている間、荷物の底をちゃっかり漁っていたらしい。
「なんかもっとすごいお洋服あったね」
「あれ、見たのか……」
小リスのようにパンを頬張りながらうんうんと頷く。
「茜色の、宝石がいっぱいついてるやつ! あと刺繍が中にも外にもぶわーって」
式典用の正装だ。国家第一マジェスターであり、王族でもあるおれのちょっと……というか物凄く凝った魔法道具。あれ一着で城が建つくらいの値段はする。だがあれにはあまりいい思い出はない。話題を変えてしまおう。
「あれがいいなんてカフカもまだ子どもだな」
「こ、子どもじゃないもん……」
狼狽えて目を逸らすくらいだから、絵本の王子様が着ている服みたいだとか思っていたのだろう。子ども扱いしてしまえば、もう式典用の正装の話はできまい。
「それで、フィオナさんはなんて?」
そっちから話題を変えてくれるなんて好都合。おれは正装のことを頭の隅に追いやった。
「ああ、協力してくれるってよ」
ふとテーブルの木目に目をやった。言葉を失ったおれにフィオナは微笑んで言ったのだ。
『いいわ。協力しましょう? 正直、貴方が悪人だろうと知ったことではないの。ここ最近夢見がよくないの。最高傑作の影響っていうなら、なんとかして欲しい』
おれはそれを聞いてから夢に関する最高傑作をいくつか思い出していた。だがどれも効果が少し違う。正規の使い方をされておらず、思わぬ影響が出てしまっているのか……。
「おれの後にサーストンがフィオナに会ったようだから、話を聞かないとなぁ。呼んどいたから、待ってりゃ来るだろう」
サーストンはフィオナと付き合いが長いようだし、あのタイプは勘がいい。期待して待ちたいが、グラスを覗き込んだカフカが「あ」と声を上げた。
「どうした?」
「星、よく見えるようになってる。死兆がはっきり」
「それって――」
言いかけた時、待ち人がやった来た。なんだか悄気た顔で。
「フィオナさんとなにかあったのか?」
「……怒られた」
「怒られた?」
「ディーから話を聞いた後、フィオナを恨んでいそうな家に殴り込みに行ってたんだけど」
「ちょっと待て前提がおかしい」
「それがどこも空振りでさ。しかもフィオナの耳に入ったらしくて、大っ嫌いって言われた……」
商売は信用第一と聞く。勝手なことをされれば大打撃なのは確実だ。まあおれにとってはどうでもいいことだが。
「サーストン。他にフィオナを恨んでいる人間はいないのか。フェーニス家じゃなくてフィオナ個人だ。よく考えてくれ」
訊くと、サーストンはかっくんと首を傾げた。
「は? いるわけねぇだろ。フィオナは外面はいいからな。親友は俺くらいだと思うけど」
「親友だったのか?」
「俺はそうだと思ってる。フェーニス家にはフィオナしか子どもがいなかったから、後継者として厳しく育てられていたみたいだ。けど、最近弟が生まれたもんだから、親は弟につきっきり。フェーニス家の財産を狙ってデレデレしてた連中は、頭の良すぎる女は~って悪口言うようになってさ」
カフカがきょとんとしているが、視線で射て疑問を制した。国によって後継者制度が違うことを今度教えなくてはならない。その前に。
「カフカ、教えて欲しいんだが、今フィオナの星の周りに他に誰の星がある?」
「ん? サーストンさんだけだよ」
「それを早く教えて欲しかったな」
カフカの額を軽く弾く。額を押さえて目を白黒させているが、訳のわからない顔をしているのはサーストンもだった。
「あのなあ、フィオナを強く恨んでいる人間はいない。友達はお前だけ。じゃあフィオナを殺したいと思ってる人間って誰なんだろうな」
「わ、わかんねぇよ……はっきり言えよ」
おれはその後のサーストンの行動をいくつかシミュレートしてから、淡々と告げた。
「フィオナだよ。自分自身を殺したいんだ」