取りに来ました
青年の身元はすぐにわかった。
「凄いねあんた、サーストンを止めちまうなんて」
「悪いやつじゃないんだがな。喧嘩っ早くて」
「住所? 丘の上のデカイ家さ。見えるだろ、シリン伯爵家。サーストンはそこの次男坊なんだ」
「その物騒な忘れ物、早く届けてやんな」
その場にいた人や宿屋の従業員が色々教えてくれた。サーストンが町で遊び回って問題を起こすのはよくあることらしい。道理で避難が素早かった訳だ。
「すぐ行くの?」
部屋に戻ると、カフカが訊いてきた。おれは首を横に振る。
「いや、明日にしよう。お前も疲れているだろうし」
「そんなこと……」
「自覚はないかもしれないけどな、慣れない船旅で疲労は蓄積されているはずだ。久々の揺れないベッドを享受しとけ」
カフカはむくれたが、ベッドに横になった。少しすれば寝息が聞こえてくる。おれもくたびれたソファーで横になってうとうとしていたが、妙な気配を感じて目を開けた。窓からそっと外の様子を窺う。
「……ああ、なんだ。思ったより早かったな」
宿の入口付近でうろうろする人物を見て、おれは立て掛けておいた木箱を持ってそっと部屋を出た。入口に向かっていき、あちらが気づいたタイミングで「よう」と声を掛ける。青年――サーストンはなんともいえない表情で固まった。
「なんか用?」
とぼけてみせれば、「うっ」と小さく唸った。ばつが悪そうに頬を掻く。
「俺……さ、剣を忘れていっただろ……。あれ大事なやつなんだ……」
「大事なものなのに忘れていったのか」
「うるせぇ! 返してくれるのかくれないのか、ハッキリ言えよ!」
顔を赤くして怒鳴るので、おれは持っていた木箱を差し出した。サーストンが目を白黒させながら受け取り、蓋を開けて叫ぶ。
「魚臭っ!?」
「抜き身のままじゃあぶねーし」
サーストンの剣は大きな魚が入っていたという箱に入れて保管していた。手頃な箱をくれと言ったら、女将さんが持ってきたのだ。おれのチョイスじゃない。
サーストンは眉間に深くシワを刻みつつ、ちょっと魚臭くなったかもしれない剣を鞘に戻した。
「……あんた、名前は」
「ディー」
「うさんくさ」
「人の名前にケチつけるんじゃねー。というか剣を返したんだからもう用事は片付いたろ。じゃあな」
「待ってくれ!」
背を向けたら呼び止められた。振り向くと、「あー」とか「うー」とか唸りながらも口を開いた。
「あんたの彼女? の言ってたことで」
「ちょっと待て。お前が斬りかかったちんちくりんは彼女じゃない」
堪らず訂正していた。サーストンはぱちぱちと瞬いている。
「違うのか?」
「おれはロリコンじゃねー。……まあ、あいつの言ったことだったよな。それなら」
一度、言葉を切った。情報を引き出す為の情報を引っ張り出す。
「あいつの占いは百発百中。お前の大事な人、フィオナ・フェーニスはもうすぐ死ぬだろう」
サーストンは目を見開いた。当たりのようだ。シリン伯爵領で貿易を営むフェーニス商会、会長の娘。サーストンが彼女と親しいことは聞き込みして知った。
「……確かに、あいつは最近具合が悪そうだ。でも、大丈夫って言ってばかりで。もしお前達がフィオナの体調不良の原因がわかるっていうなら……頼む。フィオナを助けてくれ!」
勢いよく頭を下げる。今までサーストンに迷惑をかけられていた人間でも断れないだろう真摯さがあった。……それを見せられても心が全く動かないおれはつくづく壊れている。
「いくつか条件がある。それを呑んでもらえるなら助けてやってもいい」