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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
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Fランクから始めようっ!

「すまんがここで仕事を斡旋してくれると聞いて来たのだが・・」

ひとりの厳つい男が、冒険者ギルドの受付にてカウンター越しに受付嬢へ言葉をかけた。男の口調は見た目とは違い、とても丁寧で謙虚なものだったが、その野太い声に受付嬢は背筋が凍った。ここに来る者たちはみな一癖も二癖もある者ばかりだが、そんな荒くれたちを見慣れている受付嬢でさえその男の放つ雰囲気には恐ろしいものを感じたのだ。


「は、はい。ギルドのランクプレートはお持ちですか?」

受付嬢は何とか気持ちを奮い立たせ通常通りのやり取りを行なおうとした。しかしカウンターの下で見えないが、足はガクガクと震えている。用心棒として隅に控えている上位ランク者たちも男の放つオーラに気おされて声を掛けられない。

「いや、持っていない。必要なのか?」

「え、ええっ。ランクプレートは顧客の依頼内容と受注者の能力を摺り合わせるのに必要なのです」

受付嬢は男の機嫌を損ねないように言葉を選んで説明する。


「そうか、では何か試験のようなものを受けねばならぬのだな」

「は、はい!試験と言うほどではないんですが、中庭にて各職種に沿った能力を試すだけです」

「職種とは?」

「あの・・、そこからご説明が必要なのですか?」

「うむ、わしはちと田舎者でな。すまんが一通り説明して貰えるとありがたい」

「あ、だ、大丈夫ですよ!そうゆう方も大勢いらっしゃいます!ではここではなんですのであちらのテーブルでお待ちください。担当がご説明します!」

「うむっ、手間を掛けるがよろしく頼む」

そう言うと男は指定された椅子に腰掛けた。ここの椅子やテーブルは冒険者たちの荒っぽい扱いにも耐えられるよう頑丈な作りになっていたが、男が腰掛けると今にも壊れそうであった。その様子を見てその場にいた何人かの男たちは厄介ごとに巻き込まれるのはごめんとばかりに建物を出て行く。残った者たちも係わり合いにならぬよう距離を置いて知らん振りを決め込んだ。


そして受付嬢は逃げるように奥に引っ込と、そのままギルド長の部屋へ駆け込んだ。

「ギルド長!何かすごいのがやって来ました!ギルドの説明を求めています!」

受付嬢は興奮して早口に状況を説明する。しかしギルド長には伝わらないようだ。

「何だ?何をそんなに慌てているんだ」

「慌てもします!とにかく待たせていますから早急に対応してください!」

ギルド長の暢気な態度に受付嬢はイラつく。


「やれやれ、用心棒たちは何をしているんだ?こんな時の為の用心棒だろうに」

ギルド長はそう言いつつも腰を上げた。そして壁に掛けてあるマントを羽織る。これは張ったり用だ。ギルド長も体格は良い方だがこのマントを羽織ることにより更に厳つく見えるのだ。マントにはご丁寧に焦げ跡と刀傷を繕った跡も細工してある。今までこのマントを羽織ったギルド長の姿を見た者は大抵萎縮しすごすごと退散して行った。云わば要らぬ争いを事前に防ぐギルド長の策略である。


しかしその男の前ではギルド長の威厳も権威も霞んでしまった。ギルド長のマントの傷はわざと付け足したものだが、男のそれはどう見ても本物だった。


ちっ、こいつはどう見ても戦歴の戦士だ。何だってこんなやつがランクプレートを持っていないんだ?


しかも男はギルドのシステム自体を知らないらしい。だから説明を求めてきたのだ。これが駆け出しの若造なら鼻であしらうのだが、この男にそんな対応をしたらどうなるか想像したくもない。仕方なくギルド長は男の前に座り説明をする事にした。


「あー、私がここのギルドを取り仕切っているワインバーグだ。あんたギルドに加盟した事がないんだって?」

「うむ、ギルドの名は聞き及んでいたのだが生憎、縁がなくてな。仕事の斡旋をして貰うのも初めてだ」

「そうか、なら初めから説明するか。ギルドってやつは職業ごとの組合みたいなやつなんだが、冒険者ギルドは他のギルドとはちとやっている事が違くてな。平たく言えばよろず仕事斡旋所、もしくは派遣会社みたいなものなんだ。勿論別の事業も行なっているがあんたらには直接関係しない」

「うむっ」


「で、あんたに関係するであろう仕事の斡旋なんだが、顧客からの依頼内容にマッチした人材を斡旋する為に登録者の実力を把握しておかなくちゃならない。その能力の在る無しを区分したのがランクなんだが、プレートはその証明書みたいなもんなんだ」

「成程」


「但し、あんたも知っていると思うが人の能力なんざそれぞれだ。特に冒険者なんてやつは自分で名乗れば簡単になれるからな。だから本当の実力を知る為に試験を行なっていたんだが、最近は登録人数が鰻上りでよう。試験が追いつかねぇくらいでな。で、面倒なんで試験は形だけでみんな最低ランクのFで登録して貰っているんだ」

「ふむっ」


「ま、大抵のやつらは駆け出しの冒険者だからFで十分なんだけどよ、中にはあんたみたいなやつもいてな。実力とランクが吊り合わない場合も出てくる。なら真っ当に試験をすればいいと言われそうだが、初登録した者はFランクからなんてゆう情報が独り歩きしちまってさ。まともな試験をしてF以上から始めるやつがいると、とやかく言い出すやつがいるんだ」

「確かに」


「で、申し訳ねぇんだがあんたもFから初めてくんねぇか?勿論何らかの優遇はする。本来、Fからランクアップするには期間制限があるんだが、あんたにはそこら辺を短くしてもいい」

「うむ、そうゆうシキタリなら従おう」


「お、話が早いぜ!いや~、腕に覚えの在るやつらって結構ゴネる事が多くてよう。何で俺がFからなんだ、試験で実力を確かめろって煩いんだよ。ま、そんなやつに限って大した事ないんだけどな。いや、助かった。ほんじゃ、登録するからここで待っていてくれ。書類を持ってこさせる。おい、アルザンヌ!登録書類とペンだ!後、お茶もくれ!」

ギルド長は受付嬢に声を掛ける。本来お茶の準備は受付嬢の仕事ではないのだがギルド長はしれっと追加した。


「さて、これで登録終了だ。Fランクの仕事はあんたにゃつまらんかも知れんが、なに、ふたつみっつこなしてくれりゃ言い訳も立つ。そうだな、飛び級でCくらいでいいか?さすがにBやAだと目立ち過ぎるんでな」

「構わぬ。いらぬ手間を掛けさせてしまうな。すまぬ」


「いいって、いいって。さて、これで晴れてあんたもプレート持ちだ。依頼を受けられる仕事はFランクだが適当なやつをこなしてくれ。1週間くらい経てば廻りも納得するだろう。変な茶々を入れてくるやつはそっちで対応してくれ。あんたなら造作もない事だろう?」

ギルド長の言葉に男は軽く頷いた。見知らぬ新人に対してゴロを巻くやつはどこにでもいる。故に装備や偽りの張ったりでそんなやつらの目を欺こうとする者も多い。しかし大抵は見破られてからかわれてしまう。人を見る目がある者ならこの男に突っかかる事はないだろうが、中には馬鹿もいるのだ。そんなやつへの対応は自分でやってくれとギルド長は言ったのである。


「判った。それでは今からでも出来る仕事はあるか?実は無一文でな。今日中に支払いのある仕事がいいのだが」

「ほう、いいねぇ。それでこそ冒険者だよ。あ、もしかして宿も決めてないのか?そうだなぁ、一番安い宿でも3千ギールはするから飯代も含めると5千ギールは欲しいか・・。だとしたら出来高制の仕事の方がいいな。おい、アルザンヌ!出来高払いのFランクのリストを持って来てくれ!」

男の要望にギルド長は応える。本来紹介はギルド長の仕事ではないのだが、それじゃと言って他の者に引き継げる雰囲気ではなかった。


「割りのいいやつだとこれとこれかな。どちらも食材の狩りだ。このラビッターってやつは草原にいるんだが結構すばしっこくてな。大抵は巣穴に逃げ込んだところを燻り出すんだが、あんた知っているかい?」

「うむ、それ程上手ではないがやった事はある」

「そうか、これは1匹500ギールで引き取ってくれる。これなら10匹も採れば日銭にはなる。若いやつらでもそれくらいは採ってくるから大丈夫だろう。あ、でも子供や子供持ちのメスは逃がしてくれ。採っていいのはオスだけだ。見分けはできるよな」

「うむ、心得ている」


「後は薬草とかの摘み取りもあるけどあんたのガラじゃないよな」

「薬草か、それは別にプレートを持っていない者が採ったやつでもいいのか?」

「え、ああ構わないがウチが斡旋する店に卸すにはプレートが必要になる。しかしウチに依頼してくる薬草は大抵危ない場所にあるやつばかりだから普通の人間は採りにいかないよ。何だ?誰か仲間がいるのか?」

「うむ、ひとりな。そやつはそっちの方面に明るい。その依頼も受けたい。処理してくれ」

「そうか、まぁあんたが側にいれば危険も無いか。よし、そんじゃこの2件を処理するわ。採ってきたやつは隣の受け取り所にもって来てくれ。」

「うむっ」


「じゃあな、1週間ほどしたらまた俺を呼んでくれ。ランクアップの手続きをするから」

そう言ってギルド長は立ち上がったが、男に顔を近づけて小声で男にアドバイスをした。

「イチャモンを付けて来るやつがいたら出来るだけ派手にやってくれ。その方が一発で周りが理解するから面倒が無い。但しやり過ぎないでくれよ」

「判った。世話になる」


そう言うと男はギルドを後にした。外では男が連れと言っていた仲間なのだろうか、ひとりの少女が出迎えている。厳つい男と少女では些かアンバランスだが男の娘なのだろうか。しかし少女は男に対して少し距離を取るような仕草をしている。ギルド長はそんな彼らを建物の中から見送り大きく息を吐いた。


「ふう、久しぶりに緊張しちまったぜ!」

「身元は判ったんですか?」

男が出て行ったのを確認し、受付嬢が興味津々で聞いてくる。


「いや、触らぬ神に祟り無しだ。いらん詮索は身を滅ぼすからな。ま、おいおい噂が流れてくるだろう」

「そうですね、でも何でまたウチで登録したんですかね。あの手の方ならドイチアやフランジニアなんかの超高難度ダンジョンを抱える支部の方が合っているでしょうに」

「金が無いって言ってたからな。単なる日銭稼ぎか、はたまた旅の途中なんだか。ま、確かにここいらにはちょっと似合わない御仁だよな」

「この町に住み着いてくれたら嬉しいですね。この頃は山賊たちの被害も出ていますし用心棒の依頼には事欠きませんよ?」

「ボニアの戦争で落ち武者が大勢出たからな。もしかしたらあいつもその口なのかも知れん」

「ああ、そう言われると納得できます。どう見たって冒険者と言うより戦士ですものね」

「さて、憶測はここまでだ。仕事に戻るぞ。あー、すまんが茶をくれ。緊張して喉が渇いたぜ!」

そう言ってギルド長は奥に引っ込んだ。そして男が去った後のギルド内は漸くいつもの喧騒が戻って来たのだった。


その後、Fランクの依頼を卒なくこなし続けた男は約束した日にギルド長を尋ねた。Fランクの仕事は男に取っては楽なものではあったが如何せん実入りが少ない。連れがいる事もあり、やはり単価の高い仕事を請けれるようにしたかったのだろう。


「お、来たな。噂はここまで届いているよ。ははは、あいつらも馬鹿だねぇ、あんたの実力を見誤るからあんな目に会うんだ。どれ、書類はもう出来ている。ここにサインしてくれればいい。ほい、これがCランクのプレートだ。BやAにランクアップする条件はもう知っているよな?あんたなら多分1ケ月かかんねぇよ。こっちとしてはさっさとランクアップして面倒な仕事を押し付けたいところだ。あはははは!」

前回とは違い、男の素行はギルド長にも伝わっている。見た目は厳ついが悪さをするやつではないと踏んだのだろう。そして男は差し出された書類にサインを済ますと、ギルド長の差し出したCランクのプレートを受け取る。


「さっそくで悪いのだが、何か単価の良い仕事はないか?」

「おう、あるある!ちゃんと用意しておいたぜ!実は山賊退治に参加して貰いたい。これはBランク以上のパーティでないと依頼出来ないんだが、あんたには臨時にパーティに加わって貰い加勢してほしい。加わるパーティには既に了解を取ってある。リーダーもあんたの実力は知っているから実質あんたが取り仕切ってもいいと言ってきた。どうだい?」

ギルド長は待ってましたとばかりに話を切り出した。


「山賊か、ここいらには多いのか?」

「いや、ボニア戦役後に落ち武者が山賊化していてな。ここだけじゃなくあちこちで狼藉を働いているんだ」

「ボニア戦役、ズールの残党どもか」

「何かまずい事でも?」

「いや、ない。判った、その仕事を請けよう」

ギルド長は男の反応に少し引っかかったが、誰にでも事情はあるものだ。ましてやこの男ほどの者ならあの戦役に無関係であるはずが無かった。


「山賊退治は期間が限定できない。お連れさんはその間ひとりになるけど大丈夫かい?何だったらウチで世話してもいいんだが。あ、ウチって言っても俺じゃないよ、受付の女の子の所だ。勿論身の安全はギルドが保障する」

ギルド長は男が抱えている問題も既に調べてある。というか、この男の事がみんなに知れ渡ったのは、連れの少女にチンピラが近付いた為だ。チンピラが所属していた組織は既に無い。この男が一瞬で壊滅してしまった。


「そうか、そうして貰えると助かる。お言葉に甘えるとしよう」

「よし、そうと決まれば早い方がいい。お連れを連れて来てくれ。俺はパーティを呼んでおく。挨拶と打ち合わせをしよう。準備がで出来次第、出発して欲しい」

「判った。ふた時程で戻る」

そう言うと男は建物を出て行った。


「はぁ~、いとも簡単に引き受けましたね。普通、山賊相手と聞くとみんな尻込みするものなのに」

少し離れたところで様子を見ていた受付嬢がギルド長に話しかける。

「まぁな、そこが冒険者と戦士の違いだろう。やつらは戦いが普通なんだ。スリルと財宝の一攫千金を夢見る冒険者たちとは一線を介するのさ」

「はぁ~、なんとも因果な人たちなんですね」

「ま、全員がそうとは言えんがな。しかしあの御仁は筋金入りだ。何か理由があるんだろうが、俺は聞きたくないね」

「そうなんですか?」

「そうさ、鬼の過去などまともな訳が無い。聞いたりしたらその晩から夢でうなされるぞ」

「うわ~、それは嫌です」

「好奇心は猫すら殺すと言うからな。触らぬ神に祟りなしだ」


その後、男は少女を連れて戻って来た。パーティのメンバーは既に揃っている。ギルド長は男にパーティのメンバーを紹介する。少女は受付嬢が気を利かせて別室に行こうと誘ったが、断って壁の椅子に座り男たちのやり取りを聞いていた。


「こいつがパーティのリーダーでマクロだ。ランクはA。ここいらじゃトップクラスだ」

ギルド長の紹介を受けリーダーと呼ばれた男が挨拶する。

「よろしく、あんたの噂は聞いている。一応、パーティは俺が仕切るが何かあったら遠慮なく言ってくれ」

「うむ、足手まといにならぬよう気を付けよう」

「ははは、これはまた謙遜する人だな。まぁいい。こいつがパラド。ランクはBだ。そしてこいつがランディ。同じくB。本当はもうふたりいるんだが、ちょっと前の山賊退治で怪我をしちまってな。今は治療に専念している。だからあんたの加入は渡りに船だった」

「そうか、すでに一戦交えていたのか。で、やつらの勢力は?」

「およそ30。しかし未確認だが同じくらいの規模のやつらが流れてきて合流したって話もある」

「上を見て70程か、随分多いいな」

「ああ、山賊なんざ精々10人程度が普通だからな。20人も居たら大勢力だ。しかも今回のは兵隊崩れらしくてな。もしかしたら部隊ごと山賊化しているのかも知れない」

「ズールの残党どもか・・」

「多分な。あの戦争では民族浄化を旗印に挙げていたからさ。降伏する事も出来ないから負けたズール兵が各地に散らばっちまった。全くこちとらいい迷惑だぜ」

「となると装備も軍の正規版だな?」

「ああ、だが厄介なのはやはり練度でな。あいつら集団戦闘に長けていやがる。こっちのパーティをひとりづつ引き剥がして人数を減らしてくるんだ」

「成程、山岳戦の基本だな。いい指揮官がいるのかも知れない」

「そこであんたの出番だ。深く聞くつもりはないが、あんたもそこいら辺は経験があるんだろう?」

「うむ、部隊の指揮は執ったことはないが基本は判っているつもりだ」

マクロは男の雰囲気からその言葉は嘘だと見抜くが深く追求するつもりはない。


「結構、今回はどちらかというと冒険者の仕事というより軍の範疇なんだが、ここの軍隊って中央の防衛に引っ張り出されていてまともに戦えるやつが残っていない。かといってやつらを野放しには出来ないからな。ギルドも結構板ばさみなんだ。そうだよな、ギルド長」

「あ、まあな・・」

ギルド長は話を振られて渋い顔をする。実際、山賊退治に向かわせた冒険者たちの死傷率はAランクの魔物相手より高かった。


「で、本当は手を出したくないんだが、国との繋がりも大切という事で討伐に出たら返り討ちにあっちまったと言う訳さ。何人やられたんだっけ?」

「8人だ。怪我を負ったやつは20人以上だな」

「まっ、普通の山賊退治と思ってDランクあたりを連れて行った俺たちが甘かったんだが、やはり面子ってやつがあるからな。やられっ放しって訳にはいかない」

「こちらの人数は?」

「俺たちの他に3つのパーティ15人が参加する。全てB以上で固めたやつだ。おっと、あんたは例外だぜ?あんたはなんちゃってCランクだからな」

「となると全部で19人か」

「ああ、だが野戦をしようと言う訳じゃない。山ん中なら70人なんかまとまれんからな。向こうと同じくひとりづつ削っていくならこのくらいが丁度いいだろう?」

「万が一、山を降りて町に攻め込まれる事はないのか?」

「町の防衛戦ならこちらの方が人数が多くなる。やつらの目的は食料だ。だから命を掛けて町を蹂躙してもしようがあるまい?」

「ああ、そうだな。作戦行動ではないのだった。となると半数も削れば逃げ出すか」

「そう願いたいね」

その後、男とリーダーが細部の打ち合わせをしていると他のパーティも集まってきた。それぞれ一癖も二癖もありそうなやつらばかりである。そんなやつらでも男の前では影が薄い。そんな男のオーラをバックにマクロは他のパーティにそれぞれの役割分担を振り分ける。いつもなら揉めるところだが今回は誰も文句を言うやつがいない。それ程男の存在が大きいのだろう。


「よし、それじゃ出発だ!」

翌日の早朝、マクロの号令により各自が装備を持って馬車に乗り込む。山賊たちが居座る山までは約10キロ、馬車の半分は麓で待機させ残りは囮として山中の街道を行く手筈になっている。馬車が麓に着くとマクロは2つのパーティに囮として後から来るように指示し、残りを率いて徒歩で山に入った。その後、事前に当たりを付けた場所に潜伏する。


潜伏すること数刻。囮の馬車が街道をやって来た。ぱっと見は農民が食料を運んでいるように偽装している。但し無防備ではない。冒険者パーティが護衛している。だが人数や練度は低いように装っていた。これは農民だけの馬車では逆に怪しまれるからだ。護衛をしている冒険者の演技は中々のもので、ちょっとした鳥の羽ばたきにすら反応し、剣を抜き放つ。そして、音の源が鳥だと判ると恥ずかしそうに剣を鞘に戻した。


「やるなぁ、知った面じゃなけりゃ俺だって騙されるぞ」

マクロは目の前をびくびくと進む馬車を見ながら誰に言うともなく呟く。

「うむ、それではこのまま少し距離を置いて続くとしよう。くれぐれも相手に気取られぬようにな」

男がマクロの言葉を受け、みなに作戦の開始を告げた。


「へ、隠密行動は冒険者の基本だぜ。こちとら本業は魔物相手なんだ」

「だが油断禁物だ。小石に蹴躓くだけで勝負の流れはがらりと変わる。心得られよ」

「おう、さすがは本物だ。言葉が重いぜ」

そう言うとマクロたちは馬車の後を追った。街道と違い森の中は障害物が多く、ましてや慎重に物音を消して進むので歩みが遅くなる。しかし馬車の方もそれは心得ているので時々わざと物音に怯えるように止まるので見失うことはなかった。


そして、パーティのひとりが人の気配に気付く。

「ひとり・・、いやふたりいるな」

その言葉を受けみなに緊張が走る。

「どうするね、旦那。回り込んで討ち取るかい?」

「いや、やつらは斥候であろう。となれば暫くしたらひとりは本隊に伝達へ走るはずだ。やるのはその後にしよう」

「本隊に知らさせちまっていいのか?」

「構わぬ。下手に伝令なしで馬車が現れては逆に警戒される。何人いるか判らない以上、相手には油断していて貰わねばな」

そう言っている間に山賊のひとりが奥へ走り去った。


「よし、我々は後を追うぞ。ひとりは馬車に連絡して残ったやつを始末してくれ」

「判った。おい、パラド、お前がやれ!抜かるんじゃないぞ」

「任せな!この前の仇だ。手心は無しだぜ!」

その後、男たちは森の中を疾走する。後ろでは突然現れた冒険たちに残った山賊が慌てふためいていたが、次の瞬間にはパラドの手によって声も無く倒された。


そして街道沿いに進むこと約20分。山賊たちの本隊が待ち伏せしている場所を見つける。彼らは伝令の報告により襲撃の準備を始めていた。しかしその動きに緊張感はない。冒険者の演技に騙されて楽な獲物だと思い込んでいるのだろう。


「どうする?10人はいるぞ。馬車の連中を待つか?」

山賊たちの様子を見てマクロが男に問い掛けた。マクロたちは9人いたがひとり後ろに置いて来たので今は8人である。敵が10人ならやれない人数ではないが、後の勢力が合流すれば数で圧倒できる。その判断をマクロは男に任せた。

「いや、如何に油断しているとはいえ馬車が来ればあやつらも構えるであろう。このまま後から襲撃する。わしとランディはここからやつらの退路を塞ぐ。マクロは他の者たちを連れて回り込んでくれ。始めるタイミングはそちらに任せる」

「OK、いいか野郎共!抜かるんじゃないぞ!」

マクロの小声の激にみんなが静かに頷く。そして山賊たちの後ろに回り込むべく音もなく走り去った。


「ぐは!」

山賊たちの一番後ろで準備をしていた男が突然口から血を吐いて倒れこんだ。その声を聞いた他の山賊が一斉に後ろを振り向く。そこに冒険者たちの姿を見て逆に襲撃された事を悟った。後方にいた3人は素早く抜刀し冒険者たちと剣を合わせる。不意を突いたにも関わらず山賊たちの反応は素早かった。しかし冒険者たちはペアでひとりづつに相対する。ひとりが山賊の剣を受けている隙にもうひとりが脇から山賊の腹を突き刺した。

「ぐ、冒険者風情が!」

少し離れていた場所にいた山賊たちが槍を手に仲間の加勢に走り出す。しかしその中を一陣の風が走り抜けた。その後には山賊たちの物言わぬ死体が転がっている。


「ひゅ~、一瞬で4人かよ。こぇ~」

マクロは男の手管に舌を巻く。如何に後ろからのなで斬りとはいえ男の斬撃は尋常ではなかった。男によって一気に戦力を削がれた山賊たちは逃走を決め込む。しかし数に勝る冒険者たちによって忽ち追い付かれ命を落とした。


「はぁ、はぁ、はぁ。よし、まずは片付いたな。誰かやられたやつはいるか!」

肩で息をするマクロの声に2人程が手を挙げるも傷は浅かった。戦闘行動に支障がでる程ではない。


「よっしゃ、そんじゃこいつらを脇に並べろ。囮隊が来たら積み込むぞ!」

しかし山賊の死体を数えると一人足りない事に気付く。

「あれ?こいつら10人だったよな?もうひとりはどこに行ったんだ?」

マクロたちはきょろきょろと周りを見渡すが山賊の死体は見当たらない。


「逃がしたか、まずいな」

「げ、やつらの本隊に俺たちの事がバレるのか?」

「致し方あるまい。さてどうするかな。ここで罠を張って待ち受けるか。もしくはこのまま強襲するか・・」

「強襲って言ってもなぁ、まだ上を見て60人はいるはずだぜ?」

「やつらが一隊でまとまっているとは考えづらい。そんな場所もここにはないはずだ」

「あ、そうなのか?まぁ、30人が後から合流したってのも噂でしかないからな」

「うむ、どの程度の隊なのかは判らぬが所詮は落ち武者。手傷を負った者もいるはずだ。まともな指揮官なら距離を置いて隊を分けるはずだ」

「まともならね」

「ここにいた人数は12人。分隊規模であった。となると本隊グループは小隊規模である可能性が高い。ならば3分隊に分かれてルーチンを組んだはずだ」

「あー、すまん。軍のやり方はあまり知らん。判るように説明してくれ」

「そうだったな。これが拠点防衛だったら前線監視として1隊、そのバックアップに1隊、休養に1隊の3隊に分け敵を見張るのが普通なのだ。そして何日がごとに別の小隊と役割を交代する。そうして体力を維持しながら敵を待つのだ。やつらがズールの残党どもなら、これは体に染み付いているはずだ。まず間違いはないだろう」

男の説明にマクロたち冒険者も納得する。今回の山賊狩りはいつものとは違う。落ち武者とはいえ軍隊と一戦交えるのだとみんなが再認識したのだ。


「そうか、となるとやつらの次の動きも予想が付くんだよな?」

「前線部隊が襲撃され全滅したとなれば、普通は拠点防衛に徹する。そんな状態に陥るのは敵の規模が大きいはずだからだ。しかしやつらはここいらにまともな軍がいない事を知っているはずだ。となれば前回同様、冒険者ギルドによる奇襲を受けたと読むだろう」

「そこまで情報を持っているかね」

「やつらがここに居座っているのは軍がいないからだ。多分その事は、斥候が旅人に紛れて町で情報を得ているはず」

「成程なぁ、言われてみればその通りだな」

「やつらにしてみればここに居座る以上、冒険者ギルドとのいざこざは避けたいはずだ。でないと街道の物流が減るからな。しかし規模がでかくなった故そうも言ってられないのかも知れん。となると反撃し我々を見せしめにして己が力を見せつけ黙らせようとするかも知れん」

「あー、確かに70人を養っていくのは大変だからな。脅して町に食料を出させる事もありえるな。となると・・」

「うむ、全力出撃を掛けてくる公算が高い」

「うへぇ、70人、いや11人は削ったから60人か。参ったな、全面戦争かよ」

「いや、まずはバックアップと休養組が来るはずだ。やつらは我々の人数を10人前後と踏んでいるはずだからな。冒険者ギルドが予備兵力を持っているとは考えないであろう」

「そうか、ならここで迎え撃つか?下手に遭遇戦になるとこっちが不利だもんな」

「うむ、やつらも陣地の廻りは警戒しているはずだ。そんなところへ突っ込んでは無駄に兵を失ってしまう。向こうから仕掛けて来るのを待つとしよう」


その後、男たちが今後の対応を話し合っていると囮の馬車が漸く到着した。

「何だよ、もう終わっているじゃないか」

馬車に随伴していたパラドが状況を見て呆れ顔でマクロに話しかける。

「まぁな、だがちとまずい事になった。これから山賊どもが大挙してやってくる」

「げげ、マジか?逃げた方が良くないか?取り敢えずこれだけ倒せば十分じゃね?」

「こいつらが普通の山賊だったらな。だが、軍隊崩れにその常識は通用しないらしい。決戦になるぞ!覚悟を決めろよ!」

「うへぇ、俺、冒険者なんだけどな。何でも屋はつらいねぇ」


パドラは文句を言いつつも馬車から装備を降ろし始める。他の囮組もマクロの言葉に本気モードとなった。各パーティのリーダーは男を囲んで打ち合わせを始める。そして準備の整った冒険者たちは各々所定の位置にて山賊たちが現れるのを待つのであった。


数刻ののち街道を数人の山賊たちが降りてきた。こいつらは斥候である。いや囮といった方がよいか。姿は見えないが本隊が後ろから追随しているのは森の小鳥たちのさえずりがない事により判る。


「あ~、やだやだ。あいつらやる気満々だぜ」

マクロが誰に言うともなく愚痴った。しかしその言葉の裏には抜かるなよと言うメッセージが込められている。

「6人か・・、となると本隊は多く見ても20人前後だな」

「斥候の数だけで判るのかよ」

「あいつらは斥候と言っても武力偵察だ。だから人数は割けるだけ出すはずだ。そしてやつらの総数は50と少しのはず。後詰めとの2段構えとすればその程度が限度だろう」

「挟み撃ちとかはないだろうな?」

「ここいらの様子はお前の方が詳しいであろう?そんな抜け道があるのか?」

「あー、ないな。元々街道があるのに好き好んで山の中を歩くやつはいない」

「では予定通りでいこう」

「OK、期待してるぜ、旦那!」


マクロは街道の反対側に潜ませたパーティに行動開始の合図を送る。それを見た相手は了解の仕草ののち森の奥へと消えて行った。こちら側でも1組のパーティが奥に走り去る。残ったのはマクロのパーティともうひとつのパーティ、合計9人である。これは先に山賊を襲撃した人数と合致する。山賊たちにこちらの人数を把握させない為の振り分けだった。


そして先程の戦闘があった場所で斥候の動きが止まる。山賊たちは周囲を警戒しながら道端に並べられている仲間の死体を確認した。そして本隊を呼んだのであろう、短く口笛を吹く。暫くすると街道の脇から本隊と思しき男たちがぞろぞろと出てきた。斥候のひとりが後から現れた本隊に状況を説明している。


その時である。様子を伺っていたマクロたちが一斉に山賊たちに襲い掛かった。

「うりゃー!」

「でたぞ!陣形をとれ!」

完全に山賊たちの裏をかいた襲撃だったはずだが、山賊たちはこれを予期していた。忽ち数人のグループに固まり防衛体制をとる。盾と槍で防御された陣形を冒険者たちは責めあぐねる。勢いで剣を振るっても槍による突きが冒険者たちを近寄らせなかった。


「よし!そのまま囲うんだ!ひとりも取り逃がすな!」

本隊のリーダーと思しき男が激を飛ばす。それに合わせて山賊たちは位置を変えてゆく。それは見事なコンビネーションであった。山賊たちは陣形を組んだことにより動きが制限されているが、人数的には山賊の方が倍以上いる。山賊のリーダーは初手を防ぎさえすれば後は数の力で敵を殲滅できると踏んでいた。そしてそれが現実になろうとしている。


しかし山賊のリーダーは敵の戦力強度を読み違えていた。冒険者側には男がいたのだ。男はマクロとペアで突進しその剣圧にて忽ち山賊たちの陣形を崩す。

「ぐおおお!なんだ、この男は!」

「下がれ!まともにやりあうな!一旦引いて押し戻せ!」

「駄目だ!抑えきれない!」

如何に街道と言っても馬車がやっとすれ違える程度の幅しかない場所では押された場合逃げ道は2方向しかない。街道に沿って下がるか脇の森に逃げ込むかだ。だが街道沿いに下がっては男の剣からは逃げられない。必然的に森に逃げ込むことになる。そこへ予め潜んでいた冒険者たちの槍が伸びてくる。


「ぐは!」

「くっ、伏兵か!」

「こしゃくな!」

「ぐおー!」

山賊たちは槍傷を負いながらも反撃する。山賊たちは巷のならず者崩れと違い、防御装備の質が高かった為、この攻撃で致命傷を負った者は少ない。冒険者たちはそうと判ると枝葉が邪魔をする森の中では槍は不利と、剣を抜き放ち突進する。森の中は忽ち乱戦となった。

「ひとりで対峙するな!ペアを組め!」

「足だ!足を狙え!」

山賊のリーダーと冒険者のリーダーがそれぞれの仲間に激を飛ばす。


「このおー!死ね、死ね、しね!」

人間相手の戦闘に慣れていない冒険者の一部は興奮して無闇やたらと剣を繰り出す。そんな冒険者の後ろから別の山賊が無防備な背中目掛けて剣を突き出した。

「ぐおう!がは!」

心臓を串刺しにされた冒険者が血を吐きながら倒れこむ。しかし深く刺しすぎた剣は中々抜けない。その隙を突いて別の冒険者が山賊の首目掛けて剣を振るう。

「ごぶ!ひゅー!」

喉元を切り裂かれた山賊は肺から送り出される空気により切り口から口笛のような音を漏らす。そして忽ち酸欠状態になった山賊は喉を掻きむしりながら地面に転がった。


「でやぁー!」

「この野郎!」

別の場所では山賊と冒険者が1対1で斬り合っていた。いや、既に双方とも剣を失い、鞘と棒での叩きあい状態である。ふたりとも興奮しているのであろう。腰に差している短剣を取ろうともしない。ただただ相手へ打撃を与え叩き殺そうとしていた。


そんな乱戦の中、街道上では男と山賊のリーダーが対峙していた。いや山賊側はもうひとりがサポートに付いているので1対2である。男のサポートをしていたマクロは男の指示で別の冒険者を助けに離れていた。


「一応、貴公の名と部隊を聞いておこう」

剣を正眼に構えながら男が山賊のリーダーに問う。

「貴様ら、ベシアの追討隊か?」

山賊のリーダーは男の問いを無視して逆に聞き返した。


「いや、地元の冒険者ギルドだ。まぁ、わしは新入りなんだがね」

「冒険者ギルドだと?この前の失敗に懲りずにまたぞろ仕掛けてきたのか」

「まぁな、何と言ってもやつらにとっては地元だ。ちょっとやそっとじゃ諦めないのさ。判るだろう?」

「ふん、言葉だけの口約束でいざ事が起こったら軍を動かさなかった国の民の事など知ったことか!」

山賊のリーダーは男の言葉に、自国の敗戦の一因となったこの国の対応をなじる事で応えた。


「もう一度問う。貴公の名と部隊は?」

「我々はズール軍第7歩兵師団だ。わしはザルニエル公爵閣下貴下の部隊長、ザンジバル・ブレンニウムである。貴様も名乗るがよい!」

「ザルニエル公爵の・・、荒鷲連隊か。これはまた厄介なのが相手だな」

山賊のリーダーが名乗った名は男も知っていた。ズールの部隊でも1、2を争う勇猛果敢な部隊の部隊長である。しかしそんな男ですら国が敗れれば山賊と化す。世の習いとは言え惨めなものであった。


「名を名乗れ!」

山賊のリーダーは再度男に問い質す。自分の名を知っている以上、男もただの冒険者ではない。追討隊ではないと言っていたが簡単に信じる訳にはいかなかった。


「わしは元ベシア軍第2師団。カルバニア伯爵の部隊で百人隊長を務めていたガレオン・バスクニアと申す」

「カルバニア伯爵のガレオン?まさかあのガレオンか?馬鹿な!そんな猛者が何故こんな所にいる!」

「気にするな、どうせ知ってももうじき必要なくなる」

「くっ、舐めるな!」


男の挑発に山賊のリーダーは男の右から斬りかかる。さすがは勇猛で名を上げていた部隊の部隊長である。その斬撃は力強く鋭かった。しかし男はそれを軽く剣でいなし、無防備になった相手の背中を斬り付けようと剣を振り上げた。その間、およそ0.2秒足らずである。並みの者では動きは追えても剣筋は見ることすら叶わないであろう。

しかしそんな目にも止まらぬ動きに追随して男のわき腹目掛けて1本の槍先が伸びてくる。山賊のリーダーの影に隠れていたサポート役が連携技で槍を繰り出してきたのだ。つまり山賊側は2段構えの必殺の戦術だった。

リーダーを囮とし決着はサポートが仕留める。なんとも贅沢な戦術である。故に今までこの技を喰らって生き延びた敵はいない。まさかリーダー自ら囮になるなどとは誰も思わなかったからである。

しかし男はこれを予期していた。男はリーダーの肩書きなどに惑わされなかった。1対2の戦いならサポート役も含めて対応するのは必然である。今や戦場において騎士道などは存在しない。判断を見誤った方が死体となるのだ。


男は、槍先をすんででかわすと、振り上げた剣をそのままサポート役の頭に叩き込む。

「がは!」

頭を潰されたサポート役は突っ込んできた勢いのまま男の脇を転がり抜けて行った。しかしそんな仲間の体を盾に山賊のリーダーが逆袈裟に剣を斬り上げてくる。

「もらったぁ!」

一旦下に振り下げてしまった男の剣は、絶妙なタイミングで伸びてくるリーダーの剣を払えない。故に男はそのままリーダーの剣に詰め寄りリーダーの剣が上段に伸びきる前に剣で抑えた。


金属同士がぶつかる鋭い音と共にふたりの体がひとつに重なる。体勢的には体重を上から掛けられる男の方が有利ではあるが、片手で抑えている為剣にいまいち力が伝わらない。このまま後ろに飛びのいてもリーダーの剣が追いすがって来る。かと言って力で押し切るには逆手に持った剣が邪魔だった。故に男は剣を手放した。

「なに!」

力を外された山賊のリーダーは、男が放した剣を宙高く打ち放つ。しかし相手の力を押し切る事によってバランスを保っていた体が泳いでしまう。そこに僅かな隙が生じた。男は腰の短刀を抜き放つと山賊のリーダーの首目掛けて押し込む。そして力任せに骨ごと掻き切った。


「ごふっ・・」

首を無くしたリーダーの体は、未だ役割を止めようとしない心臓により送られた血液を首から盛大に飛び散らせる。そして数秒後、頭を無くしたリーダーの体は静かに前に倒れた。その横にはリーダーの首代を掴んだ血まみれの男が立っている。


「うおおおぉぉ!」

山賊のリーダーの首を掲げ男は雄叫びを上げる。その声は周りで戦っていた者たちに一瞬戦いを止めさせるほどであった。


その光景を見た山賊たちは一瞬で自分たちの敗北を悟る。

「馬鹿な、ちっ!さがれ!退却だ!」

山賊たちには信じられない光景であったが戦場に絶対はない。その事は幾多の激戦を生き抜いてきた兵士の記憶に刻まれている。故に動揺も一瞬だけだった。山賊たちはサブリーダーの指示で一斉に退却を始めた。


何人かの冒険者は後を追おうとしたが男がそれを止める。

「何故だ!今なら殲滅できるぞ!」

男の指示にマクロが食って掛かる。

「向こうにはまだ予備兵力が残っている。不用意に追撃しては返り討ちに合うだけだ」

「あっ」

戦いで興奮していたマクロも男の言葉で冷静さを取り戻す。

「そ、そうだな。そうだった」


「まずは負傷者の手当てだ。山賊で息のある者はとどめを刺せ!」

男の指示で生き残った者たちが仲間の手当てを始める。敵味方入り乱れての乱戦だった為、冒険者たちの被害も大きかった。


「どうする?一旦引くか?」

状況を把握したマクロが損害の大きさに撤退を持ちかける。


「いや、襲撃してきた部隊の規模が小さすぎる。どこかに別働隊がいるはずだ。炊き付けた以上時間を空けては反撃されてしまう。やつらが混乱している内にもう少し削りたい」

「10人でかよ」

「戦いとはゲームではない。常に対等の戦力で戦える事などないのだ。そして我らは目的があるはず。こやつらはその目的の為に命を掛けたのだ。生き残った者はその意思を継がねばならぬ」

予想外の損害にうろたえていたマクロも、男の言葉で当初の目的を思い出した。


「おう、そうだな。そうだった。ここで引いたらこいつらの死が無駄になっちまう」

マクロは街道に横たわる仲間の死体を見ながら呟いた。冒険者という職業柄パーティが全滅する事も珍しくはなかったが今回の戦闘は人間相手である。その事にマクロはやり切れない思いに包まれた。


結局マクロたちは仲間の遺体と負傷者を馬車に乗せ町に戻らせる事とした。護衛に軽傷者を2人付けたのでマクロたちの戦力は8人である。

「8対30、いや40はいるよな」

馬車を見送りながらマクロが男に問い掛ける。

「そうだな、しかし戦いは数だけでは決まらない。意思の強さこそが勝敗を決めるのだ。やつらは指揮官を失った。まとめる者がいない集団など烏合の衆でしかない」

「まぁ旦那が言うならそうなんだろうな」


マクロは男の言葉を信じたが、男はマクロたちの気持ちを奮い立たせる為に、それらしい事を言ったまでである。確かに優秀な指揮官は戦いにおいて重要なファクターである。しかし荒鷲連隊は個としても侮れない部隊と聞いていた。サブリーダーの引き際を見てもそれは感じられる。もはや山賊たちは手負いの獅子である。中途半端にしては後々の災いでしかない。故に殲滅するしかなかった。




そして負傷者を乗せた馬車が1キロほど進んだ場所で事件は起こった。何と男の連れである少女が街道を上ってきたのだ。

「おいおい、なんでお前さんがこんなところにいるんだ?」

護衛の冒険者が少女に問い掛ける。


しかし冒険者の問い掛けに少女は答えない。いや、自分でも何故追って来たのか明確な答えがないのかも知れない。ただ、見ず知らずの所にいるよりは男の側に居たかっただけなのだろう。


「まぁいいさ。旦那たちは無事だよ。でもまだ戦闘は続きそうだ。危ないから俺たちと町に戻ろう」

「・・、うん」

男の無事を聞いて少女は安堵したように見える。自分の安易な行動を深く追求されなかった事も少女の気持ちを安心させたのか。少女は冒険者に促されるまま今来た道を引き返そうとした。


その時である。深手を負いながらも馬車を御していた冒険者に矢が突き刺さる。

「ぐは!」

数拍おいて少女や護衛の冒険者の周りにも矢が飛んで来た。

「何だ?新手か!」

護衛の冒険者は自分に向かってくる矢を避けながら少女を引っ張り馬車の下に隠す。馬車の中からも何とか動ける冒険者が事態を察して剣を片手に出てきた。すると数人の山賊たちが姿を現す。


「ちぇ、荷馬車かと思ったら怪我人の護送かよ。失敗したな。どうする?」

山賊のひとりが別の男に問い掛ける。

「見たところ冒険者だな。という事は上で本隊とやらかして敗走してきたと言うところか。追っ手を差し向けなかったところを見ると、見せしめに逃がしたのかも知れない」

「あー、だとしたら隊長に怒られちまうな」

「ま、だからと言ってこのまま帰すのも芸がねぇ。どうせ馬だけでも町には戻るだろう。見せしめだけなら死体だけで十分だ。るぞ!」

リーダーらしき男の命令で山賊たちは一斉に冒険者たちに襲い掛かった。


「レオン!お前はマクロたちに報せに戻れ!このままじゃ挟み撃ちになっちまう!」

冒険者側で護衛をしていたひとりがもうひとりに叫ぶ。

「だけど!」

「考えている暇はねぇ!走れ!」

「すまん!」

声を掛けられた冒険者はそのまま今来た道を走り出す。それを山賊たちが目ざとく見つけた。


「ひとり逃げたぞ!」

「ちっ、矢を射掛けろ!」

「させるか!」

残った冒険者は馬車の馬を御して連絡に走った仲間を弓の射線から遮る。しかしその無防備なところを矢に貫かれた。

「ぐ、ちくしょう!」

数本の矢に刺し付かれながらも護衛の冒険者は山賊たちに立ち向かう。しかし動きの鈍った冒険者は忽ち山賊たちに斬り伏せられた。そして馬車の下で震えている少女を引きずりだし問い質した。


「ほい、お嬢ちゃん。上はどんな様子だったのかな?」

山賊の質問に少女は答えられない。少女とて先程冒険者たちと合流したばかりなのだ。上の状況など答えられるはずがなかった。

「ちっ、だんまりかよ。舐めるんじゃねぇ!」

「きゃぁ!」

山賊の遠慮のない拳が少女を殴りつける。少女は衝撃をもろに受け後ろへ数回転がった。


「おい、殺すんじゃねぇぞ。もしかしたら人質に使えるかもしれねぇからな」

馬車の中を確認していた山賊のリーダーが男を制した。

「人質?誰に対してだよ。こいつらは敗走して来たんだぜ?もう、誰も残ってねぇよ」

「その時はその時だ。最近他の部隊が合流して来たから雑用が増えている。洗濯くらいならこいつでも出来るだろう」

「けっ、命拾いしたな、嬢ちゃん。ほら、ぐずぐずしてねぇでとっとと歩きな!」

山賊の男に蹴飛ばされながら少女は街道を山賊たちと歩き始める。護衛の冒険者は上では男たちが山賊たちを追い払ったと言っていた。男も無事らしい。ならばこのまま山賊たちと一緒に行けば男が助けてくれるかも知れない。この状態は男にとっては不利な状況になるのだが、恐怖に駆られた少女にはそこまで思いを巡らす余裕はなかった。


山賊たちが街道を歩き始めた頃、辛くもひとり逃げ出したレオンが男のもとに到着する。しかし全力で走ってきたレオンは息があがって中々下の状況を伝えられなかった。

「レオン、焦るな、ほら、深呼吸するんだ!水も飲め!」

レオンの所属するパーティのリーダーが水筒を差し出しレオンを落ち着かせる。レオンは一口水を飲み込むと漸く下の状況を話し始めた。


「はぁ、はぁ、やられた!山賊の別働隊に馬車が襲撃された!」

「別働隊だと!規模は?」

「はぁ、はぁ、す、姿を見たのは数名だけど弓兵が何人か隠れていた。多分10人前後かと」

「他のみんなは?」

「わからねぇ!ハーツが俺にこの事を伝えろって言うもんだから・・。くそ!」

「大丈夫だ!自分を責めるな!」

リーダーはひとり戦線を離脱した自分を責めるレオンを慰める。そんな状況を脇で聞いていたマクロが男に問い掛けた。


「参ったな、まさか下から来るとは思っても見なかった」

「そうだな、これは想定していなかった。規模は10人前後か・・。弓兵を伴っていたとなると別の場所で待ち伏せしていたのか。いや、もしかしたら食料の調達をしていたのかも知れぬな」

山賊たちが根城にしている場所では既に獣たちが近付かなくなっていた。故に獲物を追って遠出をしていた部隊と鉢合わせしたのかも知れなかった。しかしそこまでは男たちも読みきれない。ただの推測でしかなかった。


「あ、後、旦那の連れの女の子が・・」

傷を処置され少し落ち着いたレオンがもうひとつの事実を男に告げる。

「あやつが?」

「街道を下がっていた時に会ったんだ。理由を聞いたんだが喋らねぇ。取り敢えず連れて帰ろうとした時にやつらに襲われた。俺が走り出した時は、ハーツが馬車の下に隠したんだが・・」

男はレオンの言葉に眉をひそめる。少女の行動に思い当たる節がなかったからだ。何故、少女はわざわざ危険な場所へ来ようとしたのだ?我々がこの街道で山賊退治をするのはあやつも聞いていたはずなのに。


しかしいくら考えても答えなど出るはずがない。それよりも状況からして少女も山賊たちに殺された公算が大きい。如何に少女の不可解な行動の結果とはいえ、少女を守れなかったという感情が男の中に噴気として湧き上がった。


「そうか、それは手間をかけたな。すまん」

村が戦場となった場合など自我呆然として兵士たちの前に歩き出してくる農民たちは多いが、少女は安全な場所からわざわざ出て来たのだ。その結果、このような事になったのならそれは少女の責任である。男はその事をレオンに詫びたのだった。


「すまねぇ、俺がもう少し気を付けていればあの子を抱えて逃げられたものを・・。あん時は気が動転していて」

「気にするな、あやつは自分の行動のツケを払ったのだ。お前が気に病む必要はない」

「すまねぇ」

そんなふたりの会話にマクロが割ってはいる。


「すまんが旦那の連れの事は後にしよう。俺たちも結構まずい状態になった。上からは多分40、下からも10人以上が来る。連携は取れていないと思うが、時間的には鉢合わせしそうだ」

「うむ、挟み撃ちになったな。脇に逃げる道はなかったのだな?」

「ああ、下草を掻き分けてなら進めるがそれだと足跡を残しているようなものだからな。とても里までは逃げ切れない」

「そうか、それではここで迎え撃とう。規模としては下から来るやつらの方が小さい。一気に蹂躙してそのまま逃げろ。そして町へ知らせるのだ」

「逃げろって、旦那はどうするんだ?」

「わしがしんがりを務める。なるべく追っ手を抑えるからその間に走れ」

「走れって、おいおい、いくら旦那が強いからってひとりで相手に出来る数じゃないだろう!」

「まともにやればな。しかしのらりくらりとやれば負けはしない。ここは狭いからな。囲まれさえしなければどうとでもなる」

男の言葉にマクロは驚く。確かに男は強かったが幾らなんでも40人を相手に言える言葉ではない。それは生きて帰らぬ覚悟をした者の言葉だった。


「おいおい、これは俺たちの町の問題なんだ。昨日今日ギルドに入った旦那に任せて逃げ出せるか!」

「ここでお前たちが全滅したら町は対応するまもなく襲われるぞ。いいのか?」

「くっ、それは・・」

男の言葉にマクロは唇を噛む。男の言う事はもっともだった。マクロたちは町を守る為にここに来た。意地を張ってここで死んではその意味がなくなってしまう。しかしである。だからと言って男だけに任せるのはマクロの男として、いや人間としての魂が良しとしなかった。


その時、別のパーティのリーダーが男に別の案を投げかけた。

「旦那、町に連絡するのはひとりいれば事足りる。町には荒事にはもう使えないが経験だけは持ち合わせているジジイたちがいる。ジジイたちがCランク以下のやつらをまとめて対応すれば如何に兵隊崩れとはいえ大丈夫さ。それよりも俺たちはここでひとりでも人数を削った方が合理的だろう?」


その言葉には男以上の決意が感じられた。男は暫し考える。男の案は当初の目的を達成する為には一番ベターだと思える。しかし人間は機械ではない。メンバーたちにも意地があった。その思いを踏みにじっては生きる意味を見失ってしまう。


彼らは冒険者だった。危険を承知でダンジョンや魔物に立ち向かってゆく者たちである。町の住人たちも人任せで安穏と暮らしている訳ではない。いざとなったら武器を手に敵へ立ち向かう心意気はみんなが持ち合わせているはずだ。男はその事を自分の親と少女の両親から学んでいる。


「そうか、まぁいい。死にたいやつだけついてくるがいい。だがせめて一太刀は浴びせろよ。でないと先に逝ったやつらに笑われるぞ」

「けっ、きついな旦那は。よし、そうと決まれば準備だ!あー、残念だがボイスとアダムスは町への伝達係だ。文句は聞かんぞ。というか途中でやられたら墓にそのマヌケぶりを刻むからな!」

マクロの言葉に冒険者たちが笑い出す。連絡役に指名された若者たちは不満げであったが、実は一番重要な役目である事は理解している。ふたりが指名されたのは若造だからだけではない。足の速さと身軽さからメンバーの中では一番適任と判断されたからだ。足の速さだけならレオンも似たようなものだったが、マクロは敢えて彼を残した。レオンには仲間の仇を取らさなくてはならない。このまま里に戻しても、以後の人生において負い目を残すだけだからだ。ならば戦わせなければならない。そして生き残れればレオンの心の負い目は軽くなる。パーティのリーダーとはそこまでメンバーを理解していなくては務まらないものだった。


「よし、お前たちは森に隠れろ。戦いが始まったら一気に走れ!決して後ろを振り向くなよ!ただひたすら走るんだ!」

若者たちはマクロの言葉に小さく頷くと森に身を隠す。それを見て他のメンバーたちもそれぞれの位置についた。マクロと男だけは街道の真ん中で仁王立ちである。敢えて身を晒す事により森の中から注意をそらす為だ。


そして冒険者たちが待ち構えていると、街道の下から山賊たちがやって来た。


下からやって来た山賊たちを見て男は少しほっとした。山賊たちの中に少女の姿を見たからである。逆に山賊たちは男の後ろに倒れている仲間たちの死体を見て驚く。

「隊長!まさか隊長がやられたのか・・」

自分たちの隊長の首なし死体を見て山賊たちはその場に立ち竦んだ。男たちの属していた国は戦に負けたが、自分たちの隊が負けた訳ではない。そんな気持ちが男たちを支えていたが、目の前に転がる隊長の死体を見た途端それが幻想であることを悟ったのだ。


世の中、上には上がいる。多分目の前に立っている男がそれだ。しかし山賊たちも男だった。だから何だというんだ!力に屈服し生き長らえるだけが人生ではない。山賊たちは一瞬で状況を把握し覚悟を決めた。

「おい、こいつだけは道連れにする。抜かるんじゃないぞ!」

「おう!」


その時、街道の上の方を警戒していたマクロが警告を発した。

「旦那、まずいぜ!上からも来やがった!」


振り返ると30人以上の山賊たちが駆けて来るのが見えた。そして男のかなり手前で身構える。山賊たちはみなフル装備で固めている。手には短い槍と盾をそれぞれ持っていた。いや、後方には長槍も何本か見える。もしかしたらた短弓を持っている者も混じっているかも知れない。そして一隊を率いてきた山賊たちのリーダーと思しき男は、下にいる別働隊の姿も確認した。しかし一番驚いたのはやはり隊長の死体だった。


他の山賊たちも自分たちの隊長の死体を確認し瞠目する。サブリーダーの報告で聞いてはいたのだが自分たちの目で確かめるまでは信じられなかったのだ。なんせ、戦場にその人ありと謳われたザンジバル・ブレンニウム隊長である。たかが地方の冒険者に討ち取られたとは信じられなかった。


しかしやはり彼らも道の中央に仁王立ちしている男を見て納得した。この男ならあり得るかも知れない。そんな猛獣を前に山賊たちの闘争本能が男の異様さに警報を鳴らした。この男は全力で討たねばやられる。戦場最強を誇った荒鷲部隊の生き残りたちの勘がそう告げたのだった。


そんな山賊たちの意図を感じ取ったのか男がマクロに告げる。

「マクロよ、下は任せてもいいか?」

「あん?どうゆうことだよ」

「上はわしが片付ける。乱戦になれば弓は使えない。下のやつらにだけ集中して殲滅しろ」

「下だけって・・。おいおい本気かよ。上は30人はいるんだぞ?」

「是非もない。この場では数の多さは逆に不利だ。何人かは取りこぼすかも知れんが、その時はお前たちで何とかしろ」

「何とかって、あっちには女の子もいるんだぞ?旦那が下を相手にするのが筋じゃないのか?」

「気にするな、それが人質となった者の運命だ。いくぞ!」


男は掛け声と共に上で身構える山賊たちに向かって走り出した。仮に男が下の山賊たちを斬り伏せ少女を救い出しても、その間に上から雪崩れ込まれては結局数が少ない冒険者側が蹂躙されてしまう。男とて少女を連れて戦っては勝てる自信はなかった。ならば下を冒険者たちに任せ上を押さえ込むのが最良と判断したのだ。


「ちっ、決断がはえーよ!もう少し余韻ってものを味わう気はないのかよ!」

そう言いつつもマクロも下の山賊たち目掛けて走り出した。それを見て待機していた冒険者たちも街道に躍り出る。


「おらおら、荒鷲だかなんだか知らねぇが俺の縄張りで勝手な事をするんじゃねぇ!」

「ちっ、雑魚に構うな!あの男を討ち取れ!」

「させるか!」

一瞬にして街道は敵味方入り乱れての乱戦になった。その隙を突いてボイスとアダムスが少女を山賊の手から取り戻す。別段そうしろと言われていた訳ではないが、そうするのが当然とふたりは思ったのだ。そして少女と共に森の中に身を潜めるとボイスだけが街道を町に向けて走り出した。本来ならアダムスも行かねばならぬのだが状況を見据え残ることにする。万が一、山賊の一部が追うようならば後ろから追いかけて足止めをしようと思ったのだ。


しかし山賊たちは少女やボイスなどに目もくれなかった。ただひたすら目の前の敵を倒すのに集中している。弓兵も弓を捨て剣を抜いて参戦した。街道のあちらこちらで剣と剣が打ち合う金属音が飛び交う。その音を掻き消すように怒号と絶叫が響き渡った。


「この、この、このぉー!死ねやぁー!」

「邪魔するな、冒険者風情が!」

「ざけんじゃねぇ!」

「右だ!右から囲い込め!」

「マクロ、後ろだ!」

「このやろう!痛えだろうが!」

「ぐわぁー!」

もはや誰がどちら側なのかも判らないほどである。しかし数人の山賊がマクロたちを無視して男の方へ向かった為、山賊たちに数の優位がなくなった。しかし連戦による疲れが徐々に冒険者たちの動きを鈍らせ始めた。そこを山賊たちが力押しで冒険者たちを追い詰める。それまでは互角の戦いをしていた冒険者たちも少しづつ山賊の剣に倒れはじめた。


その時である。ひとりの冒険者が山賊の一撃をまともに喰らいアダムスたちが隠れている場所の前に倒れる。その冒険者はアダムスのパーティのリーダーだった。

「リーダー!うおぉぉぉ!」

それを見たアダムスは雄叫びを挙げながら山賊たちに向かい走り出した。そして後ろを向いている山賊の背中に剣を深々と突き刺す。そこには技もへったくれもない、ただただ激情に駆られた感情だけがあった。


そんなアダムスの姿を見て少女も恐るおそる倒れた冒険者の剣を取る。そして背中を無防備に晒しているアダムスを斬ろうと向かって行った山賊目掛けて剣を突き出した。しかし始めて持った剣は少女には重すぎた。狙いは外れ少女の突き出した剣は山賊の太ももに少し突き刺さった程度だ。そして刺された山賊が振り向くと少女と目が会う。山賊は怒りに燃えて少女目掛けて剣を振り上げた。


「このアマ!邪魔すんじゃねぇ!」

その狂気に少女は思わず目を閉じてしまう。しかしいつまで経っても山賊の斬撃は少女に届かなかった。恐るおそる目を開けると、マクロに両断され声も無く膝を付いて絶命している山賊の姿がそこにあった。


「さすがは旦那の連れだ。だが危ないから引っ込んでな!あんたに死なれると俺が旦那に斬られかねんからな!」

マクロの声に少女はぶんぶんと首を縦に振って後ずさる。しかし戦況はアダムスの参戦によって好転していた。別にアダムスが強い訳ではなかったが、新手が現れたと知った山賊たちが勝手に他の伏兵を気にし始めたのだ。その隙を突いて冒険者たちは反撃にでる。ある者は深手を負い、もはやこれまでと山賊に抱き付いて動きを止める。そこを別の冒険者が止めを刺した。


そして突然静寂が訪れた。そこにはマクロ以下3人の冒険者しか立っていなかった。アダムスは既に絶命している山賊に向かって何度も剣を突き刺している。残りの者も殺戮の興奮から未だ戻れず微かな音に敏感に反応していた。ただひとりマクロだけが戦闘が終わった事を理解した。


「旦那!」

突然マクロは声を張り上げ街道の上を見た。そこでは男がただひとりで山賊たちと戦っているはずだ。ならばマクロも参戦しなければならない。しかしマクロは動くことが出来なかった。何故ならそこには驚きの光景があったのである。


決戦の火蓋がきられた時、男はマクロへ少女を頼むと声を掛けると上から来た山賊たちに向かって走り出した。

「槍隊前へ!」

男の突進を見てリーダーが山賊たちに命令を出す。その命に数人の男たちが長槍を手に前に進み出た。槍衾を構成するには少し人数が少なかったが、狭い街道でたったひとりの突進を阻むには十分である。

しかし男は腰から短剣を取り出すと槍を持った山賊目掛けて投げつけた。それは槍隊を護衛する盾に阻まれ山賊を倒すことはなかったが、二本の長槍の穂先が少し男から外れる。その隙間にねじ込むように男は突進の勢いを保ったまま山賊たちの中に飛び込んだ。


そして通り過ぎざまに槍兵たちを盾ごと斬り刻む。

「ぐは!」

男の斬撃は鋭く重かった。斬られた山賊は一瞬で絶命する。

「ちっ、間合いをとれ!固まっていては同士討ちになるぞ!」

リーダーの声に山賊たちは男と距離を取ろうとするが狭い街道ではそうもいかない。まごまごしているうちに数人の山賊たちが男の斬撃を受け倒れていった。


「この化け物が!」

倒れた仲間を踏み越えてふたりの山賊が左右から男に斬り掛かる。しかしふたりの剣が振り下ろされた場所に男の姿は既にない。逆に腹を深々と斬り裂かれた二人の死体が転がった。


「囲め!足を止めるんだ!」

リーダーの指示に山賊たちは短槍を男の足目掛けて繰り出す。しかしそのどれもが男の動きに間に合わず地面を刺すに終始する。あの巨体にて何故あれほど俊敏に動けるのか山賊たちは理解できない。故に動きを先回りしての攻撃が悉く空を切る。その代償は自らの死だ。


しかしひとりの山賊が斬られる事をものともせず男の足にしがみ付く。男はその山賊を刺し殺すが、しがみ付いた山賊は絶命しながらも男の足を離すことはなかった。その行動を男は一瞬、少女の母親と重ねあわす。そこに隙が生じた。その隙目掛けて山賊たちが槍を突き出す。


だが男はしがみ付く山賊の死体を持ち上げ盾とし穂先を蹴散らした。幾本かは男の体を掠ったが致命傷になるようなものはひとつもない。逆に男の間合いに入った山賊たちは悉く男の剣に斬り伏せられていった。


男の動きを止められぬ山賊たちはひとり、またひとりとその数を減らしてゆく。そして男が動きを止めた時、そこに男以外の人間は立っていなかった。呻き声を挙げる者さえいない。全て絶命していた。ひとりの男が30人からの山賊を、いや落ち武者とはいえかつては戦場に名を轟かしていた荒鷲連隊の猛者たちを斬り伏せたのである。その最後の瞬間をマクロは目撃した。もはやそこに立つ男は人間ではなかった。


「修羅か・・」

マクロがその姿を見てぽつりと呟く。男も興奮しているのだろう。今声を掛けてはマクロでさえ斬られかねない雰囲気である。


そんなマクロの横を少女が男に向かって歩いていった。手には剣を持っている。そして少女は男の側で立ち止まった。そんな少女を見て男は少女に声を掛ける。


「斬ったのか?」

少女は首を横に振る。

「ううん、刺したけどうまくいかなかった」

「そうか、ではまだ早いな。もう少し待て」

男は何を待てと少女に言ったのだろう。しかし少女にはその意味が通じたようだった。


「終わったの?」

「ああ、終わった」

「もう、これはいらない?」

少女は手にした剣を少しだけ持ち上げ男に見せた。

「ああ、必要ないな。だが放るな。ぞんざいに扱ってはならん」

「うん、わかった」

そう言って少女はポケットに入れておいた布地を男に手渡す。それを男は黙って受け取り少女の顔に付いた飛び血を拭いた。少女はその行為に何故か母親を思い出す。少女の母親も少女が泥だらけで家に帰るといつも拭いてくれたものだった。


「ありがとう」

少女の言葉には色々な意味が込められているのだろう。顔を拭いてくれた事。自分を守ってくれた事。そしてもう少し待てと言ってくれた事・・。それら全ての事がその言葉に込められていた。


少女はボニア戦役で戦場になった村の生き残りだった。彼女と両親は森に隠れていたのだが、そこで掃討作戦を行なっていた男と鉢合わせした。恐怖に駆られた両親は無謀にも男に襲い掛かる。男は咄嗟に少女の両親を斬り殺してしまった。通常ならいなしてかわす技量を持ち合わせている男だったが、この時は全神経を残党狩りに向けていた。そんな男に鎌とはいえ振りかざして向かって行っては農民とはいえただでは済まない。

男は斬り倒した後に相手が農民である事に気付いたがそれ程動揺はしなかった。ここは戦場である。如何に農民とはいえ武器を持って向かってくれば斬り倒すのに躊躇はなかった。しかし男は倒れたふたりの後ろに棒を持って震える少女を見つけた。男は咄嗟に農民の意図を理解する。


そうか、この娘を守る為だったか・・。


しかしこんな事はどこでもあった。日常化していると言ってもいいほどだ。


どうする、斬るか?


このまま少女を放置しても救われる事はまずない。下手に他の兵隊たちに見つかれば慰みものにされて打ち捨てられるだけだ。ならばいっその事、ここで斬ってしまった方が少女の為でもある。しかしその時男の足を掴む者がいた。少女の母親である。


「に・・げな・・さい。はやく・・」

男の斬撃を受けて尚、母親は少女を逃がそうとした。男はその事に驚きを覚える。男は斬撃に手心を加えた覚えはない。確実に絶命させる太刀筋で斬ったのだ。実際、母親からは凄まじい量の血が流れ出ていた。これだけの出血をすれば意識などもうなくなっているはずである。しかし男の足を掴んでいる女の力は尋常ではなかった。


馬鹿な、これ程の力が残っている訳がない。


男にはその力の源が判らなかった。判らない故に恐怖した。戦場でも絶望した者が遮二無二討って出て予想外の力を発揮する事はある。しかしそれとて一太刀浴びせれば簡単に倒れた。倒れた後の屍が掴みかかって来る事はない。しかしこの女は・・。


男は少女に声を掛ける。

「お前を斬る訳にはいかなくなった。どことでも逃げるがいい」

しかし少女は棒を男に向け震えているばかりである。もしかしたら足に力が入らないのかも知れない。それは衝撃的な出来事に遭遇した人間にはままあることだった。


動かぬ少女に男は少女を置いて立ち去ろうとする。しかしそれを女の手が邪魔をする。男は既にこと切れている女の手を振り払おうとするがきつく固まった女の指は男の足を離さなかった。そこには死して尚、娘を守ろうとする母親の執念のようなものを男は感じた。


何故だ?わしはズールの残党どもを狩っていただけだ。誤って農民を斬ったのも初めてではない。なのに何故こんな事になったのだ?この少女を斬り、母親の腕を切り落としてしまえば済む事なのに何故それが出来ない?


男は自分の中に沸き起こる躊躇いに驚愕する。


何故だ?何故今更躊躇うのだ。今まで通り、斬り捨てれば済む事ではないか。一体何がわしにこんな罪悪感を押し付けてくるのだ?確かにわしはこの夫婦を斬った。しかしこいつらは武器を持って向かってきたのだ。ならば斬るのは当たり前でないか。


男は自分に自問する。何故、何故、なぜ?そして漸くひとつの記憶を思い出す。そう、男も幼い頃両親に守られていたのだ。昔、男の村は野盗の襲撃にあった。両親は幼い男とその兄弟たちをカラ井戸に隠すと野盗たちに立ち向かっていった。しかし思わぬ反撃に業を煮やした野盗たちによって村は火を付けられる。その火はカラ井戸の側にあった納屋も倒壊させ、出口を塞がれた兄弟たちをいぶり殺した。ひとりカラ井戸から出て様子を伺っていた男だけが兄弟の中で唯一助かった。そして幼かった男にその光景はあまりにも刺激が強すぎた。故に幼い男は自分の心を守る為、その記憶を封印してしまったのだ。


何故今更思い出すのだ・・。神はわしにどうしろというのか。


躊躇いの原因は思い出したがそれでも尚男は戸惑う。こんな事は今までにも幾多もあった。何故、その時ではなく今なのだ?


しかし幾ら考えても答えなど出てこない。そもそもこのような事に正解などないのだ。ふたつの相反する勢力が争う時、そのどちらにも言い分がある。そしてその言い分が分かり合う事はない。一方にとっては己が正義で敵が悪。その逆もまた同様である。ならば正義の大儀ではなく自分の信じる道を行くしかない。


男は両親に守られた過去の記憶を思い出した。あの事件の後、男の人生は苦労の連続であった。人から罵倒され、追い立てられ、生き残る為に何人かの命も奪った。ここに置いてゆけば、この少女もそのような道を辿るはずである。いや、もっと悲惨な目にあうであろう。


男は少女の両親を斬った。それは少女の人生を斬ったに等しい。行動には結果が伴う。男は間違った事をしたとは思わなかったがその結果に責任を取ることにした。


それは少女が一人前になるまで側にいて守るという事である。その事に少女がどう反応するかは判らない。しかし男は決断した。少女が拒めばそれもよし。それが少女の決断である。そして男は行動を開始する。


「すまぬが暫く後を向いていてくれないか。お前にこれ以上母親を傷つけるところを見せたくない」

男の言葉に少女は睨み返して来たが。数拍後、黙って男に背を向けた。それを見て男は母親の手首を切り落とす。如何に硬く握られていた手でもその力を伝える腱を切断すれば指を固めておく事はできない。男は足首に残った母親の指を一本ずつ引き剥がした。そして剣を使って穴を掘り始める。剣ではそれ程深く土を掘る事は出来ないが気休め程度にはなる。少女の気持ちを考えるとこのまま遺体を放置する事は出来なかった。


少女の両親を埋葬すると男は少女に話しかける。

「お前の親たちはお前に生きろと言った。だが、お前にはまだひとりで生き抜けるだけの力はない。それは判るな?」

男の問いに少女は微かに頷く。

「ならばわしと一緒に来い。そして学べ。そうすればいつかお前の望みが叶う時が来るかも知れん」

少女は一瞬男の言っている事が理解できなかった。一緒に来い?人買いに売り払う為ではなく生きる術を学ぶために?私の望み?それって・・。


少女は戸惑いながらも男の言葉の意味を反芻する。この男は少女の両親を殺した。しかし何故か少女を斬らずに図らずも両親を埋葬してくれた。何故だ?なぜそんな事をする?しかも側にいて何れ親の仇を取れとも言う。なんなんだ、何故そんな事を言うんだろう。いっそ、一思いに殺してくれれば両親の元にいけるというのに。


少女が答えの出ない問い掛けを自問している間、男は黙って立っていた。少女にはこの男の行動が理解できない。しかし両親の思いと生きる事への本能がこの男の提案を受け入れるように促した。そして少女は小さく頷く。それを見た男は少女に立つように促し、先に立って歩き始めた。


その後、男は少女を連れて軍を出奔した。行く宛てなどない。ただ少女と共に旅を続けた。そしてとうとうこの町で手持ちの金が無くなり冒険者ギルドの門をくぐったのだった。




山賊たちの屍が散乱する惨劇の場を目の当たりにし言葉を失っている少女に、男は優しく声を掛ける。

「気にするな、こいつらは自分の意思で戦い敗れたのだ。それを自分の思いと重ねてはならぬ。やつらは自分の行動の責任を取ったのだ。結果が伴わなかったのは運でしかない。そして運を呼び寄せるには人より強い意志と力が必要なのだ」

「自分の責任・・」

男の言葉に少女は自分のこれからを思った。行動には結果が伴う。全て自分が思い描いた通りになるとは限らない。そしてそうならなかったからといってその結果に背を向けてはいけないのだと。


「そうだ、自分の取った行動の結果を人のせいにしてはいけない。そうしない為にみんな慎重に生きているのだ。他人の行動や言葉に惑わず自分で考え自分で行動しその結果に責任を取る。それが生きるという事なのだ。お前なら判るであろう」


男は暗に少女の両親が取った行動を匂わせ少女を諭す。少女の両親も、男もそれぞれ取った行動の結果として対価を支払った。少女の両親は命を、男は少女を一人前にするという責任を自分に課すことになったのだ。


「うん・・、わかるよ」

少女は小さな声で男の問い掛けに答える。男が少女の両親を殺さなければ、いや、そもそも戦争など起きなければ知る必要さえなかった無慈悲な心構えである。しかし現実には色々な事が起こっている。目の前で起こっている事に目をつむり否定してばかりでは先には進めない。現実を直視する事を男に教えられたことにより、少女は今を生きる意味と厳しさを知ったのだ。


そして少女は決断する。自分も立ち上がろう。暖かな庇護に包まれた巣を離れ、自分の翼で飛び立とうと羽根を広げたのだ。


少女は手当ての終わった負傷者を馬車に詰め込む冒険者たちの姿を見ながら男に問い掛けた。


「私も冒険者になれるかな?」

男は少女の意外な問いにすぐには答えられない。少女は自立しようとしている。ひとりで生きてゆく為に生業を模索し始めたのだ。この問い掛けは戯言ではない。多分、少女自身が己に問い掛けているのだ。だから男も真剣に答えた。


「そうだな、冒険者と言っても色々らしい。そして、みなFランクから始めるそうだ。だから諦めなければなれるだろう」

そう、冒険者の間口は低い。みな自分は冒険者だと名乗れば冒険者なのだ。しかしなるのは容易いが続けるのは難しい。いや、それは冒険者に限った事ではないだろう。全ての生業にその事は当て嵌まる。


「そうなんだ・・。なら、やってみなくちゃね」

「そうだな、何事も試してみなくては始まらん」


男は少女が精神的に自立してゆくのが嬉しくもあり寂しくもあった。男は少女の両親を殺している。やむ得ぬ事だったとはいえ少女が男を許すことはないだろう。男も許しを乞うつもりはなかった。だからと言って少女に手を広げて仇を取らせるつもりもない。そんな事をしても少女の悲しみや憎しみは癒えないのだ。むしろ目標を失ってしまい生きる気力が無くなってしまう。


少女と男がぎこちなく話をしていると、マクロが男に声を掛けてきた。

「それじゃ悪いが先に行かせて貰う。下に付いたら馬車を向かいに寄こさせるよ」

「ああ、わしたちはゆっくり降りるから心配するな」

「すまんね、そいじゃ町でまた会おう」

そう言うと冒険者たちは傷ついた仲間を馬車に乗せ山を降りていった。馬車は死体と負傷者で一杯である。故に男は一緒に行くことを断っていた。何といっても凄惨な負傷者のうめき声などを少女に聞かせたくなかったのだ。


馬車を見送った後、男は少女と歩き出す。

「どれ、ではギルドに行って登録するか。まずはFランクからだ」

「うん、そうだね。Fランクからだね」


そう言うと少女は初めて男の手を握った。この手が少女の両親を殺したのだ。しかし少女を守ってくれている手でもある。反する感情が少女の中で葛藤したが、少女の両親は生きろと願った。その思いに応える為にはこの手に縋るしかない。少女は今まで自分の無力に気持ちが沈んでいたが、初めて男の手を握って暫く忘れていた人のぬくもりを感じた。


私は守られている。


少女は心の中でその事実を反芻する。しかし守られてばかりでは駄目な事も今回の出来事で知った。最後に自分を守るの自分自身だ。その為には強くならなければならない。少女の両親にはその力がなかった。だから少女を守りきれなかった。無慈悲な暴力の前では、意思だけでは大切なものを守りきることはできない。しかし意思がなければ力などただの暴力でしかない。意思と力、このふたつを持ち合わせる事が人生を切り開いてゆく故で大切なものだということを少女は学んだのだった。


そしてふたりは並んで街道を降りていった。そう、並んでである。少女はもはや男の後ろを歩かない。男も下がるように言わない。決意を固め、自らの足で歩き始めた少女は男と対等になったのだ。如何に力に差があろうとも、男の庇護から自立した少女は一人前である。ならば男もそのように少女を扱わなくてはならない。多分少女はこれから立ち塞がるであろう様々な障害に涙することだろう。だが、それは少女だけに限った事ではない。みなに平等に起こりえることなのだ。だからまずはFランクから始めるのである。自分の手に負えるランクから徐々にこなしてゆき、生きてゆく為の経験を積むのだ。


まずはFランクから始めよう。それは初めて自分の足で歩み始めた若者たちの合言葉なのかも知れない。


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