第四話 雨の日はどうする?
昨晩、女将から
「魔法は特別な人間にだけ使えるものなんだよ」
というようなこと言われて、まあそんなものかと少し気持ちが軽くなった俺だが、やはりどこかで魔法の習得を諦めることができない自分がいた。
しかし、いつまでも魔法が使えなかったことを引きずっていくわけにもいかないので気持ちを入れ替える。
顔を軽く両の手のひらで叩き、心機一転だと思いベッドから起き上がる。
そこで、昨日とは違うあることに気づいた。
「なんと、雨が降っているぞ……」
その事実に俺は激しく動揺した。
なぜなら、俺の異世界での唯一の生命線であった「フタバ草拾い」の依頼が無い可能性があるからだ!
もし、フタバ草が雨にぬれるとだめな素材だったりした場合、最悪数日間依頼を受けることも叶わなくなってしまう。
そうなると、今の俺に出来る仕事は限られた内容になってくる。
「天気のことはすっかり忘れてたぜ……。完全にうかつだった……」
連日のフタバ草拾いがうまくいっていることで、少し油断していた俺にとっては青天の霹靂であった。
俺は猛烈に自分がその日暮らしであったということを痛感する。
だが、安定した職に就こうにもコネも実力も経験も無い俺には無理なことなので、とりあえずフタバ草拾いの依頼がないか確認するために、俺は冒険者ギルドへと向かうことにする。
朝食を食べ終えた俺は、いつものリュックを背負って外へ出ようとした。
しかし、それを目撃したウエイトレスの女の子に止められる。
「外、雨降ってますよ?」
その格好では濡れてしまうと暗にほのめかす上目遣いのツインテールの少女に、俺は少しドキッとした。
異世界でも相変わらずコミュ障な俺は、こういったちょっとした気遣いなどに弱いのである。
最近こういった優しさに触れることが多く、意外と異世界も悪くないもんだななんて思ってしまい始めている俺がいる。
「お母さん、クロノさんが雨に塗れちゃうよ」
ツインテールの少女は女将のとこへとトコトコと走っていき、なにやら大きい布のようなものを持ってきた。
少女が持ってきたものは大きめのレインマントのようなものとシュマグのようなものだった。
「これ、使ってください」
少女からマントとシュマグもどきを受け取った俺は少女の目を見てありがとうと礼を言う。
すると、少女は少し恥ずかしそうに顔を赤らめて仕事へと戻っていった。
俺は早速装着しようとしたが、いまいち着方が分からず、へんてこな風貌になってしまった。
それを見ていたのか、少女がまた寄ってきて俺に正しい着方を教えてくれる。
「はい、これでいいですよ」
おかあさんのように俺の服装を整えた少女にまた礼を言う。
仕事へと戻っていく少女を見ていると、にこやかにこちらを見ている女将の顔が見えた。
雨対策ができた俺はいよいよ外に出る。
少女の話によると、この生地には撥水の魔法がかけられているらしく、振ってくる雨粒のほとんどをはじいてくれるのだという。
実際、雨合羽のようなマントを装着してシュマグのような布を頭に巻いた俺は効果を実感していた。
改めて魔法の便利さを思い知りながらギルドへと向かっていく。
ギルドに到着すると、俺と同じようにマントを装着した冒険者達がいた。
雨が降っているせいもあり、いつもより人が少ないように見える。
俺はドキドキしながら依頼書が張ってある掲示板へと向かう。
頼む、フタバ草の依頼書があってくれ!!
いつも端っこの採集依頼のコーナーに張ってあるフタバ草の依頼書を探すべく、俺は掲示板前の人ごみから一歩ずれた場所を目指す。
そして、いつもの場所にやってきた俺。
そこには……
「あったぞ!!」
なんと、フタバ草の依頼書があったのだった。
思わずガッツポーズをとり、声をあげてしまった俺は周囲から少し注目を浴びた。
冒険者の中には、「フタバ草のあいつか」と若干引いた目で俺を見てくるものもいた。
しかし、そんなことは気にならないほどに喜んでいた俺は、早速依頼書を掲示板から剥がして受付へと持っていく。
「これお願いします!」
少し勢い良く依頼書を出すと、いつもの受付嬢は困惑した顔でこちらを見ていた。
「えっ、外雨降ってますけど……」
どうやらこの子も俺が雨にぬれることを心配してくれているようだ。
なんだか、そのことだけでも嬉しくなってきて、俄然やる気が出てくる俺。
しかし、受付嬢は森に行く気満々の俺を止める。
「あの、フタバ草を納品している研究所の方からクロノさん個人に依頼が来ていますけど、今日はそちらになさってはいかがですか?」
なんと、採集したフタバ草を納品していた依頼主から俺に直々に依頼が来ていたらしい。
なんだろう、また違う種類の草を拾うものだろうか?
「エリス魔法研究所の所長のエリスさんからの依頼なのですが、拾ってきた薬草などの素材を細かく分類してほしいという依頼だそうです」
どうやら、俺が今まで集めてきたフタバ草や、その他の研究材料を仕分ける仕事らしい。
受付嬢が言うには、フタバ草の依頼を精度良くこなしてくる冒険者がクロノさんしかいないので、ぜひ素材の分類も精度良くこなして欲しいということだった。
心無い冒険者達が言っていたように、フタバ草の依頼は誰でも手軽にできるので、子供から年寄りまで幅広く受注するのだという。
そうなってくると、品質を気にしない子供や、目が悪く間違えた草を混入させる老人の発生が後を絶たないという。
そのため、一本あたりの単価を安くして、あとから分類することで精度を高めていたらしい。
ただ、単価を安くしたせいでさらに集まってくる素材の質は悪くなっていったという。
そんなときに、依頼者は比較的丁寧に間違いなくフタバ草を納入してくる俺の存在に気づいたらしい。
あまり他人と会話したりしなくてもよさそうな職場だったので、俺は職の可能性を広げる意味も兼ねて、素材分類の仕事を引き受けることにした。
受付嬢に件の研究所とやらの場所を教えてもらい、早速依頼を受けて現場へとむかう。
ギルドの外へと出て、受付嬢から貰ったメモを参考に俺は足をすすめる。
どうやら目的地はギルドと北東ゲートの中間くらいの場所にあるようだ。
地図通りに大通りを歩いていくと、間も無くして研究所へと到着した。
「あれ?ここ研究所じゃなくね?」
俺がたどり着いた目的地は、大通りに面した中規模の薬局兼製薬所であった。
しかし、店の表看板には「エリスの薬局」と書かれているので、おそらくここが受付嬢の言う研究所で間違いないはずだ。
このまま外にいても雨に当たり続けるだけだし、薬局に来るお客さんの邪魔になってしまうので、俺は覚悟を決めて中に入ることにする。
「いらっしゃい」
店のカウンターからエリスさんぽくない声が聞こえてきた。
俺の頭の中のエリスさんは女性だったのである。
しかし、明らかに店内から聞こえてきた声は渋い男性の声であった。
「あのう、冒険者ギルドから紹介に与りましたクロノと言うものなのですが……」
コミュ障感溢れる俺の第一声に、店員の男性は「ああ、フタバ草のクロノさんね」と言って、俺に少し待ってるよう言って店の奥へといなくなった。
店員さんを待っている間、俺は商品棚に置かれている薬や、カウンターの壁に貼ってある薬の注文用のポスターみたいなもんを眺めていた。
風邪薬や傷薬、絆創膏のようなものから湿布まで取り揃えており、俺は店内の様子に現代日本の薬局と近い雰囲気を感じた。
一方、壁に張ってある薬の調合依頼一覧表には、「疲労回復ポーション(良質)」や「魔力回復ポーション(良質)」などゲームの世界で見るようなものが並んでいる。
中には、「解毒ポーション」や「痺れなおし」なんてものまであり、異世界の危険さをあらためて実感するのだった。
「おまたせ、どうぞ中に入って」
店の奥から戻ってきた店員は、店内を物色していた俺に店の奥へ入るように告げる。
店員に連れられて店の奥にやってきた俺は、製薬所らしき場所の前を通り過ぎ、小さな図書室のような部屋へと通された。
「おっ、君がクロノ君か。思ったよりも若いんだね」
俺が部屋に入るなり、部屋の真ん中においてある大きな机に向かって座っている人がこちらに声をかけてきた。
声をかけてきた人は、少し明るめの緑色の髪をした女性だった。
肩に少しかかる程度の長さのさらさらとした緑色の髪は、蒼くて丸い瞳に良く似合っていた。
座っているので背丈は分からないが、身に纏う雰囲気から俺よりも年上であるのではないかと思う。
薦められるままに、俺はその女性の向かえに座ることになった。
お互いのことを軽く自己紹介し、仕事内容についても教えてもらう。
この女性が魔法研究所の所長のエリスさんであり、仕事内容に関しては受付嬢が言っていた通りの内容だった。
依頼の報酬は一日5000ゴールドで、追加報酬としてエリスさんが作った薬やポーションをいくつか頂けるらしい。
仕事の期間は材料の分類が終わるまでということだった。
俺は思ってた以上の待遇の良さに驚き、エリスさんにそのことについて質問してみる。
すると、エリスさんが困ったように頭に手を当てて答えてくれた。
「薬草や素材を依頼用の革袋に入れたままにしておいたのだが、この前中身を確認してみたところ、薬草以外のものが大量に混ざっていてな」
ギルド窓口ではこの手の採集依頼の成果確認は最低限しか行われないらしい。
というのも、素材の確認をひとつひとつ行っていると他の業務が回らなくなるためであった。
また、素材ひとつあたりの単価が安いので、依頼者側が窓口に詳細確認用の費用を追加で払うと全体として収益がマイナスになってしまうというのも理由だという。
もちろんエリスさんもそのへんのことは織り込み済みだったらしいのだが、想像していた以上に集まった素材の質が悪かったのだという。
いちおう、まともな素材袋はないかとひとつひとつ空けて確認したところ、俺が納品したものは素材選定の精度が良かったのだという。
こういった事情から、もはや山積みになっている素材達を早く分類処理しないとまずいことになるのだとか。
そのため、フタバ草採集の依頼報酬の倍程度のお金を支払ってでも、精度の良い仕事をしてほしいとのことだった。
「そういうわけだから、変な不安を持たないでも大丈夫だ」
俺が仕事内容に何か嘘があるのではないかと心配しているように思ったのか、エリスさんは俺に安心するように言った。
今から早速仕事に移ってもらえるか聞かれたので、もちろん大丈夫だと答える。
なんだかしばらくの間安定して収入が得られるのではないかと一安心して、俺はエリスさんと一緒に作業場へと向かった。