第四十六話 エイレネの過去
テント内でのいざこざも終わりを迎えて、いよいよキャンプへと集合した一同。
疲れた様子のパーティメンバーと朝食を取るために、俺達はテーブルについたのだった。
各人の前に現れた、皿に盛られた干し肉に一同は辟易する。
しかし、干し肉とは違う何かも一緒に現れて驚くことになるのだった。
「なんですのこれ?」
マジカルボールを食べやすい大きさにカットしたものが、フォークと一緒に机に人数分あることに疑問を感じるラズメリノ。
確かに、先日まで干し肉しか無いことについて議論を交わしていた俺達なので、新しい食べ物らしきものがあるのは完全に想定外なはずである。
「食べていいの先生?」とこっちを見て聞いてくるミシュラ。
食卓では、突然現れた謎の食物に意識が集中しており、先ほどまでの微妙な空気が幾分か和らいだ気がした。
「俺が農場で作ってみた果物だ。滅茶苦茶うまいから食べてみてくれ」
「農場設置」を習得したことでサンプルとして手に入れた種から作った作物であることを説明して、俺も一口食べる。
舌の上に果物が乗るとジュース同様に独特の美味さを感じる。
「これ、すごくおいしいですよ!」と満面の笑みのミシュラ。
真っ先に口へと謎の果物を入れたミシュラの感想を聞いた他のメンバーも次々と食べ始める。
マジカルボールを食べた者から「美味い……」という声が漏れ聞こえた。
果物をあっと言う間に食べ終えた一同は、干し肉を食べながらジュースも飲む。
塩辛く単調な味わいの干し肉も、さっぱりと甘いジュースと共に食すとなかなかに美味く感じるので不思議なものだ。
昨日の夕飯に引き続き、ある程度満足のいく食事を取り終えた俺達は現実へと戻る。
テント内で発生した出来事についての説明と、ジャガイモの種に関する相談をすることになったのだ。
「いろいろと迷惑をかけてすみませんでした!!」
まずはミシュラが昨晩の騒動について謝罪する。
これに関しては、他のメンバーも俺も大変ではあったが特に気にはしていない。
ただ、気になる点があるとすれば、ミシュラの俺を見る際の目が少し前と変わったような気がすることである。
以前のどこか余所余所しい雰囲気は無くなり、家族を見るような優しい目つきに変化したのだった。
しかし、時々顔を赤くして目を逸らすあたり、覚えていないとは言っても昨夜のことを気にしている様子である。
ミシュラの謝罪が終わり、さあいよいよ農場について話そうと意気込む俺であったが、その心はエイレネの言葉によって打ち砕かれることになる。
「今朝はいろいろとごめんなさい!!」
本当の謝罪はむしろ今から始まるということに気づいた俺であった。
俺が確認しているのは、ビーストキラーを持ったエイレネがなにやら鼻息を荒くしているところまでである。
そのあと、俺は一足先にテント内からドロンしたので、あの後何が起こったのかは知らなかった。
どうやら、その後の出来事について謝ることがあるとのことである。
話はキャンプに集まる前のテント内へと遡る。
俺がいなくなった後のテントで、ミシュラが「私、ちゃんとできたかな?」と顔を赤くして呟いたのだという。
他のメンバーがそれを聞いて「いや、クロノ先生とミシュラちゃんの間には別に何も無かったので安心して」と言うのだが、なぜかその様子を見ていたエイレネが涙を流して崩れ落ちたらしい。
テント内の柔らかいマットの上ではあるが、バタンと音を立てて倒れたエイレネに驚き、一同は彼女に駆け寄ったのだとか。
「大丈夫か!?」と彼女にメンバーが聞くと、問いかけに対して上の空で、涙を流しながらなにやらブツブツと独り言を言っていたという。
ラズメリノが彼女を介抱している際に「私も師匠に襲われたかった……」と呟いていたらしく、俺はラズメリノに「もしエイレネさんに迫られても、無責任に襲っちゃダメですからね?」と注意をされた。
なんだか俺が悪者みたいになっているが、それほどまでにエイレネは俺に執着しているとのことである。
エイレネの変貌ぶりに驚かされた一同は、彼女がそこまで俺に執着する理由を探るために、エイレネからいろいろと話を聞くことにしたのだという。
そこまでテント内での話を聞いた俺は「エイレネの昔話は本人から聞いてくれ」とルークに言われる
本人の過去は本人から聞いたほうが良いということらしく、エイレネも「師匠にも聞いておいてほしいです」と言うので俺は彼女の過去の話を聞くことにした。
エイレネがどうしてこれほどまでに俺を慕い後ろをついてくるのかというと、彼女が孤児であるというところから話が始まっているのだとか。
彼女は産まれてすぐに両親を亡くしたらしく、とある孤児院で育つことになったらしい。
孤児院での彼女は運動も勉強も良くこなす優等生であったという。
だが、本人は他の子供達と外で遊んだりするよりも一人で本を読んでいるほうが好きなタイプの子供だったらしい。
俺はそんな話を聞いて、幼少期から秀才ぶりを発揮していたらしいエイレネがわざわざ俺なんかを選んでついてくる理由がますます分からなくなる。
「孤児院においてあった絵本が好きでよく読んでいたのです」
エイレネは孤児院にあった「虐げられる多種族が一人の男の手によって救われていく」というストーリーの絵本が非常に好きだったという。
そこに出てくる主人公の男が「俺に良く似た風貌と性格と口調」であったらしい。
確かに髪の色や顔立ちに特徴のある俺ではあるが、口調に特徴があるとは思えない。
まあ、このへんのことは本人には気づかない何かがあるのかもしれないと思った。
「学院でたまたま受けた特別講義に、絵本に出てくる主人公そっくりの師匠がいたわけです」
孤児院で勉強を頑張り、成績優秀者として見事学院に入学したエイレネは、そこで絵本の王子様に出会ったというわけだったのだ。
初めは純粋な興味と憧れで、授業後に俺の後をつけたらしい。
それから成り行きで俺の弟子となり、行動を共にするようになってからの毎日はとても楽しく充実したものであったという。
特に迷宮に入ってからは、不便な生活や命がけの戦闘の日々ではあるが、気になる師匠である俺と寝食を共に出来ることに至福の時を感じていたらしい。
常に俺の近くにいるようになってからは、毎日毎日俺のことばかり気になって仕方が無いのだという。
「そんな時に、師匠がミシュラちゃんとイチャイチャしていたと聞いて、私の中の何かが暴走してしまったのです」
それを聞いていたラズメリノが「嫉妬ですわね」と零す。
ミシュラが酔っ払って俺にくっつき始めた辺りから、既に嫉妬の感情を押さえ込んでいたというエイレネ。
同じパーティ内で、しかも別に悪気があるわけでもない彼女を責めることもできない彼女は我慢を強いられた。
そして翌朝、ミシュラが漏らした言葉を聞いて心のダムが決壊したのだという。
「つまり、勘違いが生んだ偽りの失恋だったというわけだ」
なんかうまいこと論旨をまとめたみたいな顔をしているルークを、横に座っているラズメリノがグーで殴る。
「少しは女心と空気を読んでくださる!!?」と怒るラズメリノ。
ギャグ漫画のようなタンコブと、赤いダメージ表記がポップするルークは椅子から転げ落ち地面に伏せる。
「何度聞いても小説のような素敵な初恋ですね!」
その初恋を失敗に終わらせかけたミシュラが、エイレネの昔話にときめく。
確かに、奇跡のようなストーリー展開ではあると俺も感じた。
しかし、類まれなる容姿と能力を持つ彼女が、他の男に靡くことはなかったのだろうかと俺は疑問に思った。
直接彼女に聞いてみると「そ、そんな類まれなる容姿だなんて……」と顔を赤くするエイレネが質問に答える。
産まれた時から女子孤児院にいたというエイレネは、基本的に男子と関わることはあまりなかったという。
一緒に遊ぶ子供も女子であったし、孤児院にいた男は院長のおじさんや食堂のコックさん、近所のおじいちゃんとかであったらしい。
そんな環境でエイレネが気になる男の子というのは、絵本に出てくる「黒髪の主人公」であったのだとか。
彼女の中での憧れの男子というのが、例の主人公であるので、学院に入ってからも気になる男子ができることはなかったという。
その美貌から言い寄ってくる男は多かったらしいが、肝心の本人に興味が一切無く、持ち前のおっちょこちょいさとチグハグな対応とカオスさで、勝手に向こうから離れていったのだとか。
そしてそんな状態でひたすら勉強に励んでいたら今に至るらしい。
「というわけなのです」
過去の話をし終えたエイレネは「なんだか自分のすべてを曝け出したような気がして、頭がおかしくなっちゃいそうです」と悩ましげな表情をしている。
ラズメリノやミシュラは「素敵な恋ですね」と背後にお花畑が出ているような雰囲気になっていた。
特に恋愛ごとに興味の無いアンデルスなんかは「それで先生はエイレネのことをどう思っているの?」などと俺に爆弾をパスする。
突然降って沸いた危機に俺は困惑して「エイレネのことは好きだぞ」とLikeの意味で返答した。
もちろん一同もそのように受け取っているので「エイレネさん、これからが勝負ですね」といった空気が流れる。
しかし、等の本人はLoveの意味に受け取ったらしく「え、え!?」と挙動不審な動きをしていた。
それからまた少しラズメリノ達が活躍し、なんとか事態を収拾することに成功したのであった。
エイレネの昔話も終わりを告げ、いよいよジャガイモについて話をすることになった一同である。
俺がジャガイモの成長システムについて説明すると、パーティメンバーとしても迷宮嵐は体験しておくべきだという意見が多かったので、この階層でジャガイモを育ててみることになった。
「それじゃあ、4日目まで2階層で粘るということで決まりだな!」
これからの方針が決定したところで、俺達はまたしても狩りの準備を始めるのであった。




