第四十四話 ふわふわミシュラ
ステーキは今まで食べていた肉とは段違いの旨味であり、果実酒もほんのりと甘く飲みやすい。
食事を楽しみつつも、俺達は先ほど手に入れたポイントとコネクトの配分について話し合う。
スキルポイントはもともとの予定通り「農場設置」の技能を習得するために使うことになった。
コネクトは農場に植える種なんかを買うことを優先することになる。
事務的な話を終えると、酒に少し酔っているミシュラが今日あった出来事について話し出す。
「大量の魔物に追われている時に、石に躓いて転んじゃって死を覚悟したんですからね!!」
なにやら彼女は、一人でフィールド上を走り回っている時にいろいろあった模様である。
グラスを片手にジェスチャーを交えながら語る彼女は、結構酔いがまわっている様子であった。
ミシュラの話す声は大きく、周りにいるメンバーにも積極的に絡んでいく様子が見られる。
エイレネやラズメリノにも抱きついたりしながら「二人ともスタイルが良くてズルいですよ!」と文句を言っている光景も見られた。
そんなミシュラに絡まれている二人は「ミシュラちゃん大分酔っていますね」と大人の対応で場を回していた。
だが、なにより幸せそうに笑いながら喋る彼女を見ていると、俺達一同もなんだか楽しい気分になってくる。
ミシュラには周りを元気にさせる天然な部分があるということが、改めて強調されることになった夕食会であった。
満足のいく楽しい食事も終わりの時間を迎え、女子から先にキャンプの横に設置されたシャワーを使う。
交代で見張りをおきながら体を洗う彼女達を待つ間、3人の男達はまたしてもキャンプで談笑する。
「いやあ、それにしても強敵だったなあ」
キャンプの椅子に腰掛けるルークが、ユニークモンスターの強さを改めて語るのだった。
直接奴の攻撃を食らいつづけていたのはルークのみなので、彼が一番グレートウルフの脅威を理解しているのだろう。
アンデルスも「女子達の逃げ足もなかなかだったね」と敗走の瞬間を思い出して言う。
ステータス的にも俺達男衆よりも「素早さ」の値が大きかった女性陣。
特に「商人ダッシュ」の技能を持っているミシュラの逃げ足は凄まじいものであった。
男達でプチ反省会をしていると、シャワーを浴び終えた女子達がキャンプへと戻ってくる。
「おまたせしました」
女子達にキャンプでのモンスター番を任せて、俺達はシャワー室へと向かう。
強敵との戦闘の後に浴びるシャワーはなかなかに心地よいものであった。
直接対決に勝ったわけではないので、完勝というわけではないが勝ちは勝ちである。
シャワーも浴び終えて、キャンプへと戻ってきた俺達であるが、テーブルについているミシュラは未だ酔っ払ったままであった。
「あはははは、先生ったら女の子みたいな髪になってるよ!」
風呂上りで、ろくに乾かしていない俺の髪は濡れたままであり、肌にピタリとくっついている様子がミシュラにとって可笑しかったようである。
いまいち笑いのポイントが分からなかった俺は周囲の様子を確認したが、やはりミシュラが酔っ払っているだけで、この世界特有の笑いのツボがあるわけではないようであった。
キャンプの焚き火を囲み、遠火で暖を取りながら水気を飛ばした俺達は夜の番につくペアと順番を決めることにする。
特に不自由もなかったので、昨日までと同じ組み合わせで、順番だけいじることにした。
話し合いの結果、今日の夜の番はエイレネとラズメリノから始まることになり、残りのメンバーは寝るためにテントへと向かう。
「それじゃあ師匠、しばらくしたら起こしますからね」
キャンプを守るエイレネとラズメリノに見送られながら、酔ったミシュラが転ばないように支えながらテントの中に入る。
さあ寝るぞと思って自分の布団に入って少ししたところで、テント内にいた俺達はアクシデントに見舞われることなる。
「先生!一緒に寝よう?」
そそくさと俺の横にやってきたミシュラは、あろうことかそのまま俺の隣に寝転ぶのであった。
ルークやアンデルスもいるテント内の空間で、恥ずかしがる様子も無く俺の胴体にくっついて離れないミシュラ。
一日の疲れを癒すべく横になっていた俺は、体側に感じる柔らかい触感にギョッとして思わず声を出す。
「いやいや、それはまずいだろ!」
別に決してやましい気持ちは無いのだろうが、年頃の女の子が無防備にくっついてくるのは色々と問題がある。
ましてや、酔っ払っている状態だというのだから本人の自覚がない可能性があるし、責任能力も無いのでやばい。
俺の声に気づいて此方を見るルークとアンデルスも「なんだかまずい雰囲気だぞ!?」と空気を察し、外にいる女子二人のもとへ走る。
思いのほか強く体をホールドしているミシュラの束縛から逃れるためには、彼女を傷つけることを承知で強めに振りほどくしかない。
もちろん、そんなことはできないので、俺は女子達が助けてくれるのを待つことにする。
「せんせー♪」
甘えた声を出して俺に密着するミシュラ。
本来の合理性を求める理知的な彼女の雰囲気とも、時折戦いの場面なんかで見せる大胆な様子とも異なる、親に甘える子供のような行動をするミシュラに俺は困惑する。
もともと日本でもあまり女子と関わることの無かった俺に、この手の免疫などあるわけがないのでどうしていいのか困った。
不覚にも下半身に血が巡り始めてきたことを感じた俺は「このままではヤバイ……」と背中に嫌な汗を感じ始める。
スタイル抜群で美人顔であるエイレネや、同じく器量良しのラズメリノと並ぶと目立たないミシュラだが、一般的な見解では十分美少女に分類される彼女であるので、年頃男子の俺としてはいろいろと不味い。
俺の胸元に顔を埋めて、もどかしそうに動く彼女の胡桃色の髪からは、生活必需品セットに入っていた石鹸の良い香りが漂ってきた。
「せんせーだーいすき!」と甘くささやき、体に巻きつける腕に力を込める彼女はグレートウルフなんかよりもよっぽど強敵であり、悩ましげな彼女の呻き声は俺をグレートウルフに仕立て上げようとする。
このまま穴に嵌ってプチファイアを撃ってしまったら、俺の異世界ライフは終焉を迎えることになるので、無警戒に迫ってくる彼女と俺はかつてない攻防を繰り広げることになる。
「師匠!!大丈夫ですか!!?」
ガバっと空いたテントの入り口から駆け寄るのは一番弟子のエイレネであった。
鬼気迫る表情で俺の元へ走ってくるエイレネは、力いっぱいミシュラを俺から剥がす。
師匠の安全を思う弟子の行動に、俺は一人感動するのであった。
しかし、幸せそうに俺にくっついていたミシュラはエイレネに引き剥がされたことに気づくと、なんと驚くことに声をあげて泣き始めたのであった。
「いやだあ!!せんせいと一緒にねるの!!」
駄々っ子のように泣き喚くミシュラに面食らう一同は、ミシュラをなだめようとするが一向に治まることはなかった。
しばらくラズメリノやアンデルスがミシュラをあやすのだが、泣き止む気配がまるで無い。
このままでは埒が明かないので、とりあえず俺の元へとミシュラを戻す決断を下すメンバー達。
「嘘だろ!?」と震える俺の意見は無視され、ミシュラは俺の元へと再び戻ってきたのであった。
不出来な弟子と生徒達を持ったことを不幸に思った俺は、またしても危機的状況へと逆戻りすることになる。
戻ってくるなり泣き止み、安心したような顔で「せんせー?」とくっついてくるミシュラ。
俺以外のメンバーは「これはダメだ」と諦めムードになり、俺とミシュラを除く4人で夜の番をする計画を立て始める。
「クロノ先生、今晩はミシュラちゃんをお願いしますわぁ」と匙を投げた様子のラズメリノが俺に言う。
「師匠!邪なことはしちゃだめですよ絶対!!」と鬼の形相でこちらを見るエイレネ。
何か起こった時に肉体的干渉でミシュラを止める必要が出てくるということで、見張り番は男女のペアで行われることになる。
なので、エイレネとルーク、ラズメリノとアンデルスで交代で夜の番をすることになった。
完全に見捨てられた俺に向かって「役得だな先生」と茶化すルーク。
「畜生、こういうときに味方を守るのもメイン盾の役目だぞ!!」と悪態をつくのだが、ニヤニヤしてキャンプへと出て行く彼だった。
相変わらず柔らかい肌を密着させてくるミシュラは、俺の理性ゲージを順調に削ってくる。
「マジでこのままだとヤバイ……」
そもそも迷宮探索を始めてから早4日間、メンバー同士互いに監視状態にあるので、俺の男の子としての活動もしばらく閉店状態であるのだ。
まさか夜のフィールド上で致すわけにもいかないので、忘れたことにして誤魔化しているのである。
完全に無防備な状態でウルフにでも襲われた日にはパーティメンバーに申し訳が立たないし、半裸でウルフに襲われるシュールな絵面も想像したくない。
なので、今の状態は相当に危険な状況なのであった。
「こうなったら奥の手を使うしかない……」
昔から言われている方法だが、俺はこの危機的状況を乗り切るために「母ちゃんと父ちゃん」の顔をイメージする。
久しぶりに両親の顔を思い出すと、それまでみなぎっていたはずのパワーも、徐々に鳴りを潜めていった。
日本での生活が懐かしく目に浮かんできては、遠くへと離れていく。
そして泡沫のように一つ一つの記憶が弾け飛んでは、異世界での暮らしの景色が目の前に現れるのだった。
その度に寂しい気持ちがこみ上げてきては、切ない感情が加速する。
だからと言って、異世界での暮らしが辛く不満が溜まっているというわけではないのだ。
むしろ、たくさんの素晴らしい人たちに囲まれて過ごす異国の地での日々は、日本で平凡に暮らしていた日々よりも遥かに充実していると言える。
エリスさんやケインズさんを初めとする研究所の人達、宿屋の女将や少女、ギルドの受付嬢、魔法境界のウィルフさんや学院の人々、迷宮探索科の人たちやパーティメンバーには感謝の気持ちしかない。
だが、そんな幸せな日々を過ごしていたとしても、やはり故郷のことを思い出す瞬間は、脈打つ胸に刺さるものがある。
それは決して、ドラキュラの心臓を貫いた杭のように激しい一撃ではない。
喉に引っかかった魚の小骨のような、時間と共にやがて失われる瑣末なものなのだ。
荒れ狂う時の流れを操れるようになった俺という存在が、穏やかな凪の中に沈んで消えていくというのはなんとも皮肉な話である。
「せんせーないてるの?」
思わず涙が零れていたらしい俺は、未だ酔って俺にくっついているミシュラに頭をなでなでされていた。
異世界で二度目の涙を流した後、ミシュラも比較的大人しくなり、俺と一緒に眠りへと落ちていく。




