第一話 習得できる魔法はなかった?
目を覚ますと、そこには見慣れない天井があった。
一瞬思考が止まるが、自分が異世界へと転生したという事実を思い出す。
「俺ってやっぱり死んだんだよな……」
思い出すのは日本での最後の光景であった。
あれは日曜の昼ごろのこと。
昼ごはんが用意されていなかったので、近所のコンビニに昼食を買いに行く途中だった。
そこで、暴走したトラックに撥ねられてあっさりと死んだのだ。
痛みを感じる間もなく死んだことが不幸中の幸いではある。
次に意識を取り戻したときには、今の異世界標準服を着せられた格好で建物と建物の間の細い通路にいたのだ。
「まあ、死んだけど異世界で生き返ったからラッキーだと思うしかないか」
家族や少ない友人達が俺の死を悲しんでいると考えると辛い気持ちになる。
しかし、死の瞬間の恐怖をもう一度味わうのは御免なので、気持ちを切り替えて働くしかない。
「とりあえず今日もフタバ草拾いに行くか……って痛い!」
ベッドから起き上がろうとした俺は、背中の痛みに悶える。
どうやら、硬すぎるベッドは疲労した俺の体にあまり優しくなかったようだ。
特に、腰の辺りが痛む。
痛みに耐えて起き上がった俺は窓のカーテンを開ける。
「うわっ、眩しい!」
外の日差しが俺の目に入ってくる。
快晴の空は青く、雲ひとつ無い晴天であった。
この宿にもう一日泊まるつもりなので、朝食を食べるついでに宿泊手続きを済ませようと思い、一階へと向かうことにした。
一階の食堂に着くと、先客の冒険者達が既に朝飯を食べていた。
焼きたてパンとスープのコンソメの香りが漂う食堂を通りぬける。
俺はカウンターに向かい、宿の女将に連泊したい旨を伝えた。
すると、宿に連泊する客は朝食が無料で食べられることがわかった。
手続きが済んだ俺は、早速席に着き朝食を取る。
朝食はパンとスープとサラダという簡単な料理だった。
「ごちそうさまでした!」
朝食を終えて部屋に戻った俺は、本以外のものをリュックに入れて背負う。
女将が昼間の間にベッドシーツを交換しに来るらしいが、本しか部屋には無いのであまり気にする必要は無いだろう。
そして、今日も依頼を受けるべくギルドに向かうことに。
宿屋を出てギルドへ向かう大通りには、朝からさまざまな露天が立ち並んでいた。
夕方の飲食屋台とは異なり、冒険者向けの道具やアクセサリなどの装飾品などを売っている露天だった。
あと330ゴールドしかない俺は、露天で買い物をする余裕などなかったので先を急いだ。
ギルドにつくと、やはり掲示板の前は人だかりができていた。
依頼書の取り合いが行われている横でフタバ草の依頼書を取る俺。
やっぱりこの依頼は人気が無いのね。
掲示板前の喧騒を横目に俺はいつもの空いている受付嬢のもとへと向かう。
「おはようございます!あれ?クロノさんじゃないですか」
受付嬢は俺に気づくなり笑顔で挨拶をしてくれた。
俺が前回同様フタバ草の依頼書を出すと、受付嬢は一瞬固まった後、窓口の奥へといなくなった。
少し待っていると、依頼用の革袋と手引書を持って現れる。
受付嬢からフタバ草セットを受け取り、俺は早速森へと向かう。
北東ゲートから出て森へと向かう俺は、俺と同じように森へと向かう子供を見かけた。
「本当に子供用の依頼なんだなこれ……」
少し気恥ずかしさを覚えつつも、生きるためなのだから仕方ないと思いながら森に入る。
昨日と同じ手順で素早くフタバ草を袋につめていく。
しばらく採集を続けていると、袋がいっぱいになっていることに気づいた。
「今日はこの辺にしておくか」
フタバ草でいっぱいになった革袋を担いで冒険者ギルドへと戻る。
昨日と同じように受付嬢にフタバ草を渡し、報酬の2740ゴールドを受け取る。
慣れた分だけ昨日より少し多めに拾っていたようだった。
外に出た俺は空がまだまだ明るいことに気づく。
そういえば昼飯を食べていなかったななどと思い、大通りにあった適当な屋台へと向かった。
「果物の屋台があるのか……」
屋台では肉料理や小麦を使ったラーメンのようなものを出すところが多かった。
中には新鮮な野菜や果物を売る屋台もあった。
俺は昨日もらった本を読みながら何か食べようと思い、リンゴのような見た目の果物とホットドッグのような食べ物を買って帰ることにした。
値段はリンゴもどきが50ゴールドでホットドッグもどきが70ゴールドだった。
屋台の相場を考えると、宿の料理は安くてお得だったのだと気づく。
「朝と夜は宿でとることにするか」
女将に桶とお湯をもらった俺は部屋に戻り体を拭く。
着替えが無いので、仕方なくいつもの服を着た俺は新しい服がほしいなと思った。
「中古の古着屋とか安いとこないのかな……」
あとで女将に聞いてみようと思った。
体もさっぱりしたところで昼食とすることにした。
正確には時間が分からないので何ご飯になるのかはわからないが、とりあえず朝ごはんの次なので昼ごはんということにしておく。
リンゴもどきはそのままリンゴのような味がするおいしい果物だった。
リュックに入ってたナイフで小さく切って食べる。
ホットドッグのような食べ物はそのままかぶりつく。
これもホットドッグのような味わいでなかなかおいしかった。
ご飯を食べながら昨日もらった本を読むことにした。
「とりあえず 古代から現代までの魔法(現代語) ってやつから読んでみるか」
まずは一番オーソドックスそうな本から試す。
他の三冊は内容がより専門的な感じがタイトルから伝わってくるので後回しにする。
「古代から現代までの魔法(現代語)」を読んでいくと、この世界には
「属性魔法」「補助魔法」「幻想魔法」
という大まかな魔法の括りが存在することが分かった。
また、「現代の魔法」と「古代の魔法」という時代による括りもあるらしい。
「ほうほう、自分がどの魔法に適正があるか調べる方法があるのか」
どうやら、本の目次の前にある魔方陣的な豪奢な模様の上に手を重ねると、自分の体内にやどる魔力を本が読み取り適正が分かるらしい。
なんか魔法ってすごいな!
目次の前のページを開いた俺は早速手をのせてみることにした。
こういうの少年誌連載のマンガであったよな。
なんかすげえわくわくしてきたぞ!
「さあ、俺にはどんな魔法の適正があるんだ!?」
藁半紙のような手ざわりの本に手を載せると、本全体が白く光った。
突然の出来事に驚いて本から手を離してしまったが、本は依然として光ったままである。
「……これでいいのか?」
しばらく本を放置しておくと、光が収まった。
持ち主の魔力の種類に応じて、目次の対応する魔法の欄が光るという仕組みになっているらしい。
なので、早速俺は目次のページを開いてみる。
結構分厚い本なので、目次も全部で十数ページにわたる。
「ううむ、ぜんぜん光っていないな……」
目次を頭から眺めていくが、一向に光っている魔法欄は見当たらない。
遂には「属性魔法」の目次が終わってしまったが、まだ光る項目は見つからない。
「もしかして、魔法が使えないこともあるのか?」
いや、逆に魔法が使えない人間の方が自然である可能性は高い。
昨日から異世界に住んでいるわけだが、未だに魔法を使っている人を見たことが無いからな。
魔法を使った装置ならば、照明やギルドの登録のときに見たが、実際に生で見たことは無かった。
「なんか凄い嫌な予感がするな……」
とうとう「補助魔法」の欄も光らないまま終わりを迎えてしまった。
俺は頼みの綱の「幻想魔法」の目次欄をめくる。
「なんと、一つも光っていないとは……」
幻想魔法は数えるほどしか載っておらず、その中にも光っているものは無かった。
魔法が使えるかもと内心わくわくしていた俺は、一気に絶望のどん底へと叩き落された。
「ん?なんだ?まだ目次が続いている?」
注意深く本を見ると、目次には「現代魔法の目次」と書いてあった。
どうやら、この後ろに「古代魔法の目次」が続くらしい。
「頼むぜ!古代魔法!!」
しかし、結果はまたしても幻想魔法を残すのみとなった。
「ははは、これはあれだよな、魔法が使えないパターンのやつだよな」
だが、最後まで魔法という厨二心をくすぐるものへの憧れは捨てられなかった。
どうせ魔法なんて使えないことは分かっていたが、異世界にきてここまですべてがうまくいっていたから少し期待してしまった。
ちくしょう、ただの高校生の俺が魔法なんて使えるわけ無いだろうが!
俺みたいなぽっと出の転生者が魔法を使えたら苦労しねえっつーの。
普通は魔法学校みたいなところに何年も通って漸く使えるものだろ。
あああ、もしかしたらなんて期待した俺が馬鹿だったぜ!
「やっぱりフタバ草拾いがお似合いなのかもな俺には……」
だが、口ではそう言っているが、やはり魔法を諦めきれない俺は目を瞑り神に祈りながら最後のページをめくった。
魔法が使えないという事実を受け入れる覚悟を決めた俺は、ゆっくりと瞼を開く。
「……うそだろ?」
なんとそこには煌々と光り輝く「時間魔法」の文字があった。