第三十二話 肉の消費期限
「テント」はトラバドールがいる場合に使用できる「野営アイテム」であり、6人が入っても狭く感じない程度の広さの寝床を確保できるアイテムである。
この「テント」が500コネクトで販売されているので、これをパーティで購入するのはどうだろうかと俺は提案したのだった。
「テントを買わなかった場合、今日は外で寝ることになるんですよね!?」
エイレネがこのままだとガチ野宿になるのではと慌てる。
迷宮に潜るということで、多少のサバイバル生活を覚悟はしてきた俺達だった。
しかし、度重なる戦闘によって消耗した肉体と初迷宮探索の精神的疲労感から「テント」を購入することに対する反対意見は無かった。
「それじゃあ購入しますよ?」
メンバーがOKを出すと、ミシュラは「アイテム購入」の技能を使い「テント」を買った。
すると、メニューの「アイテム」欄に「テント」が追加される。
トラバドールの俺が「テント」を使用すると、昼間に設置したキャンプの横に結構大きなテントが出現する。
「意外と中は広いな」
小さなテントに鮨詰めになることを覚悟していた一同は、思ったよりも広くて快適な空間に驚く。
テントの中は柔らかめのマットのようなものが敷き詰められており、掛け布団になりそうな布が人数分用意されていた。
さすがにベッドや布団に比べるとしょぼいのだが、石ころが目立つ堅い土の上で眠るよりは遥かにマシである。
「トラバドール必要でしたね師匠」
エイレネが俺のロール選択を褒める。
他のメンバーも「テント」が無かったら大変だったと呟く。
俺は「トラバドール」の有用性が認められたような気がして嬉しい気分になる。
「見張りは2人ずつで交代ですることにしよう」
テントの前に設置されているキャンプの椅子に座って、交代で見張りをするということになった。
いちおうテント自体にも「敵避け」の効果はあるらしいのだが、確実ではないということなので念のため夜の番をする。
特に、迷宮内では「夜にしか現れない強力な魔物」がいるらしいので、用心しておくに越したことはない。
見張りの順番は「ミシュラとアンデルス」「エイレネとラズメリノ」「俺とルーク」という順番になった。
エイレネは俺とペアになりたがったのだが、ルークとラズメリノを一緒にすると喧嘩を始めるということでこの組み合わせになった。
ミシュラとアンデルスは似たようなインドアタイプであることからか、結構相性がいいらしい。
野営の順番も決まったので、俺達は夕食の準備をすることになった。
迷宮の中でもお腹は空くものであり、完全に「迷宮システム」内にとらわれているというわけでもないらしい。
ご飯についてメニューを漁っていると、メンバーの疲労状態を表す「疲労度」の他にも、「満腹度」というステータスが存在することも発覚した。
これは読んで字のごとく「メンバーのお腹の状態」を表しており、満腹度がゼロになると「飢餓状態」に陥り行動が阻害されるという。
夕食の準備ということで、俺達パーティは先ほど討伐した魔物が落とした肉をアイテム欄から取り出す。
魔物の肉は「ウルフの肉」が8つと、「ラビットの肉」が7つ、「バードの肉」が6つであった。
敵の落とす肉は実際に魔物の死骸から剥ぎ取ったわけではなく、アイテムとしてドロップするものである。
これらの「魔物の肉」は既に血抜きされていて、あとは普通の食材のように調理するばっかりになっていた。
アンデルスのもつ工具類の中にナイフのようなものを見つけたので、俺とエイレネで肉を調理する。
「これってそのまま焼くんですよね師匠?」
エイレネが肉は食べやすいように切って焼くだけですよねと聞いてくる。
今日の食材が肉のみなので、必然的にそうなるだろう。
ただ、肉をそのまま焼くだけでは素材の味しかしないので、「アイテム購入」の商品リストにあった「塩」を購入しないかと相談する。
「塩は一瓶100コネクトって書いてますね」
先ほどテントを購入したので、ここで塩を購入すると残金が30コネクトになってしまう。
しかし、塩は結構大きめのビンに入っているらしく、一度購入すれば迷宮内にいる間分くらいは持ちそうである。
なので、お手軽に使える調味料としてパーティで一本塩を買うことになった。
そこらへんに落ちている堅い枝を肉に刺し、キャンプに設置されている焚き火で焼くこと数分。
焚き火を囲むようにして座るパーティメンバー全員に、串に刺した肉を配る俺とエイレネ。
食べやすいようにカットしたそれぞれの肉を一本の串に刺したものは、焼き鳥のように見える。
魔物の肉はアイテム1つで一人前程度の分量が取れるので、今回は3種類の肉を二つずつ使用した。
「いただきましょうか!」
お腹が空きました!と手をお腹に当てるミシュラが待ち遠しそうに話す。
ルークやラズメリノも肉を見ながら「美味そうだな」と呟く。
冷めてしまう前に食べようということで、全員で肉を食べ始める。
ウルフの肉は歯ごたえのある淡白な味わいであり、ラビットの肉は柔らかくて旨味のあるものだった。
バードの肉はなんというかただの鶏肉であった。
俺達は肉を食べながら、迷宮での食糧事情について話す。
昼ごろから相当数魔物を討伐したのだが、手に入った食料は肉が21個であった。
単純に6で割ると、この食糧は夕食を含めて3回ちょっと分しかないのである。
つまり、明日の昼過ぎには食糧が尽きるというわけだ。
「あれ?これって結構ギリギリの生活じゃない?」
肉を頬張りながらアンデルスが疑問を口にする。
確かに、今日のように半日ずっと戦い続けてこの程度の食糧しか入手できないのならば、探索などに精を出した日には食糧不足を招くことになるだろう。
「木の実や果物を拾うことはできませんか?」と他の手段を提案するミシュラ。
戦闘向きではない彼女らしい意見であるが、周囲を見渡す限り森はおろか木が時々1本だけぽつんと立っているのみである。
この状況下では、木の実や果物を食糧として当てにするのは非現実的だろう。
「ちょっと待ってくれ、すごいことに気づいた」
俺はメンバーの意見を聞きながらメニューのアイテム欄を見ていたところ、とんでもないことに気づいてしまった。
それは、「魔物の肉」に消費期限が設定されているということである。
しかも、魔物の肉は回収してから半日程度しか持たないようだった。
「実際の肉よりも制限が厳しいみたいですね」
迷宮内での鮮度管理は思いのほか厳しいものであるようだ。
このままでは明日の朝に食べるものがなくなってしまうことに気づく一同。
「それなら今のうちに食ってしまおう」と騒ぐルーク。
しかし、比較的体の大きい彼と違い、華奢な女性人やアンデルスは「お腹いっぱいです」と白旗をあげている。
困った状況に陥った俺達だが、スキル一覧を見ていた俺があることに気づく。
「トラバドールの「食品加工」って技能はどうだ?」
レベル1のトラバドールが習得可能な迷宮技能「食品加工」に可能性を感じた俺だった。
この技能は、簡単な食品加工を可能とするものである。
生肉を干し肉に変えたり、小麦や大麦をパンに変えたりという便利な技である。
肉を干すのはなんとなく出来そうだが、小麦をパンに変える能力は少しチート性能すぎるような気もする。
「必要ポイントが150ですか、今日溜めたポイントのほとんどを使うことになりますね」
エイレネが先ほど戦闘によって溜めたポイントを計算している。
他のスキルが必要なほど切迫した状況でもないので、食料を無駄にしないためにも「食品加工」を習得してもいいかもしれないという結論がパーティ内で出た。
技能を修得する方向で意見が固まったので、俺はスキル習得から「食品加工」を選び、迷宮技能を習得する。
「とりあえず、余っている魔物の肉を全部「干し肉」に変えるぞ?」
一応メンバーに同意を得てから、俺は魔物の肉をすべて干し肉に変える。
どうやら、干し肉にすると「ウルフの肉」や「バードの肉」といった肉ごとの区分は無くなり、「干し肉」という単一のアイテムが誕生するらしい。
このへんは迷宮内特有のシステムであるので、あまり理屈とかを考えても無駄なようだった。
迷宮内では「栄養」の概念がないらしく、食事は「疲労度」や「満腹度」を回復するためだけの行動となる。
だが、味や食感といったものは残るので、なるべくおいしい物を食べないとストレスとして「疲労度」が溜まっていくのだとか。
回復のために取る食事でダメージを負うのでは本末転倒である。
なので、干し肉はあくまでも「非常食」くらいの認識でとらえておく必要がありそうだ。
食事を終えたころ、辺りは既に夜の闇に包まれていた。
真っ暗な草原に光るのは、俺達のキャンプにある焚き火だけである。
トラバドールのいないパーティは、この暗闇の中で夜明かししなければならないと考えるとゾッとする。
迷宮は「精神力と生命力とチームワーク」が重要と言われる理由が分かった気がした一同であった。
「トラバドールが邪険に扱われるって、迷宮に潜る連中はどんな猛者揃いなんだよ……」
俺は堅い土の上で、周囲の魔物を警戒しながら眠る屈強な男達をイメージする。
寝る前に歯をきれいにしたいと思ったパーティ一同は、落ちていた鋭い木の枝を削り楊枝のようして使う。
「体も清潔にしたいわね」と贅沢なことを言うラズメリノ。
確かに1日2日なら気にならないが、数週間単位で風呂に入らない日が続き、同じテントで寝泊りすることを考えると恐ろしい。
トラバドールの技能にそういったものが存在することを祈りつつ、俺達はテント内に入ることにした。
「それじゃあ、最初はミシュラとアンデルスだな」
最初の夜の番はこの二人である。
彼らは戦闘中あまり動いていないので、比較的体力が余っているのだった。
なので、先に戦闘で動いていた前衛組みやエイレネを休ませてあげるのである。
ミシュラとアンデルスがキャンプで見張りをしているのを確認した後、俺達はテントの床に寝そべる。
疲れた身体を預ける床は、苦しさを感じるほどの硬さは無く、割と快適に睡眠ができそうな感触であった。
感覚としては日本にいた時に体育の授業で使った硬めのマットのようなイメージである。
初の迷宮活動によって疲れていた俺達は、口数も少なくして、早々に眠りへと落ちていった。




