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異世界に転生して時間魔法しか使えない俺  作者: けろ
第二章 迷宮都市編
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第二十七話 クロノスの蝶


「鎖で縛られた人のような模様」であった隷属印とは異なり、彼女の背中にある模様は「豪奢な翼を広げた蝶」のようなものであった。

背中に刻まれた蝶の模様はその片翼が「時計の歯車」のようなものが幾重にも重なっているように見えた。

「これも隷属印なのでは!?」思った俺は試しにロールバックを使ってみたのだが、背中の模様は一向に消える気配が無かった。

おそらく、俺の時間魔法よりも高次元の魔法によってプロテクトされているらしい。

昼間の悪い連中程度に扱えるような代物ではないということは分かった。

学院で講師をするために勉強していた時に古代語の本で読んだことがあるが、基本的に「古代幻想魔法で守られているもの」は「古代幻想魔法」でしか崩すことが出来ない。

その逆もしかりで、「古代幻想魔法による攻撃」は「古代幻想魔法」でしか防ぐことができないという。

なので、今俺の古代幻想魔法である「時間魔法」をレジストしたこの模様は、より高次元の古代幻想魔法を仕える存在によって刻印されたものであるというわけだ。


「これは明日にでもエリスさんに相談せねば……」


とりあえず、俺の手でどうこうできる代物ではないようなので、今のところ保留としておくことにする。


アリスちゃんの泡をお湯で流し終えた俺は、自分の体を洗う。

体を洗っている俺にペタペタとくっついてくるアリスちゃんにも泡がまたついてしまい、もう一度二人で泡を流すこととなった。

その様子はまるで、お風呂ではしゃぐ父と娘のようである。

泡を流し終えた俺達は浴槽に入る。

日本以来の入浴を堪能していると、


「これ、きもちいい!」


と始めての入浴を体験するアリスちゃんが幸せそうな顔をして話す。

確かに、俺もこの世界に風呂が存在するなんて思ってもいなかったからな。

スラム暮らしだったアリスちゃんにとっては初めての経験であってもおかしくはない。


「ふう、スッキリしたな」


入浴を終えて学生用のパジャマに着替えた俺とアリスちゃん。

なんと部屋着まで用意されているという学院側の準備のよさに驚きつつも、俺達は特にすることもないのでベッドに入った。

小さめのシングルベッドであった宿屋とは異なり、日本で言うところのセミダブル程度のサイズが確保されているベッドは、大人の俺と子供のアリスちゃんが二人で寝ても気にならない程度には広かった。


「ねえねえお兄ちゃん、おしゃべりしよう!」


なんだか妙にご機嫌なアリスちゃんが俺に話しかけてくる。

彼女の話を聞いているとアリスちゃんの生い立ちについて様々なことが分かった。

アリスちゃんは現在7歳であり、生まれてすぐに捨てられてしまったのだという。

だから、両親の顔も名前も知らないらしい。


「だから、人間の家族はお兄ちゃんが初めてなんだ!」


というアリスちゃん。

俺は「人間の家族」というフレーズに違和感を感じたのでそのことについて少し聞いてみた。

「うーんとね」と少し考えた後に自分の生涯を振り返るアリスちゃん。

話を聞くと、驚くことに、街道沿いに捨てられていたアリスちゃんを拾ったのが魔物だったという。

彼女の話によるとその魔物は自らを「ヴァンパイアロードのジル」と名乗っていたらしい。

ジルはアリスちゃんのことを「チビスケ」と呼んでいたらしく、アリスちゃんを連れて世界中をあちこち歩き回っていたという。

しかし、アリスちゃんが5歳になる頃にヴァンパイアのジルは「魔王様がお目覚めになる」と言い残し、彼女を迷宮探査都市のスラムに一人置き去りにしたという。

「魔王」というワードがアリスちゃんの口から出てきたことに驚きを隠せない俺だったが、ひとまず最後まで話しを聞くことにする。


アリスちゃんを突然スラムに放り出すことを申し訳なく思ったジルは、本当に困ったときはこれを使いなさいとアリスちゃんの背中に特殊な魔方陣を刻んだらしい。

ジルはこの魔方陣を「クロノスの蝶」と呼んでいたという。

どうやら、この「クロノスの蝶」という魔方陣が先ほどアリスちゃんの背中に存在した模様であるようだ。


「ブラック達に叩かれた時に、「誰か助けて!」ってお願いしたら、お兄ちゃんが助けてくれたの!」


とアリスちゃんは語る。

果たしてそれが「クロノスの蝶」のお陰なのかどうかは分からないが、ヴァンパイアのジルとやらはアリスちゃんのために何かしらの対策を施していたというわけだ。

アリスちゃんはジルと分かれてから今日までの2年間、スラムの空き家を転々と逃げるように生きてきたという。

しかし、数ヶ月前にスラムの中央の方へ顔を出したときに悪い連中に捕まって「隷属印」を押されて、物盗りとして動かされていたらしい。

彼女にそんなことをやらせる本来の目的とは「俺達のような正義感の強い奴」をスラムへとおびき寄せるためだったらしい。

確かに、スリ程度で手に入るお金などたかが知れているだろうし、少女の能力ではそのうち捕まるのは目に見えている。

つまりは、アリスちゃんは使い捨ての撒き餌として活用されていたわけだ。


自分のことを話し終えて疲れたアリスちゃんは、俺のお腹に抱きつくようにして眠りに落ちる。

俺も疲れていたので、程なくして意識を失う。


迷宮都市では日の出の鐘がならないらしく、寝過ごしてしまった俺とアリスちゃんをパーティのメンバーが起こしに来る。

特に部屋の鍵を閉めたりしていなかったので、エイレネを初めとした顔ぶれが俺の部屋へと入ってきた。


「あら、幸せそうな顔でねてるわね」


安心しきった表情で眠るアリスちゃんを見たレインさんが、微笑ましそうな目で小さく笑う。

エリスさんも「子供はこうあるべきだ」と頷いている。

一同皆平和な空気感に浸っている中、エイレネだけは違った。


「起きてください!クロノ師匠!!」


ちょっと怒り気味なエイレネの声が耳に入り、俺は目を覚ます。

俺が体を起こしたことでアリスちゃんも起きてしまった。


「うわ!皆そろってどうしたんだ!?」


俺は視界に移るメンバーを見て驚く。

迷宮探索科内にいるほぼ全員が俺の部屋に集結していたのだ。

どうやら、朝になっても一向に起きてこない俺達の様子を見に来たようだった。


「ほら!アリスちゃんも起きて!」


と言い半ば無理やりアリスちゃんを俺から引き剥がすエイレネ。


朝食の準備が出来ているらしいので、食堂へと向かう俺達。

レインさんとエリスさんとルークで準備したらしい朝食は豪華なものであった。

朝食をとりながら、俺達はあれこれと会話をする。

そのときに昨日の浴室内での出来事をエリスさんに話した。


「なんと!!アリスの背中に「クロノスの蝶」が刻まれていただと!?」


手に持っていた食べかけのパンをテーブルの上に落として驚くエリスさん。

レインさんを初めとした研究者や、政治について詳しいミシュラもとても驚いた様子であった。

いまいち事の重大さが飲み込めていない他の学生達は「クロノスの蝶」って何?といった様子である。


エリスさんの説明によると、「クロノスの蝶」とはかつて存在した「魔王クロノス」の産み出した魔方陣の一つであるという。

俺以外に存在した「時間魔法」の使い手である、かつての魔王「クロノス」が自身の部下のために編み出したものであるらしい。

その効果は、「近くに存在するクロノスの身内を呼び寄せる」というものである。

なので、恐らくアリスちゃんに魔方陣を刻んだ「ヴァンパイアロードのジル」という魔物も「魔王クロノスの手の者」である可能性が高いという。


「でも、その理論でいくとクロノ師匠は「魔王クロノス」の身内だっていうことですか?」


エイレネは「師匠って実は人間じゃなかったりして」と冗談っぽく笑って言う。

俺が時間魔法を使うということを知らされていなかったレインさんや研究者達は、驚いたように俺の方を見た。

「それは無いと思うぞ」とエリスさんがエイレネの質問に答える。

エリスさんによると、アリスちゃんのように「魔王クロノス」の部下達は皆「クロノスの蝶」を体の一部に刻んでいるという。

そもそも、「クロノスの蝶」の主な効果は近くにいる「クロノスの蝶」保有者を呼び寄せるといったものらしい。


「クロノ君の体には「クロノスの蝶」が刻まれていない」


というエリスさん。

確かに、俺の体の表面には「クロノスの蝶」が存在しない。

体内に埋め込まれているとしたら、俺の知覚範囲外であるが。

しかし、なぜエリスさんは俺の体に模様が無いということを知っているのだ?


「ちょっと待ってください、どうしてエリス学科長は師匠の体に模様が無いことを知っているのですか?」


「全裸の師匠を拝んだことがあるというのですか!!?」と俺と同じようにエリスさんに対して疑問を持ったエイレネ。

それに対して「ち、違うわ!!ク、クロノ君の裸など見たことないぞ!!」と顔を紅くするエリスさん。

それから、いつものようにレインさんのエリスさん弄りが続き、ひとしきりやり取りが終わったところでエリスさんが言う。


「以前クロノ君の体内に魔力を流したときに、彼以外の魔力流を感知しなかったのだよ」


どうやら、初めて魔力を扱った際にエリスさんが俺の体内の魔力を調べていたとのことだった。

そのとき、俺とエリスさんのもの以外の魔力は感知されなかったという。

では、どうして俺が「クロノスの蝶」によって呼び出されたのか気になる。

しかし、それに関しては「クロノ君が魔王と同じ「時間魔法」の使い手だからでは?」という憶測の域を出ない答えしか返ってこなかった。

そもそも、


「だからあの時の師匠は少し強引だったのですね」


と一人納得するエイレネ。

「確かに先生らしくなかったよな」とエイレネに同意するルーク。

自分でも少し暴走気味だったなとは思うが、自分の意思で行動していた部分がほとんどなので、アリスちゃんと会ってからの出来事は「クロノスの蝶」の効果であるとも思えない。

それに対して、


「わたしはお兄ちゃんを利用しようと思ってるわけじゃないよ」


と弁明するアリスちゃん。

無意識とは言え、結果として俺を呼び寄せたアリスちゃんに「気にすることは無い。むしろ、助かったのだからよかった」と言うエリスさん。

俺も「別に気にしなくていいぞ」とアリスちゃんの頭をなでる。


魔王に関連して、アリスちゃんの生い立ちについても俺とアリスちゃんが話すと、エリスさんとレインさんは驚く。


「なんと、魔王は2年ほど前に既に目覚めていたというのか!!?」


この前エリスさんが話していた「魔王」に関してはまだ眠っていて、2年程度起きるまで猶予があるということだった。

しかし、アリスちゃんの話によると2年前には「魔王」が目覚めていたことになる。

エリスさん達の話とアリスちゃんの話には、なんだかよく分からない矛盾が生じている。

アリスちゃんが嘘をついているとしてしまえば、話は簡単に丸く収まるのだが、如何せん「クロノスの蝶」の存在がそれを許さない。


「いったいどういうことなんだ……?」


エリスさんが頭を両手で抱えて悩む。

レインさんも「学院に知らせたほうが良さそうね……」と顎に手を当てて考えている。

そんな時、アリスちゃんが新しい情報を俺達に流した。


「ジルは時々魔王様のことを話してくれたんだけど……」


アリスちゃんがヴァンパイアから聞いた魔王の話を俺達にする。

エリスさんを初めとする王立学院の関係者達は、アリスちゃんが喋る一言一句に集中する。


「そのとき、確か「クロノス様」ってジルは言ってたはず」


矛盾が解決した瞬間だったが、また新たな疑問が生じてきた。

目覚めた魔王が「過去に死んだはずの魔王クロノス」であり、「現在新たに生まれようとしている魔王」ではないことが分かったのだが、それ故に気になることがある。


「あの、魔王クロノスって「魔王カオス」の時代に死んだはずなのでは……?」


ミシュラの言うとおり、「魔王クロノス」は歴史では既に死んだはずなのであった。

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