第二十六話 「捨てロール」を選ぶ男
夕食の席で迷宮内における役割である「ロール」について説明を受ける俺達。
「ケインズがいなかったら、初めのフロアボスですらまともに倒せなかっただろうな」
当時の光景を思い出して笑うエリスさん。
「強力なアタッカー5枚」と「何でもこなす便利な奴1枚」で迷宮の深部である50階層まで潜ったというから驚きである。
現在でも、迷宮の最大走破記録はエリスさん達が出した50階層が最大であるという。
10階層ごとにいるフロアボスや、5階層ごとに変化する魔物の性質に対応するためには多種多様なアタッカーとサポートの存在が欠かせない。
大体のパーティは多くともアタッカーは3枚でサポートも3枚までなので、必ずどこかで無理が発生するという。
しかし、エリスさん達はケインズさんを除く5人がアタッカーに寄ったロールだったため問題なかったという。
「システムロールがアタッカーに寄るってどういうことだよ」というルークのツッコミに対し、
「ダークロードやゾディアークという上級ロールがあってだな……」
と話すエリスさん。
「ダークロード」は闇の支配者という「マーチャント」の派生ロールであり、「ゾディアーク」は万物の創世神という「アルケミスト」の派生ロールだという。
これらのロールは「システムロール」でありながら「アタッカー」にもなり得ると説明する。
一方、ケインズさんはその頃「パラディンセージスミス」という、
「魔法を扱う賢者でありながら職人として生産もこなすパーティの守護者」
という訳の分からないロールを担当していたらしい。
そのおかげで、実質アタッカー5枚とタンク1枚サポート1枚システム1枚の計8枚でなんとかなっていたらしい。
たったひとりで、奇跡のようなパーティ構成を支えるケインズさんが一応パーティリーダーを担当していたという。
彼の存在が5人の天才をうまくコントロールしていたといっても過言ではない。
またしても、学生時代のケインズさんの苦労が伺えた瞬間だった。
「盾の裏に貼り付けた魔法書を見て口で魔法を唱えながら、左手に持つ盾で敵の攻撃をいなして、右手のハンマーでオグマのバスタードソードを修理していたのは笑えたよな」
エリスさんとレインさんが当時の光景を思い出して笑う。
「エリス学科長の世代で一番優秀なのはケインズさんかも知れませんね」というエイレネ。
これまでの話を聞いていると俺もそんな気がしてならない。
ちなみに、エリスさんは魔法戦士である「ルーンナイト」、オグマさんは狂戦士である「ベルセルク」、ユリウスさんは攻撃補助特化の「エレメンタルソーサラー」というロールであったという。
そんな昔話を聞きながら、俺達クロノパーティもロールについて相談を始める。
「これまでの話を聞いて各自やりたいロールがある程度決まったと思うが……」
エリスさんが、とりあえず現時点でのパーティ内希望ロールをクロノパーティのメンバーに聞いてみたところ、
・クロノ 「トラバドール」
・エイレネ 「プリースト」
・ルーク 「ナイト」
・ラズメリノ 「ファイター」
・ミシュラ 「マーチャント」
・アンデルス 「アルケミスト」
という構成だった。
タンク1枚、アタッカー1枚、サポート1枚、システム3枚というかなり歪な構成になったことに対し、
「お兄ちゃんのトラバドールがいらないような気がする」
と俺の横に座っていたアリスちゃんからやんわりと指摘が入る。
年端もいかない少女でも分かる「トラバドール」のいらなさに、テーブルに座る全員が同意した。
それに対し、俺はトラバドールの重要性を語る。
「ダンジョン攻略において「野営におけるQOL」は最優先事項なんだ!!」
長期戦における休息の質というのは、戦闘能力や生産活動よりも優先されるべきだと俺は主張した。
「QOLって何?」とアリスちゃんが聞いてくるので、「生活の質」ってことだよと説明する。
ローグライクゲームやMMORPGを日本でやりこんでいた俺は、長期に及ぶ戦いにおいては「補給」こそ最も気にすべき点であると感じている。
しかし、「野営の快適性も必要ではあるが、パーティ内の重要なロールを一つ割いてまでいれるものでもないな」というのが俺を除く一同の総意であった。
間接的に「攻撃」や「回復」などの支援となり得る「マーチャント」と「アルケミスト」は必要だが、「トラバドール」はいらないという。
また、「トラバドール」を入れたパーティが最初のフロアボスを突破できた例はないらしい。
迷宮内の地理情報や敵情報も「迷宮リサーチ」によって既に収集済みであるので、わざわざ「トラバドール」が情報収集する必要はないという。
「迷宮リサーチ」とは、迷宮内で自動的にパーティに発動する情報収集効果であるとのことだった。
この仕組みによって得たリサーチデータは迷宮内の「地上へのテレポーター」を利用することで、地上に持ち帰り閲覧可能になるという。
いまいち仕組みは分かっていないらしいが、「リサーチ受信機」という魔法具を用いることで、持ち帰ったリサーチデータにアクセスが可能になる。
王立学院では迷宮探索科の職員が、探索者達が持ち帰るデータを分析しているというわけだ。
また、このデータは迷宮内でパーティが全滅することにより、その回のデータをロストするということだった。
「つまり、ある程度の迷宮情報は私達があらかじめ提供することができるというわけね」
細かい情報は迷宮に入るたびに変わるのでその都度探索者が調べなければならないが、それ以外の大まかな情報は迷宮に入る前からわかっているという。
なので、情報収集係として機能するトラバドールはパーティ構成の段階で弾かれる「捨てロール」であるという認識らしい。
「トラバドール」の有効性を、迷宮素人の俺が熱く語る様子を見ている一同の視線は徐々に可哀想なものを見るものに変わっていく。
「まあ、何度でも迷宮に挑戦できるわけだし、クロノ君が必要だと思うなら試してみるのも良い」
と半ば諦めた様子でエリスさんが言う。
レインさんや他のメンバーも「そこまで言うなら」という感じで俺が「トラバドール」になることを了承する。
なんだか聞かない駄々っ子のような扱いを受けて少し満足いかない俺だったが、
「お兄ちゃん頑張って」
というアリスちゃんの応援により我に返る。
彼女の言葉により「トラバドール」が有用であるかどうかは俺が実際に証明すればよいのだと思った。
夕食をとり終えた俺達は迷宮について少し学び、探索科内の寮へと移動する。
どうやら、夜も遅いということでエリスさんとアリスちゃんも今日は寮で泊まっていくという。
幸い、部屋は大量に余っているらしいので問題ない。
「クロノ君。今日はアリスと一緒に寝てあげたらどうだい?」
仮にも兄妹になったのだから、初日くらい一緒にいてやりなさいというエリスさん。
子供と同衾するくらい問題ないと思った俺は快く了承する。
アリスちゃんも俺と一緒に寝たいというので、俺達は同じ布団で一緒に寝ることになった。
「僕も小さいときはお姉ちゃんとねてたなあ」と昔を懐かしむアンデルス。
しかし、エイレネが
「私も弟子なので師匠と一緒に寝ます!」
とよく分からないことを言い出す。
その理論でいくと俺もエリスさんと一緒に寝なきゃダメだろう!とツッコミを入れると、
「そ、そんなことできない!」
と顔を真っ赤にしたエリスさんが声をあげる。
その様子を見ていたレインさんが「あらあら、エリスったら初心なのね」とエリスさんをからかう。
周りに学生や研究者がいることも忘れて「そ、そういうわけじゃない!!」と必死に訴えるエリスさん。
「あら、そうなの?ごめんなさいね」と笑うレインさん。
一同は「エリスさんて素直で分かりやすい人だな」と思った瞬間だった。
一人部屋が大量にあるので、俺達はそれぞれ好きに部屋を使うことになった。
俺がアリスちゃんに不貞を働かないようにということで、俺の両隣の部屋がエイレネとラズメリノということになった。
そもそも、不貞を働くといっても配偶者もいない俺がどうやって不貞を働くのか分からない。
しかも、子供を襲う可能性があるヤバイ奴という認識をされているというのも腑に落ちない。
まあ、その辺のことを気にしてもしょうがないと思い、軽く流すことにした。
部屋に入った俺とアリスちゃんは驚くこととなる。
「なんだこの部屋……」
学生寮というには豪華すぎる部屋の様相に俺は驚愕する。
まず、つい先日まで俺が寝泊りしていた宿屋の部屋の倍以上の広さがある。
そして、ベッドもフカフカで大きい。
机や本棚といった収納スペースも存在し、さらには室内にシャワールームと個室トイレまで設けられていた。
「こんなおうち初めて……」
もともと貧乏生活だったらしいアリスちゃんも柔らかいベッドに寝そべってニコニコしている。
とりあえず、体が汚れているのでシャワーに入ろうということで、俺はアリスちゃんを連れてシャワールームへと向かう。
脱衣所でアリスちゃんの服を脱がせた俺は、自分の服も脱いでシャワールームへと入る。
驚くことにシャワールームにはなんと浴槽も存在した!
しかも、魔法の力でお湯はすぐに溜めることができ、湯の温度も一定に調節できるときた。
俺は重大な事実を今の今まで忘れていたのである。
もともと王立学院は、エルメリアの全人口の1%未満の超エリートしか通うことが出来ないという話だった。
王族に連なるものや、エルメリアの豪商達の御子息、未来のスーパーエリート魔法使い達を教育するためのアメニティだと考えるとこれでも足りないのかもしれないと思ってしまう。
「こんなとんでもないところの講師なんかやっていて良いのか?」と自問自答する俺に、「どうしたのおにいちゃん?」と人差し指を顎に当てて首を傾げる全裸のアリスちゃん。
とりあえず、気にしてもしょうがないかと思い、俺達は風呂場へと足を進める。
「それじゃあここに座って」
シャワー室内にあった椅子にアリスちゃんを座らせた俺は、常備されていた石鹸を泡立てて手のひらでアリスちゃんの体を擦る。
くすぐったそうに笑うアリスちゃんはとても楽しそうである。
まずは向かい合うようにして体を洗っていた俺だった。
しかし、彼女の背後に廻ったそのとき俺はあることに気づく。
「なんだこの模様は!?」
なんと、解除したはずの隷属印のような模様がアリスちゃんの背中の中央に刻まれていたのである。




