第二十三話 ぶつかる厄介事
意識が覚醒したとき、俺は魔法馬車の席に座っていた。
開いた瞼から除く視界には、何かに隠れて半分ほどしか見えないラズメリノの顔がある。
「ようやく気づきましたのね」
後頭部にある柔らかい肉感と、鼻腔をくすぐる香水の匂い、頭上から聞こえてくる彼女の声から俺はあることに気づく。
どうやら、俺はラズメリノに膝枕をされているらしい。
膝枕と言っても完全に寝そべる形ではなく、少し広めの二人がけの座席に腰から上だけが横たわるような形でだ。
「すまない!」と急いで体を起こした俺だったが、その勢いのまま馬車の窓枠に頭をぶつける。
「ふふふ、クロノ先生ってばドジですこと」
俺が頭をおさえて痛がっている様子を楽しそうに見るラズメリノ。
しかし、彼女の向こうから届くエイレネの殺気を感じるような鋭い視線に俺は驚く。
それに対しラズメリノは「エイレネさんたら先生が苦しんでいるのに、随分と威圧的ですこと」と視線に文句をつける。
彼女が「先生に向けるような視線ではない!」とエイレネに向かって言うと、エイレネは「そういうつもりじゃないの……」とおろおろする。
その様子を見ていたルークが、
「あいつは嫌味を言う実力も「騎士科」で一番だからな」
とわざと聞こえるように言う。
やいのやいのと一悶着している彼らを横目に俺は窓の外を見る。
俺が気絶している間に随分と外の景色の雰囲気が変わっていた。
のどかな田園風景のようなものと比べると、少し荒れた土地のものへとなっている。
照りつける日差しも少し弱まってきたことから、大分時間が経っているように感じた。
「あともう少しでつくぞ」
迷宮探査都市までもうちょっとだというエリスさん。
騒がしい馬車の中、俺達はしばらくでこぼこ道の上を揺られていく。
そして、迷宮都市がフロントガラスの向こうから徐々に見え始めてきた。
「あれが迷宮都市ですか……」
思っていたよりもずっと大きいですとエイレネが零す。
「お姉ちゃんから聞いてた通りの街だ!」と嬉しそうにはしゃぐアンデルスと、「これが迷宮都市……」と知識として知っているものを実際に見た感想を述べるミシュラ。
実際、迷宮都市は彼らが驚くのも無理もないスケールであった。
オープンワールドのゲームに存在する移動可能エリアの端のような、巨大な壁が見渡す限りに広がっているのである。
これが「冒険者や研究者」から「犯罪者」までを集めた「迷宮探査都市」であるのかと、俺はこの光景に圧倒された。
日本で言うと「万里の長城」のようなものだが、この迷宮都市はそれよりもさらに高い壁が存在している。
「いちおう建前上、不法侵入や外部からの干渉を防ぐためのものらしいぞ」
実際は密入国や、入国手続き改竄の嵐なのだがなと言うエリスさん。
俺達が驚いているうちに、魔法馬車は「ラビリス北部ゲート」に到着する。
「エルメリア王国」の「王立学院」からやってきたと言うと、簡単な手続きを済ませてすぐに入国できた。
というか、俺のいた国は「エルメリア」というのか。
意外なところで新しい知識を身につけた俺は、魔法馬車を降りて迷宮探査都市へと入る。
「ここから先は徒歩だから、ゲートのところに魔法馬車を置いていくことになる」
ラビリス内にある学院の「迷宮探索科」棟まで送ってくれるというエリスさん。
俺達を送り届けるためにわざわざ一日かけて往復してくれるという事実に申し訳なさを感じていると、
「私も用事があったから問題ないぞ」
と俺の心のうちを読んだようなことを言われる。
どうやら、「迷宮探索科」で迷宮都市ラビリスの「ラビリス商業区」の調査をしている同期の研究者に会いに来たという。
その研究者は「レイン」さんというらしく、エリス魔法研究所の研究員の一人であるらしい。
「もしかして、この前言っていた6人の同期の一人ですか?」
学生時代によくつるんでいたというメンバーの一人であるか聞いてみたところ正解であった。
彼女もとても優秀な人材であるらしく、今回の俺達の迷宮探索をバックアップしてもらうよう頼みに来たという。
また、「魔王復活」に関する学院内の情報を詳しく説明するという目的もあるとエリスさんは語る。
学生達を引くつれて歩く俺とエリスさんは、「迷宮探索科」について話す。
「迷宮探索科」は「科」とはついているが、実際のところ「迷宮都市研究用の出張所」であるとのことだった。
なので、学生がいるとか講義が行われているとかいうわけではないという。
常駐している研究者や事務員も数名しかおらず、ほとんど研究室みたいなものらしい。
「迷宮探索科棟の横に寮があるから、とりあえずはそこで暮らすことになる」
俺達の迷宮都市内の拠点は、しばらくのあいだ寮になるということだった。
それなりに広く、部屋も余っているので窮屈な思いをすることはないぞと言うエリスさん。
北部ゲートから続く真っ直ぐな大通りを歩く俺達は、エルメリア国内よりも屈強な男達が多いことに驚く。
俺が「流石は迷宮都市だな」と感心しているとき、腰の辺りに衝撃を感じた。
なんだろうと思って確認すると、横を走り去っていく子供の姿が映る。
「あれ?小銭入れがないぞ?」
上着のポケットを確認したところ、少しだけゴールドを入れておいた小銭入れの袋がなくなっていた。
どうやら、今俺にぶつかって走っていた子供が盗んでいったらしい。
俺は財布を掏られたことを皆に告げると、
「盗難は犯罪です!捕まえて懲らしめなければいけません!」
とミシュラが興奮する。
政治科に通う彼女は、正義感が強く悪党を許せないタイプであるらしい。
大した額ではないからと言う俺に「問題なのは額の大小ではありません!」とミシュラは強く押してくる。
「さっきの子供にいちおう探知魔法をつけておいたからすぐに見つかるだろう」
エリスさんは、俺の財布を盗んでいった子供に「探知魔法」の発信機のようなものを付着させたらしく、追いかけることが可能であるという。
ミシュラがやる気満々なので、俺達は先ほどの子供を追いかけることになった。
エリスさんが施した探知魔法を頼りに、子供をつけていくとスラムの端の方へと出る。
スラムの中でも比較的安全なエリアではあるが、それなりに危険な地域であることには変わりない。
「あの子供、スラムの人間だったのか」
エリスさんが顎に手を当てて考える。
「悪人に違いありません!」とミシュラが少し興奮した様子で騒ぐ。
スラムの汚れた空気感の中、俺達は子供がいるであろう路地へと向かう。
遂に子供の居場所にたどり着いた俺達は物陰から様子を伺う。
「ちゃんと金目のものを盗んできたか?」
子供がいるはずの路地に目を移すと、そこには人相の悪い男達が数名と先ほどの子供がいた。
俺から盗み取った財布を男達に手渡す子供。
それを見ていたミシュラは「やっぱり悪党の子分だわ!」と息巻く。
とりあえず隠れたまま様子を見ていたが、子供はどうやら、金が少ないぞと頬を打たれているようだ。
勢いよく地面に体が跳ねる子供の動きは鈍い。
エリスさんが「どうするんだクロノ君?」とこちらに意見を求めてくる。
いくら悪であると言っても、小学校低学年程度の背丈しかない子供に、いい大人が暴力を振るっている様子を黙って見過ごせる程人間が腐っている俺ではなかった。
俺はクロックアップを使い、悪人達に近づきそのまま「ストップ」の魔法で時を止める。
そして、地面に倒れている子供を抱え上げてエリスさん達の元へと戻った。
子供を抱えたまま少しその場を離れて、「フロウ」を唱えて時止めを解除する。
早々にスラムから離れた俺達は、大通りにある公園のような噴水の前へとやってきた。
小脇に抱えていた子供を地面に降ろして「ロールバック」の魔法を発動する。
すると、暴力によって衰弱していた子供の体に生気が戻っていく。
見る見るうちに体の傷も消えてゆき、子供の意識が復活する。
「それで、その子をどうする気なんだ?」
子供を指差して俺の方を向くエリスさん。
「悪党ですよ!悪党!」と騒ぐミシュラを羽交い絞めにするルーク。
盗んだ相手である俺を見た子供はその場から逃げ出そうとするが、エイレネにつかまって抱っこされている。
「とりあえず、なんでこんなことをしたなんて聞いてもダメだよな……」
さっきの悪い連中に脅されてスリをやっているに違いないから、そんなことを聞いたところで口を割るわけがない。
なので、俺はとりあえず財布を盗んだことに関しては不問にすることにした。
「財布を盗んだのは見逃してやるよ。ただ、さっきの悪い連中がいる限りまた繰り返すんだよな?」
俺が尋ねると、子供は小さく頷く。
「あいつらに弱みを握られているのか?」と聞くと「そう」と答える。
「クロノ君、この子の腕に「隷属印」が押されているぞ」
子供の腕を捲くるエリスさんは、奴隷商なんかが使う隷属印が子供に押されているのを見つける。
隷属印を押されるような子供が、スリを仕事としているということも考えづらいので、先ほどの悪い連中に隷属印を押されたと考えるのが自然だろう。
では、子供の親も悪い連中の仲間だということだろうか?
「わたし、ひとりぼっちなの」
親は既に死んでいて、兄弟もいないので一人ぼっちだという少女。
悪い連中に隷属印を押されているので、逆らうことも出来ないという。
エイレネが「なんとかできませんか師匠?」と悲しそうな顔でこちらを見つめる。
俺もなんとかこの子を助けてあげたいと思うが、助けてしまったら確実に厄介事に巻き込まれることになるだろう。
「迷宮探査都市でのパーティリーダーはクロノ君だ。君がどうするか決めたらいい」
厄介事に首を突っ込むのも君の責任だと言うエリスさん。
リーダー権限で自由にしていいと言われた俺は、パーティのみんなに自分の意見を言った。
「俺はこの少女を助けようと思う。みんなも力を貸してくれ」
「もちろんです!」と喜ぶエイレネやラズメリノ。
反対に、ルークやミシュラは「私達にそこまでしなければならない義務はないです」と言う。
アンデルスは「わざわざ危険を冒す必要は無いと思う。でも、あの子は可哀想」と合理的な意見と感情的な意見をあわせて言った。
「あなた達は本当に正義の味方なんですか!?」と怒るエイレネとラズメリノに対し、反対組は「そもそもこの子が悪だ」と言う。
正義の味方という設定もよく分からないが、なにやらパーティ内の雰囲気が悪いぞ。
なんとか両者の意見を通せないかと考えた俺は、あることを思いつく。
「それじゃあ、この子の腕にある「隷属印」だけ外せば良いんじゃないか?」
「何言ってんだこいつ」みたいな空気が再びこの場を支配した瞬間だった。




