第十八話 「魔力を見てみよう」を見てみよう
会場で発した俺の一言によって、講堂内は騒然となった。
研究生に上がりたての学生達は何を言っているのかよく分かっていない様子で、周りが騒いでいることに純粋に驚いているようだった。
魔法の専門家を志す「研究生」ですらそんな様子であるので、珍しい講義だと思ってもぐりこんでいた「学院生」達も同様の様子である。
では、いったい誰が騒いでいるのかと言うと例のおじさんたちである。
「魔力を見てみるって言っても、魔法を打つだけだろどうせ」
「いやいや、あの天才魔法使いの弟子だぜ?凄いもの見せてくれるんじゃねえのか!?」
「なあウィルフ、お前から見てクロノ君はどうだった?」
「え?え?何?なんでみんな騒いでいるの!?」
「魔力流を可視化するじゃと!?とんでもないことを言いよる……」
俺の発言に半信半疑の様子である人が多く見られる。
若手研究者らしき人たち中には「あの学科長の弟子のことだ。きっとやべえぞ」と言う人が多い。
逆に、年配の研究者の多くからは「エリス学科長の弟子といえども、そんなことは不可能だ」という意見がよく聞こえた。
とりあえず、このまま連中に議論を続けさせておくと授業時間が終わってしまいそうなので俺は再びマイクに向かって話す。
「まず、授業に入る前に簡単に私に関してお話したいと思います」
俺が話し始めると、再び会場は静かになり始めた。
魔法を使えるようになったのは数日前のことであること、魔法に関しては「無詠唱」しか行えないので「魔法理論」についてはよく分からないこと。
その他、魔法に関する知識は「エリスさんから教えてもらったこと」と「ユリウスさんが書いた魔法書」、「古代語で書かれている文献」からしか得ていないことを前置きとして話す。
後は自分で実験と考察を繰り返して得たものであるということを説明し終えた俺は最後に付け足す。
「魔力に関しては研究生1年目の皆さんと同程度の専門知識、もしくはそれ未満の情報しか知りません。
ですから、魔力についてあまり詳しくない「学院生」や「研究生」の方にも分かりやすい講義になることと思います」
新しい知識とか、難しい専門用語は出てこないから安心してねと説明したつもりだったが、これがまた良くなかった。
先ほどの比じゃないほどドッと沸く会場に、俺はまたしても失敗したと自分の浅慮を後悔するのである。
「おいおい、天才師匠が認めるほどの天才って情報はマジだったんだ!!」
「どうみても学院生くらいにしか見えない弟子だと思ったら、本当に若かったのね」
「ユリウス先生の書いた本が解読できるのかあいつ……」
「古代語が読めるとか抜かしやがったぞあの若造!?」
興奮した様子で隣の席の友達と喋っている学生や、そんな馬鹿な話があるか!と取り乱す研究者もいた。
もはや動物園の様になっている大講堂ないで一際通る大きな声が聞こえてくる。
「おい、チビスケのお気に入り。あんまりくだらねえもの見せやがったら生きて帰れると思うなよ?」
前列に座っていた男が立ち上がり、怒気十分な語調で俺を睨み付ける。
その男は、遠目に見ても俺よりも遥かに大きく、巨大な軍人と言う表現がしっくりとくるような風貌をしていた。
金色の長髪をオールバックにして黒い眼帯を付けている男は、真っ黒なトレンチコートのような服とゴテゴテしたシルバーアクセサリーも相まって「極悪組織の幹部」にしか見えない。
そんなやばい奴に睨まれた俺は「ひえっ」と情けない声を出して固まってしまう。
会場に響いた声を聞いた学生や研究者達から、
「オグマ先生がぶちぎれたぞ……」
「やべえよやべえよ……」
「オグマさんと学科長は仲悪いからな……」
と言うような声が聞こえてくる。
このまま黙っているわけには行かないと思い、一度深呼吸して再び授業を再開することにした。
まずは簡単に魔力についてエリスさんに教えてもらったような内容を確認することからはじめる。
これに関しては魔力についてあまりよく分かっていない「学院生」に教えるという意味合いもある。
「……という風に、魔力は量的なものであると考えられるわけです」
魔力についての初歩的な説明が終わったので、実際に魔力を手のひらに集めて光らせることにする。
会場の奥の方に座っている人や、立ち見の人にも良く見えるように高い位置で実演してみようと俺は考えた。
「お、こんなところに長いはしごがあるぞ」
教壇から少し離れたところにある滅茶苦茶長い梯子の方へと向かう俺。
そして、梯子を壁から離し教壇の上へと持っていく。
倒れそうになりながらヨチヨチ持ち歩く俺を聴衆は怪訝な目で見る。
「あいつなにやってるんだ?」
「危なっかしい動きだな……」
「クロノ君おもしろすぎるんだけど!!」
少し時間をかけて梯子を教壇へと持ってきた俺は、梯子をまっすぐと立てる。
そして「ストップ」の時間魔法を梯子にかけて、梯子を教壇上に固定した。
まっすぐと聳え立つ梯子を上り始めた俺を見て、会場は騒然となる。
梯子のてっぺんまで上った俺は胸に付けたピンマイクのようなものから会場に声を届ける。
「では、これから実際に魔力を圧縮して可視化してみたいと思います」
息を呑む会場の中、俺はいつもどおり手のひらへと魔力を集中させ圧縮を始める。
徐々に色を帯びた手のひらは、程なくして虹色の球体を作り出す。
学院生や研究生はその様子を見て思わず感嘆の声をあげる。
しかし、研究者たちの様子は違った。
「まさか、あれが「魔力の可視化」なのか?」
「ちょっと期待はずれだなあ」
「クロノ君たらオグマに殺されちゃうんじゃないの?」
「虹色は確かにすごいけど、それだけか」
天才の弟子と言ってもこの程度かと、目に見て取れる研究者達の落胆をよそに俺は次の段階へと進むことにする。
「体内に流れる魔力を圧縮して手のひらへと集めたことによって、濃くなった魔力は虹色に光輝いています。
私が教えてもらった魔力の扱いはここまでです」
俺がそう告げるや否や、会場の雰囲気はどんよりとしたものに変わった。
帰るかという声もちらほらと聞こえてくる。
しかし、俺が次に発した言葉によって状況は一変した。
「ここから先は、実験の末得られた面白いものを皆さんにお見せしたいと思います」
魔力流が本当に体の中に流れているか見ることが出来るので、皆さん見逃さないようにしてくださいねと俺が言うと、会場は再びざわめき始める。
それでは始めますと言って俺は昨日のように体内の魔力に渦を作る。
体全体の魔力が激流を作る感覚を覚えると、腕にダムを作り魔力を閉じ込めた。
「よく見ていてくださいね、ここからが本番ですよ」
一体何が起こるんだと聴衆は集中して梯子の上にいる俺を見る。
圧縮され始めた魔力は手のひらで虹色へと変化していく。
そして、だんだんと透き通った光へと姿を変える。
その様子を見ていた研究者達の中には驚きのあまり、立ち上がるものや、興奮して叫びだすものまでいた。
「馬鹿な!?虹色よりも上が存在するというのか!?」
「なんだあの光は!?」
「何が起こるんだ!?」
限界まで魔力の質を高め、さらに圧縮を繰り返した俺は言葉を続ける。
「今から、体内の魔力流を可視化させます。全身が光り輝いて魔力の流れを確認することが出来るはずです。見逃さないようによく見ていてくださいね」
そう言うと俺は腕のダムを排除し、溜め込んだ魔力を全身へと開放する。
すると、昨日の実験のように俺の全身の魔力流が虹色の光を放つ。
俺の体から溢れた光は、講堂中へと広がり最後尾まで届いた。
「すげえ……」
「魔力流が見えるぞ!!」
「なんてこった!!?全身の魔力の流れが見えるぞ!!」
「マジかよ!?とんでもないことを発見したなクロノ君」
会場中が大騒ぎとなっている中、俺は梯子の上で魔力開放による疲労感から一瞬気が抜けてしまった。
梯子をつかむ手がするりと抜け、バランスを崩した俺は梯子から落下してしまう。
全身に自由落下中の嫌な重力を感じる。
まずいと思ったときには既に落下中であった。
受身も取れないと思った俺はいよいよ地面へと近づく。
もうだめだと思ったそのとき、大きな何かが俺を受け止めた。
「おい、大丈夫か?」
俺は地面に叩きつけられる衝撃を感じなかったことを不思議に思い、何かに受け止められたことを理解する。
ふと見上げると、そこには先ほど俺を凶悪な目で睨み付けていたオグマという魔法使いの強面があった。
どうやら、最前列に座っていたオグマが身体強化の魔法をかけて、俺が落ちるよりも先に落下地点へと到達したようだ。
一瞬恐怖感から抜け出そうとしてしまったが、体が固まっていて動かない。
俺を地面に降ろしたオグマは、
「チッ、今回はお前の勝ちだ」
と言い、豪快な拍手をする。
いつから俺とオグマ先生の間で勝負が始まっていたのかは分からないが、とりあえず俺は許されたらしい。
オグマの拍手につられた会場全体から、これでもかと言わんばかりの盛大な拍手が降り注ぐ。
素晴らしい!という声や、ひょうきんな指笛の音が講堂内のあちらこちらから聞こえてくる。
俺の講義が終わった後も、興奮冷めやらぬ会場内の熱気は凄まじかった。
教壇から降りた俺の元へ、学生から研究者、学院の先生や外部の魔法使いまで次々と集まってくる。
その一つ一つすべてに対応できたわけではないが、適当に相手をしながらしばらく過ごす。
いろいろとあったが、俺の初授業はどうやら大成功に終わったらしい。
「こりゃ帰ったらクロノ君の祝勝会兼エリスの残念会ですな」
ケインズさんのやれやれという声が聞こえてきたような気がした。




