プロローグ(2) 街外れの森と依頼
冒険者としての登録を済ませた俺は、手引書についていた簡易地図を頼りに街外れの森へと向かう。
この街は異世界初心者の俺にも分かりやすい構造となっており、住所が碁盤の目になっていた。
城の様な巨大な建造物を中心として、距離に応じて東西南北に住所が割り振られているらしい。
街外れの森は城から見て北東の位置にある。
「つまり、俺は北東にある城下町北東ゲートとやらに向かえばいいんだな」
北東に向かって歩き出した俺はあることに気づく。
冒険者ギルドでも思ったことだが、この世界の住人は平均身長が高いということだった。
俺の身長は日本では平均身長くらいだったが、この世界では500mlのペットボトル一本分程度小さいように思える。
道行く人々の中で俺よりも背が低いのは子供か背の低い女性くらいだった。
「というか、武装した金髪のガチムチのおっさんとか頭二つ分くらい俺よりでかいし普通に怖いわ」
背が低く、この世界では珍しい黒髪の俺を珍しそうに見る人が多い。
スタイル抜群な金髪のエルフみたいなお姉さんにまじまじ見られると、コミュ障の俺でなくても赤面してしまうだろう。
地図を頼りに歩くことしばらく、俺は北東ゲートの前にたどり着いた。
ゲートには物資の運搬馬車用のでかい門と、人間が通る用の小さい門が幾つかあった。
俺は早速、人間用の小さい門へと向かう。
門はそれほど混み合ってはいないようだった。
「街外れの森にフタバ草を拾いに行ってきます」
旅人のような人や、俺と同じく冒険者のような人の列に混ざり門を通過する。
俺だけ止められるんじゃないかとかなり緊張していたが、そんなことはなくあっさりと通過できた。
初心者冒険者の俺に対する簡単な激励の言葉もいただけたので、俺の門番の心象は良かった。
そして、街の外から戻ってくる際に入場審査的なものがあるらしい。
だが、俺にはギルドカードがあるので問題はないそうだ。
「街外れの森ってあれか……」
門から出た俺は森へと向かう。
街外れの森は俺が想像していたよりも遥かに大きかった。
近所の自然公園ぐらいの規模をイメージしていたのだが、予想とは裏腹に大森林だった。
フタバ草を拾うために俺は森の中へと入っていく。
「手引書を見た感じだとこれがフタバ草か」
ドクダミの葉のような形の草を集めて革袋に入れていく。
採集の最中に魔物なんかが出てくることはなかった。
手引書にも森の入り口付近には滅多に魔物は出ないと書いてあったし、実際時々リスを見かけたくらいだった。
フラグじゃないよな?これ。
森の中は静かで、時々鳥の鳴く声が聞こえたり、葉が風に揺られる音が聞こえるのみだった。
俺は黙々とフタバ草を拾い続ける。
ゲームとかでも意外とこういう脳死作業が好きだったんだよな。
フタバ草を集め始めてしばらくが経った。
木々の隙間から差す光が少し赤味を増してきたような気がする。
簡単と評判だったフタバ草採集だが、意外と似た形の草が多く大変だった。
また、屈んだ低姿勢で草を拾わなければならないので、これが意外とつらかった。
「そろそろ袋も溜まってきたし街に帰るか」
依頼用の革袋もフタバ草で埋まったように思えるので、街へと帰ることにする。
森の入り口付近で採集をしていたので来た道はわかりやすくなっていた。
「ん?なんか落ちているな……」
俺は大き目の木の根元に皮製のリュックが落ちていることに気づいた。
おそらく俺のように森に来た冒険者の忘れ物だろう。
この森の入り口付近では誰とも会っていないので、今日の忘れ物ではないだろう。
俺は荷物がそれほど重たくもなかったので、リュックを拾い街へ持って帰ることにした。
夕暮れの北東ゲートは外部から帰ってくる冒険者や行商人達でにぎわっていた。
「よ、ご苦労さん!身分証を見せてくれ」
俺は門番にギルドカードを見せる。
すぐに簡易審査は終わり、街へと入場する。
この時間の街は昼間とは少し様子が違った。
ギルド本部がある中心街へと向かう道のあちこちに屋台のような店が出来ていた。
提灯のような灯りとタレをつけて焼いた肉のような匂いが屋台からもれている。
滅茶苦茶腹が減ってきた。
しかし、今は1ゴールドも持っていないので買うことは出来ない。
「金がもらえなかったら今日は何も食えないのか……」
口の中にあふれる唾液と、鳴り止まない腹の音に耐えながらギルド本部を目指す。
こんな葉っぱを拾い集めるだけで本当にお金をもらえるのか半信半疑なままギルドへとつく。
冒険者ギルドの中は、依頼の完了報告待ちの冒険者であふれていた。
しかし、受付に出来る列の長さには明らかにムラがあった。
俺はそのことを疑問に思いながら、昼間に利用した割と空いている受付へと向かった。
「フタバ草の採集依頼の報告なんですけども……」
俺は受付嬢に用件を伝える。
すると、受付嬢は依頼完了報告の手続きを取ってくれた。
ギルドカードと革袋を渡した俺はしばらくその場で待つことになる。
「はい!クロノさんですね!フタバ草は全部で253枚でしたので、2530ゴールドの報酬金が出ております!」
完了手続きが済んだらしく、受付嬢は硬貨の入った小さな布袋を俺へと手渡す。
俺は受付嬢に言われるままに、その場で枚数の確認をすることに。
どうやら、枚数が足りないと後からケチを付けてくる輩が少なくないらしい。
そのため、受付窓口でこうして確認することが義務付けられたらしい。
袋の中の硬貨は1、10、100、1000ゴールドの硬貨が数枚ずつ入っていた。
「そういえば、森の中で忘れ物のリュックを拾いました」
俺は森の中で拾ったリュックを受付嬢に渡す。
受付嬢は忘れ物の報告に感謝すると同時に、リュックをどこかへと持っていった。
そして、少し待っているとリュックを持って帰ってきた。
「せっかく拾ってきていただいたリュックなのですが、冒険者ギルド所属の人のものではないみたいです」
冒険者ギルドでは荷物を検査することで、その荷物がギルド所属者の物かどうかを判別できるらしい。
今回拾ってきたリュックはどうやら持ち主が不明なものであったようだ。
この場合は荷物を廃棄するか発見者の預かりとなるらしい。
「リュックの中身は簡単な野営道具と数冊の本でしたけど、クロノさん要りますか?」
そういって中身を見せてもらったところ、刃渡りの短いナイフや薄い金属製のコップや皿など便利そうなものが多かった。
野営道具には自分のこだわりがある冒険者が多いらしく、他人のものをもらっても困る人もいるそうだ。
しかし、俺はこだわる以前に何も持っていないのでここはありがたく頂戴しておくことにする。
「あと、本なのですが、現代語で書かれているものと古代語が混ざった現代語で書かれているもの、古代語のみで書かれたもの、謎の言語で書かれているものがそれぞれ1冊ありましたけどどうします?」
なにやら本の方も普通の本ではない模様だった。
受付嬢から本の表紙を見せられた俺はタイトルを読み上げる。
「古代から現代までの魔法(現代語)」
「古代幻想魔法の手引き(現代・古代語)」
「マイナー幻想魔法辞典(古代語)」
「俺専用の情報まとめ備忘録(謎言語)」
どうやら俺は現代語のみならず、古代語、謎言語まで読めてしまうらしい。
受付嬢が困惑したような、キラキラしたような目でこちらを見ている。
「クロノさんこれ読めちゃうんですか。すごいですね!古代語を読めるなんて王立学院の先生でもやってたのですか?」
なにやら、古代語が読めてしまうことはすごいことだったらしい。
謎の異世界チートによって古代語が読めてしまう俺は、なんだか少し申し訳ない気分になった。
言語研究が趣味という少し無茶な設定を作り、受付嬢にはあまり他の人には言わないよう頼んだ。
受付嬢は独り言のように何かをボソボソ話しており、
「これで、溜まっている古代語解読の依頼を消化できる……フフフ」
と不適に笑っていたので、適当に礼を言ってギルドを後にすることにした。
報酬とリュックを受け取りギルドの外に出た俺は肝心なことを聞くことを忘れていたので、もう一度先ほどの受付嬢の元へと向かう。
肝心なこととは、今日泊まる宿のことであった。
この世界の宿がどういうものか良く分かっていないので、その辺の事情に詳しそうな受付嬢に聞いてみようというわけである。
異世界のような法整備が整っていないような場所では、違法な宿や、ぼったくりの宿、危険な宿などが存在する可能性が否めない。
なので、安全に泊まることができてリーズナブルな宿屋を教えてもらうというわけだ。
「あ、クロノさん。先ほどは失礼いたしました。つい、うれしくなってしまって」
俺は恥ずかしそうに言い訳をする受付嬢にお勧めの宿についてたずねる。
受付嬢は快く質問に答えてくれた。
受付嬢に教えてもらった宿は、このあたりの最安ではないが安全で信頼できる底辺冒険者向けの店だった。
宿に泊まるために身分証明書を見せる必要があるので、比較的客層も信頼できる人間が多いらしい。
一泊1000ゴールドで泊まることができ、追加で100ゴールドを支払うと一食分の食事が取れるとのことだった。
一方、最安の宿では500ゴールドで泊まることができるらしいがセキュリティは皆無で、素性も分からない連中と相部屋だったりするらしい。
とてもじゃないが俺みたいな貧弱異世界転生主人公には無理なので、ここは大人しくおすすめの宿に泊まることにした。
再び受付嬢に礼を言い、ギルドを後にする。
無事に報酬も受け取ることができ、今日泊まる宿の情報も手に入れることが出来た。
一安心したところで、また思い出したように腹の虫が鳴き始めたので、俺は良い匂いを垂れ流している屋台へと向かうことにした。